串カツをメインに取り扱う居酒屋チェーン「串カツ田中」が、6月よりほぼ全店での全席禁煙に踏み切ったことは記憶に新しいだろう。運営元の串カツ田中ホールディングス(HD)は7月5日、全席禁煙の成果の程ともいえる6月の売上・客層データなどを発表した。



 それによると、6月の直営店(86店舗)の来客数は前年同月比2.2%増だった一方、客単価は5.0%減。売上高は2.9%減少したとのこと。顧客からの反応も「禁煙だから子供連れや妊婦でも来られる」といった好意的な意見から、「居酒屋で禁煙なんてありえない、もう来ない」などと批判的な意見まで、賛否両論のようだ。

 これに対し同社は「顧客が増えたことはよい結果だと考えている。減少した客層や時間帯別の施策を強化し売り上げを伸ばしていきたい。10年、20年後の当社を見据えた禁煙化の取り組みには手応えを感じている」とコメントしており、導入初月としてはいい感触を得ていることが伺える。

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて「東京都受動喫煙防止条例」が制定されたことからもわかるとおり、禁煙化の流れは世間のスタンダードである。タバコとは切っても切り離せないイメージのある居酒屋において、全席禁煙導入で一定の好成績を残したというニュースが、あらゆる飲食店に衝撃を与えたであろうことは想像に難くない。

 串カツ田中の前例を受けて、今後、全席禁煙の飲食店は増えていくのか。また、禁煙にまつわる今後の課題にはどういったものがあるのか。日本フードアナリスト協会所属のフードアナリスト、重盛高雄氏に話を聞いた。

●全席禁煙化によって串カツは「酒の肴」から「手軽なおやつ」へと変化

 まず、串カツ田中は今回の取り組みによって、どのような変化が起きたのだろうか。


「さまざまな観点から評価されていますが、特に大きいのが、新しい顧客層への訴求に成功した、ということです。大きなところでいうとファミリー層が挙げられます。母親目線で考えれば、子供が食事をする環境が煙たいのは望ましくないでしょう。ほかにも、高校生のような未成年者が、手ごろにおやつを食べられる場所として串カツ田中を利用するようになったそうです。

 串カツというのは、いわばチキンナゲットやフライドポテトのような、家ではなかなか再現できない外食体験です。これまではタバコをふかしたおじさんのものだった串カツが、全席禁煙化によっておやつ感覚で食べられるものへと変化し、新しい顧客層を獲得できたというわけです」(重盛氏)

 とはいえ、完全禁煙をせずとも、いわゆる「分煙」というスタイルも選択肢としてあったのではないだろうか。

「マクドナルドなどが代表的なのですが、分煙化施策は失敗に終わるケースが多いのです。というのも、いくら分煙にしても、喫煙席から出てきた人にはタバコの臭いが染みついているので、けっきょくタバコの臭いを完全に消すことはほぼ不可能だからです。実際これまで分煙でやっていたモスバーガーなども、2020年3月末までに完全禁煙にすると発表しており、すでに店舗の改装を始めています」(同)

 飲食業界では、分煙化での失敗の経験則があるからこそ完全禁煙が選ばれた、ということか。

●「和民」「笑笑」のような大手チェーンの総合居酒屋こそ全席禁煙が必要

 今回の串カツ田中の成功によって、全席禁煙の飲食店は増えていくと考えられるだろうか。

「串カツ田中のような新たな顧客層の獲得というメリットもありますが、従業員の獲得という意味でも、全席禁煙化は重要になってくるでしょう。やはり非喫煙者にとっては、受動喫煙の恐れがない職場というのはありがたいものです。
特に今の若い人は喫煙しない人が多いですから、若い従業員を獲得しやすくするためにも、働く環境の保全のために全席禁煙を導入するお店が増えてくることは十分考えられます。最終的には経営者の判断次第ではありますが、全席禁煙のお店はこれから増えていくのではないでしょうか」(同)

