■飲食店の倒産件数はコロナ禍を上回る過去最多
人手不足はどの業界にも共通する問題だが、飲食店業界の廃業・倒産が止まらない。2024年の飲食店の倒産件数は過去最多の894件となった(帝国データバンク調査)。
これまで最多だったコロナ禍の2020年の780件を上回る。これは法的整理を伴う負債1000万円以上の倒産だが、個人店の廃業を含めるともっと多い。
日本飲食団体連合会の髙橋英樹専務理事は「現在、国内の飲食店は49万店、うち1店舗だけの個人店が32万店と約7割を占めている(※1)。コロナ前は全国で60万店といわれましたが、10万店も減少しています。廃業の理由として、1つはコロナでお客さんが減り、これを機会に廃業したケース、2つ目は資金繰りで廃業したケース、3つ目は働き手が集まらない、後継者がいないという人手不足による廃業です」と語る。
日本の外食市場の規模は31兆円。うちインバウンド需要が1兆8000億円を占めるなど外食産業には追い風となっているが、49万店がしのぎを削る玉石混交の競争状態にある。飲食店は毎年5万~8万件が新規開業する一方で、廃業率が最も高い業界として知られる。一般的にオープン3年以内の廃業率が70%といわれるくらいに盛衰が激しい。
その理由について髙橋専務理事は「脱サラの独立・起業のように飲食店をやろうと思えば、資金さえあればすぐに開店できるわけです。それだけ参入障壁が低い業界でもありますし、それが魅力でもあったのです。一方で廃業率は高く入れ替わりの激しい業界です。今後はさらに厳しくなると思います」と語る。
■非正規社員が8割を占める
訪日客の需要があるといっても国内は人口減少や少子・高齢化も進んでいる。加えて人手不足も深刻だ。飲食店・飲食サービス業の従事者は401万人。正社員が80万人を占めるが、残りの8割を占める320万人がパート・アルバイトなどの非正社員だ。非正社員が事業を支えていると言っても過言ではないが、その非正社員の不足が深刻だ。
帝国データバンクの「人手不足に対する企業の動向調査」(2025年1月)によると、非正社員が「不足」と感じている企業の割合は、2023年1月は飲食店が80.4%。旅館・ホテルに次いで全業界の2位だったが、24年1月は72.2%とトップ。25年1月は60.7%とやや緩和されたものの、それでも全業界2位の構造的な人手不足状態が続いている。
■他産業を含めた人材の取り合いが始まっている
現在、フードデリバリーのギグワーカーやスポットワークのいわゆるスキマバイトに支えられているが、将来的には危機感も強い。髙橋専務理事は「これまでは飲食店同士の人の取り合いでしたが、今はコンビニなど他産業を含めた取り合いになっており、早晩働き手が集まらなくなり、外食に従事する401万人が減るのは確実です。スポットワークの利用は増えていますが、目先の応急措置に過ぎません。
それに代わるものとして1つは外国人労働者、もう1つはいわゆるロボットなどのフードテックの発達が求められます。外国人労働者にしても、他産業に比べて待遇や働き方を含めた魅力を打ち出せるかを外食産業全体で考えていく必要がある」と語る。
■日本を待ち受けるさらなる淘汰の波
働き手の減少は前述したような廃業率が極めて高いという業界の不安定さも関係している。人手不足が進行すれば飲食店の淘汰は避けられない。実は日本の飲食店数は、コロナ禍で10万店が消えたといっても、諸外国と比べると“オーバーストア”の状態にある。
「日本の人口は約1億2000万人、アメリカは3億4000万人ですが、日本の49万店に対し、アメリカは72万店(※2)。人口1万人当たりのレストラン数はアメリカの倍であり、オーバーストアといえるかもしれません。それでもこの30年間、価格競争をしながらクオリティを担保しつつ成長してきたのも事実です。しかし今後は人口が減る中で淘汰されていくのは避けられない状況です」(髙橋専務理事)
構造的人手不足、廃業率の高い脆弱な経営基盤、飽和状態の価格競争という三重苦を放置すれば飲食店業界はさらなる淘汰の激変に飲み込まれ、衰退を余儀なくされる可能性もある。
■外国人材が自動車産業より外食産業を選んでくれるか
人材の量の確保については、前述したように魅力ある待遇や働き方を提供していくとともに、外国人労働者の拡大が鍵を握る。
国は入管法改正によって転職や一定の技能向上者には家族帯同を認める「育成就労制度」を2027年に導入し、外食産業もその対象に含まれる。日本語力や技能レベルの向上が受け入れ企業に求められるが、「例えばベトナムやインドネシアの人たちに何より日本が選ばれるのかという問題があります。さらに日本でも自動車産業など他の産業に比べて外食産業が選ばれるようにするための取り組みも必要」(髙橋専務理事)という課題もある。
■人材の質を上げるライセンス制
もう1つの質の担保の改革とは、料理人やシェフなど専門知識や高度のスキルを持つ専門職人材を確保するための制度の構築と待遇の改善だ。
「日本にはミシュランの星を持つ店はたくさんあります。自分の料理のパフォーマンスをお客様に食べていただきたいと思って働いているシェフや料理人の質を維持し、そうした人材が働きたいと思えるような待遇や環境を整備していくことも業界の発展には不可欠だと考えています」(髙橋専務理事)
具体的なイメージとしては「料理の世界に憧れて自分のスキルを上げたいと思う人については、過重労働もなく、安定した待遇を保障することを条件に職人を育成する店を認定します。例えば、料理職人を目指している人が、ある店で一定のスキルを修得していると認めたらライセンスを与え、次の店舗ではそのライセンスに見合った待遇を付与するようにする。そうすれば職人の技能が向上し、日本全体で料理人の質の確保と量を底上げしていくことにつながるのではないでしょうか」と提案する。
■30万店という適正店舗数に人材を質・量で確保
その場合、飲食店自体の質の確保も重要になる。
「行政なりが職人の育成プランを持つ事業主を認定し、公的補助金も支給します。また、働き手は労働時間を含めた希望する労働条件に合わせて労働契約を結ぶことも条件にします。事業主の認定にあたっては、働き手のキャリアアップのプランを持っているほか、外部の研修機関の受講も要件に入れることも考えられます。もちろん事業主は納税義務を果たし、社会保険料の滞納がないといった最低限の条件をクリアする必要があります」
こうした取り組みは飲食店業界の健全な発展に資するだけではなく、いわば参入障壁を設けることで脆弱な経営基盤の払拭にも貢献するだろう。日本の飲食店はアメリカに比べてオーバーストアの状態にあると述べたが、「日本とアメリカでは環境は違いますが、人口比でいえば、30万店が適正規模ということになる。淘汰ではなく持続可能な成長へと転換するために、人材の量と質の確保や健全な経営基盤づくりが欠かせません。外国人材やフードテックの活用、職人の育成制度などを通じて、未来の日本の食文化を守り育てていくことが重要です」(髙橋専務理事)
日本の飲食店業界が人材の量と質を確保し、より魅力のあるサステナブルな業界への脱皮を図ることができるのか。今、まさに大きな転換点を迎えている。
※1 活動調査令和3年経済センサス 事業所に関する集計 産業横断的集計 事業所数、従業者数
※2 米国労働統計局(BLS)Food Services and Drinking Places: NAICS 722
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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)