まさに、評判も数字も右肩上がり。『グッド・ドクター』(フジテレビ系)が好調だ。

視聴率は11.5%、10.6%、11.6%、10.6%、12.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と第5話にして自己最高を更新。ネットメディアによる関連記事や視聴者のクチコミも、回を追うごとに称賛の声が増えている。

 2015年以降、同作が放送されている『木曜劇場』は視聴率1ケタに落ち込み、昨年から今年にかけては6%台にまで沈んでいる。ドラマ枠の打ち切りや移動の噂が出るほど苦しんでいただけに、私のところにも関係者の喜びが伝わってきた。

 しかし、『グッド・ドクター』については、どうにも引っかかるものがある。実際、あるドラマプロデューサーとメディア編集長の3人で話していたとき、意見がそろったのだ。「おもしろい」「質が高い」というより「策がハマった」のではないかと……。

●感動スイッチから逆算してつくる、わかりやすさ

『グッド・ドクター』の好調は、設定のわかりやすさによるところが大きい。コミュニケーションに障害がありながらも純粋な心を持つサヴァン症候群の主人公・新堂湊(山崎賢人)。幼くかわいらしい子どもの命を救う物語。その両者を追い込むために暗躍する、猪口隆之介(板尾創路)や間宮啓介(戸次重幸)らの悪役たち。パッと見ただけで人物相関図がわかる上に、子どもの命を扱う医療ドラマであるため、感情移入しやすいのだ。


 ただ、「障害や特殊能力がある主人公」「子どもの命を救う物語」の2点は、ドラマ業界では「あざとすぎて禁じ手に近い」と言われるもの。事実、『グッド・ドクター』の原作は韓国ドラマであり、そのわかりやすさは、いかにも“らしい”ものといえる。視聴者の“感動スイッチ”を入れることから逆算してつくるような韓国ドラマのテイストが好きな人にとって、『グッド・ドクター』はこれ以上ない作品だろう。

 しかし、多くのドラマを見ているフリークほど、「『感動させよう』というムードが強すぎてハマれない」という声を聞く。たとえば私のまわりでも、他局のドラマ関係者、各メディアの編集者、ドラマのコラムニストたちは「次の展開がだいたい読める」「あざとすぎて気持ちが入らない」と話すなど、その評判は芳しくない。

 ただ、仕事疲れのたまりがちな木曜夜は「難解でシビアな作品より、わかりやすくハートフルな作品のほうが見やすい」という視聴者が多いのも確かだ。視聴率を獲得しているのもリアルタイム視聴を選択する人が多いからであり、「できるだけ録画視聴させない」という同作の狙いは成功している。

●「韓国ドラマが原作」を前面に出さない戦略

 次に挙げたいのは、振り幅の大きさを意識したキャスティング。主演の山崎賢人は、今冬放送のドラマ『トドメの接吻』(日本テレビ系)で演じたようなイケメンのイメージが強いだけに、今作で見せるギャップで驚きを与えている。

 また、治療を受ける側の子役も、赤ちゃんから高校生まで振り幅が大きい。たとえば第5話では、カンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを獲得した『万引き家族』(ギャガ)での演技が絶賛を集めた城桧吏を起用したように、知名度の振り幅もある。

 ネット上のクチコミで「山崎賢人の演技がすごい」「毎週、子役の熱演に泣かされる」という声が多いことが、その振り幅を証明しているといっていいだろう。
山崎と子役の演技を上野樹里、藤木直人、中村ゆり、柄本明ら実績十分の助演俳優が静かにサポートしていることも大きい。

 もうひとつ見逃せないのは、「できるだけ原作に触れない」という方針。前述した通り、『グッド・ドクター』の原作は韓国ドラマであり、現地で受賞歴を持ち社会現象にもなっている、文句なしの大型原作だ。

 本来なら、「韓国ドラマの名作が……」「韓国で社会現象となった……」と大々的にうたいたいところだが、日本版『グッド・ドクター』のホームページを見れば、それをほとんど打ち出していないことがわかる。

「フジテレビと韓国」といえば、2011年の韓流ゴリ押し騒動が記憶に新しい。フジテレビにしてみれば、ネット上で猛烈なバッシングを受けたほか、抗議デモを起こされて視聴率低迷につながった苦い過去があるだけに、韓国ドラマの扱いには慎重なのだ。

 しかも、前期の春ドラマで、系列局の関西テレビが韓国ドラマ原作の『シグナル 長期未解決事件捜査班』を放送したばかり。「2期連続で韓国ドラマ原作なのか」というツッコミをできるだけ受けないように配慮しているのだろう。

 放送前の7月8日に行われた第1話完成披露試写会も同様で、主要キャストの舞台あいさつ時も「韓国ドラマの大型原作」であることには触れず、会場に約160人の子どもを招いて質問タイムを設けるなど、「子どもたちが見られる感動作」というムードを貫いていた。

 つまり、原作が韓国ドラマであることを知らずに見ている人が多く、のちに知ったとしても、すでに「感動作」というイメージが定着し、批判の声をあげにくい状況となっているため、大勢に影響はないのだ。

●『木曜劇場』の信頼回復を追い風に

 これらは藤野良太プロデューサーの仕事によるものであり、戦略勝ちといえる。しかし、『グッド・ドクター』の好調は同作だけでなく、『木曜劇場』そのものへの信頼感回復も大きいのではないか。


 昨秋から放送された『刑事ゆがみ』『隣の家族は青く見える』『モンテ・クリスト伯 -華麗なる復讐-』の3作は、低視聴率ながら視聴者の絶賛を集め、いくつかのドラマ賞にも輝いた。逆境のなかでも腐らずに試行錯誤を続けたフジテレビドラマ班の粘りが、視聴者に届き始めているのかもしれない。

「『グッド・ドクター』の評判や数字は、この先も上がっていくのか?」といえば、まだ半信半疑だろう。1話完結の医療モノは安定感こそあるが、ミステリーやラブストーリーのような連続性の高い物語に比べると、後半の爆発力に欠けるからだ。

 ただ、丁寧な取材・監修を重ねた小児外科の描写は素晴らしいだけに、作品のシンボルである山崎賢人の演技が、さらに覚醒し、それがネット上で拡散されたら……最終回は、フジテレビにとって久々の大団円となりそうだ。
(文=木村隆志/テレビ・ドラマ解説者、コラムニスト)

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