 居酒屋や喫茶店などは喫煙者の憩いの場というイメージ、タバコとワンセットというイメージが特に強い業態だ。串カツ田中には串カツという強みがあるが、「和民」や「笑笑」のような総合居酒屋にとって、禁煙化はダメージとなってしまうようにも思えてしまう。居酒屋や喫茶店の全席禁煙の可否について、重盛氏はこう分析する。

「むしろ大手チェーンの総合居酒屋こそ、完全禁煙で差別化をする必要があります。今の大手総合居酒屋はどこも商品で差別化ができておらず、いまだに飲み放題や団体割引といった価格面での付加価値に頼っている状況です。しかしそれだと、宴会の時期くらいしかお客さんを大量に呼び込むことができません。今は性差問わず全年代で喫煙者が減ってきていますし、また女性陣にとってはタバコ臭い宴会の場でオヤジの相手なんかしたくない、というのが本音でしょう。ですから完全禁煙の居酒屋が出てくれば、非喫煙者層や女性層を取り込むことができると予想されます。

 また、喫茶店の場合は、何を付加価値とするかで対応が変わってくると考えられます。例えば全席禁煙を打ち出しているスターバックスは、おいしいコーヒーを付加価値として成功しているチェーン店です。お客さんにはコーヒーの味と香りを楽しんでほしいと考えているので、そこにタバコの煙が入ってくると味も香りも損なわれてしまうわけです。
コーヒー自体に付加価値を持つお店であれば全席禁煙化がなされるでしょうし、逆にコーヒーの安いお店であれば、150円くらいのコーヒー代でタバコを吸えることを付加価値とすることもあるかもしれません。

 そもそも近年喫煙者が減ってきている理由として、健康や金銭的な問題のほかにも、料理の味を楽しみたいと考える方が増えてきていることが挙げられます。そういう意味でも全席禁煙のお店は増えていくでしょうし、あくまでフードアナリストである私の個人的な意見ではありますが、飲食店は食事を楽しむための場所なので全席禁煙であってほしいとは思います」(同)

●今後の課題は喫煙者の権利も確保すること、「完全喫煙店」登場の可能性も

 禁煙化を語るうえで、世界の喫煙事情を避けて通ることはできない。日本は遅ればせながら禁煙というワールドスタンダードに追いついてきたわけだが、その背景事情について、重盛氏はこう語る。

「日本はこれまで、非喫煙者の権利が認められていないような状態でした。それこそ昔は路上でもタバコを吸えましたし、新幹線にも喫煙車両があったくらいですからね。なぜかというと、タバコ税の収入が相当大きかったので、政府も健康より税収優先で考えていたのです。ただ、海外からの観光客を迎えることを考えると、非喫煙者の権利を認めていく必要がありました。つまり、ワールドスタンダードに合わせて外国人が訪日しやすい環境をつくるためにも、税収がどうこうなどとは言っていられなくなったというのが実情でしょう」(同)

 海外を見習うべきなのは禁煙化だけではないという。

「海外では禁煙化を推し進めると同時に、タバコを吸える環境もちゃんと整備されており、非喫煙者の権利と同じくらい喫煙者の権利も大事にされています。今の日本は、非喫煙者は権利を行使できますが、喫煙者からは『どこで吸えばいいんだ』という叫びが聞こえてくるような状況です。

 これから完全禁煙のお店が増えていけば、スモーキングオンリーと銘打ってタバコを吸えることを付加価値とした『完全喫煙』のお店が登場する可能性もあるでしょう。
他にも有料トイレのように、100円払えば快適にタバコを吸うことができる『有料喫煙スペース』が業態として出てくるかもしれません。いずれにしても、喫煙者と非喫煙者、両者の権利をどうやって成り立たせていくか、というのがこれからの課題になってくるといえます」(同)

 2020年に開催される東京オリンピックのためにも、禁煙化は速やかに行わなければならない問題だろう。しかし、訪日外国人にも喫煙者は必ず存在している。一方的に禁煙化を推し進めるのではなく、喫煙者と非喫煙者がお互い嫌な思いをすることのない社会へと変遷していくことを願いたい。
(文・取材=A4studio)

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