半年前のスタートから物議を醸し続けた連続テレビ小説『半分、青い。』(NHK)が、いよいよ最終週に入ろうとしている。

週間の平均視聴率はお盆を過ぎた頃から22%を超えているが、上昇に比例するかのように視聴者の批判もヒートアップ。

「視聴率が上がっているのに、批判が増える」という珍現象の原因は、北川悦吏子の脚本にほかならない。中盤あたりから「わずか数話で年月が飛ぶ」という急ぎ足の展開と、自己中心的なヒロインの言動が視聴者の反感を買ってしまったのだ。

 しかし、その姿勢を貫いたことが、結果的に「イライラするけど気になる」「文句を言いながら、結局見てしまう」という状態に結びついたのは意外だった。

 まるで「炎上ビジネス」のような手法だが、過去を振り返れば合点がいく。1990年代から北川は、『愛していると言ってくれ』(TBS系)で聴覚障害者の恋、『最後の恋』(同)で風俗嬢の恋、『ビューティフルライフ』(同)で難病女性の恋を描き、高視聴率を獲得しながらも物議を醸していた。

 それら過去の作品と、ここまでの放送を踏まえつつ、クライマックスの展開を考えていきたい。

●過去の名作はハッピーエンドだったのか

 まず、上記の過去作が「どんな結末だったか」を振り返ろう。

『愛していると言ってくれ』は、聴覚障害者の榊晃次(豊川悦司)と女優の卵・水野紘子(常盤貴子)がいったん別れたものの、時が過ぎて再会したところで終了。復縁したかはわからず、小さな希望のみを見せる終わり方だった。

『最後の恋』は、医者の卵・夏目透(中居正広)と風俗嬢・篠崎アキ(常盤貴子)が、最後まで遠回りを繰り返しながらもハッピーエンド。

『ビューティフルライフ』は、美容師・沖島柊二(木村拓哉)と難病を患う図書館司書・町田杏子(常盤貴子)の恋が成就したものの、杏子は亡くなってしまった。


 整理すると、『愛していると言ってくれ』は“半分、ハッピーエンド”、『最後の恋』は“全部、ハッピーエンド”、『ビューティフルライフ』は“アン、ハッピーエンド”。この3作は「ハンディキャップのある恋」という共通点があるだけに、結末は意図的に変えていたのだろうか。

 そのほかの主なラブストーリーでは、『ロングバケーション』(フジテレビ系)は、瀬名秀俊(木村拓哉)がピアノコンクールで優勝し、葉山南(山口智子)と結婚式で結ばれる“全部、ハッピーエンド”。

『Over Time-オーバー・タイム-』(同)は、楓宗一郎(反町隆史)が笠原夏樹(江角マキコ)のために自ら別れを選び、久我龍彦(椎名桔平)との結婚を促して終了する“半分、ハッピーエンド”。

『オレンジデイズ』(TBS系)は、萩尾沙絵(柴咲コウ)が「ほぼ聴覚を失った」というハンディキャップのある恋だったが、最後に結城櫂(妻夫木聡)と結ばれる“全部、ハッピーエンド”だった。

 朝ドラ前の作品『運命に、似た恋』(NHK)は、小沢勇凛(斎藤工)の手術が成功し、立場や年齢の差を乗り越えて桜井香澄(原田知世)と結ばれる“全部、ハッピーエンド”。

 もっとも多いのは“全部、ハッピーエンド”だが、「作品によって3つを使い分けてきた」という印象もある。そもそも北川は、現在の視聴者が“全部、ハッピーエンド”を好むからといって、そこに合わせるような書き手ではない。

『半分、青い。』のヒロイン・楡野鈴愛(永野芽郁)も「左耳の聴力を失う」というハンディキャップのある恋が描かれてきただけに、“全部”“半分”“アン”すべての可能性がある。同じ日に、同じ場所で、ほぼ同じ時間に生まれた運命の男性・萩尾律(佐藤健)との恋が成就する可能性は40~50%といったところか。

●アンチヒロインだった鈴愛と北川悦吏子

 北川の描くヒロインは、感情表現が激しい、クセのあるタイプが少なくない。


『愛していると言ってくれ』の紘子は、嫉妬に狂い、晃次をさんざん困らせた挙げ句、話せない彼に「『愛している』って言ってよ!」と無茶を言い、幼なじみの矢部健一(岡田浩暉)と一夜を共にしてしまった。

『オレンジデイズ』の沙絵も、エキセントリックな言動が目立ち、櫂と髙木真帆(小西真奈美)の関係を疑ってドイツへ行き、幼なじみの藤井ハルキ(沢村一樹)と婚約してしまった。

『半分、青い。』の鈴愛も、ここまで紘子や沙絵と同等以上の激しさを見せている。

 高校生の頃から身勝手な言動が目立ち、漫画家修行時代には師匠の秋風羽織(豊川悦司)に「悲しいことを喜ぶ変態」「いい年して独り者で家庭もなく友達もいない」などの暴言を連発。律の恋人・伊藤清(古畑星夏)とつかみ合いのケンカをしたほか、わざわざ彼の妻・より子(石橋静河)を確認しに行ったこともあった。

 その後も、夢を追う夫・森山涼次(間宮祥太朗)に「死んでくれ」と言い離婚。実家に戻って家族に寄生し、娘を置いて外出ばかり。祖父・仙吉(中村雅俊)直伝の五平餅カフェも、結局人任せにしてしまった。

 これらの激しい言動を見て、「鈴愛の性格が悪すぎる」と拒絶反応を起こす視聴者が続出。特に暴言を吐いておきながら謝るシーンがなく、翌日にはのほほんとしている鈴愛を見て、「信じられない」という声が飛び交っていた。いわば鈴愛は、朝ドラ定番の「穏やかで優しいヒロイン」とは真逆の「激しく感情的なアンチヒロイン」だったのだ。


 一方、視聴者にとっての北川も、アンチヒロインそのものだった。朝ドラという日本一ファンの多いドラマ枠を急展開と試練の連続でかき乱し、自ら「神回」と予告ツイートを繰り返すなど、視聴者を翻弄。その結果、視聴率は上がった半面、近年ないほどの批判を受けてしまった。従来の脚本家とは大きく異なるアンチ脚本家になっていたのだ。

●「見てよかった」の大逆転に必要なもの

 しかし、鈴愛と律が2人でそよ風の扇風機をつくり始めてから、朝ドラらしいひたむきで心温まるシーンが増えて、批判が収まりつつあるのも事実。

 だからこそ、ここまでダブルアンチヒロインだった鈴愛と北川には、大逆転のチャンスが残されている。それは約半世紀をかけた鈴愛と律のハッピーエンドであり、その上で「だからこういう急展開や試練が必要だったのか」と視聴者をどこまで納得させられるかが重要だ。

 鈴愛も北川も、最後はアンチヒロインからヒロインに印象を書き換えられるのか。朝ドラは半年間の長期放送だけに視聴者の思い入れが強く、終了直後は「見てよかった」「時間を返せ」の賛否両論になりやすいだけに不安は残る。

 しかし、ここまで熱演で懸命に盛り上げてきた永野が、「風呂場で台本を読んでいたら、あるシーンが衝撃すぎてお湯の中に落とした」と結末への期待感をあおっていた。1年半もの歳月をかけて、「精魂尽きるまでやり切った」という北川の底力に期待して見届けたい。
(文=木村隆志/テレビ・ドラマ解説者、コラムニスト)

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