元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きな金貸しは「闇金」です。



 数年前から、贈与税と相続税のルールが変更されています。この2つは、生きている人から財産をもらうか、亡くなった人から財産をもらうかの違いで、概ね同じルールが適用される税金です。基礎控除があるので、裕福な人が申告、納税を行うことが多く「払うのがバカバカしい」と考えた人たちは、税に詳しい誰かにアドバイスをもらって租税回避を画策するようです。

 今でも、国税局で語り継がれている「武富士事件」という裁判があります。武富士の創始者が香港にいる長男に贈与を行い、それが租税回避ではないかと争われた事件です。租税回避は、脱税とは異なります。「合理的理由がないのに、通常用いられない方法を選択することで、課税要件の充足を免れ、税負担を減少させること」と定義されており、簡単に言うと、スーパーなどで万引きするのが脱税で、試食のウインナーを1人ですべて食べてしまうのが租税回避というイメージです。

 武富士事件の当事者には、租税回避という意識はなく、合法であり申告も不要だ、という認識だったかもしれません。

 この頃のルールでは、長男の住所か、創始者の財産が国内にあることが課税の条件とされていたため、財産も住所も国外に移転させた後に贈与して、贈与税の負担を回避しました。この方法は、広く一般に紹介されていた税法の抜け穴でしたが、税務調査となり、国税局側に否認されてしまいました。長男はちゃんとした助言を受けていたので、国税側が否認できるような外観はありませんでしたが、香港のホテル住まいだったことなどが、つけ入る隙を与えることになったようです。

 長男は、たびたび日本に帰ってきていましたが、香港に住んでいることを否認されないように、ちゃんと日数を調整していました。
日本での滞在日数が多ければ、日本の居住者となり、贈与税を課されてしまうからです。香港に住んでいると認定されれば、香港の税制度に基づいて香港で贈与税を払うことになりますが、指南を受けて香港に住所を移していたのであれば、香港は贈与税がないか、著しく税率が低いものと思われます。

 最高裁まで争ったこの事件では、滞在日数を調整していたことなどで、主観的に贈与税回避の目的があったとしても、客観的な生活の実体は香港であり、香港滞在日数は年間の約3分の2に及んでいて住所はそちらにあった、と認定されました。

 この頃の税法では、贈与税回避のために、国外に長期滞在することが想定されていませんでした。今考えると、不思議です。このような贈与税回避が適当でないというのであれば、法の解釈ではそれを否認することはできず、そのような事態に対応できるような法律をつくるべきでした。

 しかし、そのような法整備がされていなくとも、調査官の考えたほうに合わなければ、調査で否認されてしまうことがあります。

●国税敗北で税法大改正

 この事件で、国税が「あなたは日本に住んでいます。払いなさい」といった税額は約1330億円でした。長男は、これに延滞税を加えた約1600億円を納付していました。裁判は、「税回避が目的でも客観的な生活実態は消滅せず、納税義務はない」と結論付け、長男側が勝訴しました。国税を延滞すると利息が付きますが、還付のときも同様に利息が付きます。
報道によると、還付加算金は400億円になり、約2000億円が還付されました。

 この事件の前から、相続税法の改正に向けた動きはあったようですが、これを契機に大きく改正が行われます。お金持ちにとって不利な改正です。

 改正された相続税法では、亡くなった人か相続した人のどちらかが日本に住んでいれば、日本で相続税の納税義務があり、また日本だけでなく海外にある財産もその対象となりました。相続時に海外に住んでいても、移住してから5年以内であれば、日本で相続税を納めなければいけなくなりました。さらに、近年ルールが厳しくなり、5年が10年になりました。つまり、日本の相続税や贈与税から逃れようと思ったら、海外に10年以上住んでいないといけないのです。

 これだけ長ければ、日本を捨てる覚悟がないと、税逃れは実行できないのではないでしょうか。
(文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人)

編集部おすすめ