あなたはなんのために腕時計をはめているのでしょうか。おそらく「時刻を確認するため」と答えるでしょう。
では、なんのためにはめているのでしょうか。
ひとつ考えられるのは、趣味・嗜好のアイテムとしての可能性です。顧客が製品に対して期待する価値は、個人の趣味・嗜好、感性、情緒などに由来する価値と、製品の機能が生み出す価値に分類されます。腕時計であれば、前者はかっこいい、●●のブランド、好きな色・デザインというような価値であるのに対して、後者は、厚さが薄い、重量が軽い、正確で狂わない、というような価値になります。
スマホで時間を見ることができるのに、腕時計をはめるというのは、この趣味・嗜好型の価値を求めている可能性が高いのです。もちろん、時間を見るためにはめているという理由も考えられるでしょう。しかしながら、それが中心ではなくなってきているのです。実際、日本時計協会によると、2017年の国内の腕時計の販売台数は3370万個で、国内メーカー製が26%、輸入品が74%のシェアとなっています。
では、スマートウォッチはなんのためにはめるのでしょうか。これを考えるために、スマートウォッチについて整理してみましょう。
現在、大部分のスマートウォッチは、体温、心拍数などの生体センサーを搭載し、スマホと連動させることでその数値をメールで確認することもできます。万歩計、活動量計などの機能もあるようです。大別すると、生体センサーによる測定機能と、スマホとの連動による機能、環境・活動量などを測定する機能に分類することができそうです。
●スマートウォッチは「中途半端な製品」
話を戻します。スマートウォッチはなんのためにはめるのでしょうか。時間を見るのであれば腕時計で済むでしょう。メールを見るのも、あれだけ小さい画面だと、お世辞にも見やすいとは言えません。歩数や活動量を知りたければ、万歩計でもある程度は見ることができるでしょう。
一つ考えらえるのは、スポーツなどをする際、時間、自身の記録タイム、体の状態や活動量などが、一つのデバイスで見られるという部分は機能的な価値が高そうです。実際、そういった使い方をしている人も多いのではないでしょうか。
しかしながら、ほかに決定的に便利なことを見つけるのは難しいです。つまり、スマートウォッチも現状では趣味・嗜好の域を出られず、「中途半端な製品」になっていると考えることができます。実際、スマートウォッチの国内販売台数は1000万個ぐらいと推測され、これだけハイテク装備が満載されている割には、腕時計の3分の1にも満たない台数しか売れていません。
では、なぜもっと売れないのでしょうか。そこには一つのキーワードがあります。それは「作用」という考え方です。製品が持っている機能がどのように「作用」し、どのような役立ちを提供するかという考え方です。その役立ちが大きいほどその製品は売れることになります。
先ほどの3つの分類での「作用」について考えてみましょう。「生体センサーによる機能」では、測定した自分の体温や心拍数を自分が見るという作用に限定されるでしょう。
つまり、今のスマートウォッチは、せっかくのハイテク装備を満載しても、その作用の多くは「見ること」だけに限られてしまうのです。しかも、ほかの代替方法で簡単に置き換わってしまう機能ばかりです。従って、スポーツシーンなどその作用が大きくなる場合を除いて、明らかに便利な価値を提供できていないと考えられるのです。このような見方からも、スマートウォッチが趣味・嗜好の域から出られない「中途半端な製品」であることが見てとれるでしょう。
●作用が大きくなるつなぎ方は何か?
では、どうすればもっと売れるようになるでしょうか。
それは「見るだけの作用」から脱することです。IoT(モノのインターネット)の技術でスマートウォッチがさまざまなモノとつながることが、この作用を大きくしてくれる可能性を秘めているのです。
ただ、これだと誰でもイメージできます。そこでの成功の鍵は「つながることで作用がどれだけ大きくなるか」。換言すれば「作用が大きくなるつなぎ方は何か」ということになります。
たとえば、自動車とのコネクテッドを例に考えます。現代の車はハイブリッドカーが主流となっているため、非常に大きなバッテリーを積んでいます。従って、技術的にはエンジンをかけなくてもエアコンをつけることができます。これをコネクテッドの技術で活かすことができれば作用が大きくなりそうです。「酷暑の中、駐車場に向けて歩いていくと、自身のスマートウォッチが体温と発汗量を測定。それが自動で車に伝わり、車に到着する頃には室内が十分に冷えているため、ものすごく快適な状態が実現する」というようなイメージです。真夏の駐車場に止めた車に乗る際の猛烈な不快さと比較すると、この例の「作用」はものすごく大きくなります。
スマートウォッチを子供に持たせれば、スマホ、GPS、扉の鍵などとのコネクテッドで、家に帰ったかどうか、塾に行ったかどうかなどがリアルタイムでわかるでしょう。それによって、親の安心感という大きな「作用」を提供することができるでしょう。
「IoTの技術でコネクテッドが実現し、スマートウォッチの売り上げが拡大する」
この見方だけだとあまりにも稚拙です。しかし世の中はそれだけで騒いでしまう。「作用の大きさ」という重要な視点を加えた戦略が立てられるかどうか。
製品の価値を分解し、市場の構造を見極めることで、イノベーションするような戦略をつくり出す。質の高い非常に重要なプロセスといえます。
ビジネス書、ビジネス誌、ビジネススクールなど昨今のビジネスを学ぶ環境は多様化してきました。しかしながら、質(クオリティ)が圧倒的に足りないという矛盾も抱えています。しかも、当事者はそのことに気付いていないし気付く術もない。見方を変えれば、「質の重要性に気付いていないビジネス界」だからこそ、質を圧倒的に高めることが、ブルーオーシャン状態を生み出すチャンスになるといえるのではないでしょうか。
(文=高杉康成/コンセプト・シナジー代表取締役、経営学修士(MBA)、中小企業診断士)