“日の丸半導体”が攻めに転じた。自動車用半導体大手、ルネサスエレクトロニクスは9月11日、米国のインテグレーテッド・デバイス・テクノロジー(IDT)を約67億ドル(約7330億円)で買収すると発表した。

日本の半導体メーカーのM&A(合併・買収)では過去最高額だ。

「一緒になれば、自動車やIoT(モノのインターネット)の領域を、さらに拡大できる」

 同日開いた記者会見で、呉文精社長は買収の狙いをこう説明した。ルネサスは自動車用半導体全体では世界第3位だが、マイコンと呼ばれる制御用の半導体に限ればトップシェアを誇る。データセンターで使われる通信用半導体に強いIDTの買収で、自動運転の分野で優位に立てると考えている。

「(自動車の)ADAS分野は誰にも渡さない。絶対に1位を獲る」と、呉氏は宣言した。ADASとは、自動ブレーキや車線認識といった、センサーなどを使ってドライバーの安全運転を支援する仕組みのことだ。

 ルネサスの直近の買収は2017年2月。アナログ半導体の米インターシル(現ルネサスエレクトロニクスアメリカ)を3219億円で買収した。今回のIDTと合わせると買収総額は1兆円を超える。

 7330億円の買収資金のうち6790億円を三菱UFJ銀行やみずほ銀行から借り入れる。残りの540億円は手元資金で賄う。


 有利子負債は18年6月時点の2313億円から一気に3.9倍の9103億円に膨張する。自己資本比率は同52%から単純計算で30%前後まで悪化する。買収総額が買収先企業のキャッシュフローの何年分にあたるかを示す「EV/EBITDA倍率」は25倍前後。世界の半導体メーカーの平均が10%台だから、アナリストからは「割高だ」との声が上がる。

 呉氏は「割高」を承知のうえで買収に踏み切ったという。17年にインターシルを買収した効果が出ており、“現金創出力”は高まった。「毎年2000億円くらい借り入れを返していける」と自信を見せる。

 計画通りにいけば、6790億円の銀行借り入れは3年半ほどで返済できる計算になる。だが、想定通りに稼げなければ、借金の返済が遅れ利益を圧迫する。

●プロ経営者、呉文精氏をスカウト

 ルネサスは10年、日立製作所、三菱電機の半導体統合会社がNECエレクトロニクスと経営統合して発足した。東日本大震災で工場が壊滅的な打撃を受け、業績が急速に悪化。13年に官製ファンドの産業革新機構やトヨタ自動車、日産自動車などから出資を仰ぎ、経営危機を回避。
革新機構のもとで人員削減などの大リストラを実施し、15年3月期には発足以来初となる823億円の最終黒字を確保した。

 再建のメドが立ったことからルネサスは日本電産の前副社長の呉氏を社長にスカウトした。

 呉氏は“プロ経営者”として名前が通る。1956年5月生まれで、79年に東京大学法学部を卒業し、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。米プリンストン大学大学院に2年間留学、MPA(行政修士)を取得。興銀の国際業務部米州担当副部長の時、転機が訪れた。興銀、富士銀行、第一勧業銀行の3行統合である。

 巨大銀行の中で生きるより、自分で針路を決められる経営者の道を目指した。ジャック・ウェルチ氏が率いる米ゼネラル・エレクトリック(GE)が輝いていた時代だ。2000年、GEの金融子会社、GEキャピタル・ジャパンに転じた。03年、自動車リース会社のGEフリートサービスの社長兼CEO(最高経営責任者)となった。

 ところが、GEが金融部門を縮小することになり、日産自動車に転職を決めた。
最終面接でカルロス・ゴーン氏に「GE流の経営を日産で生かしたい」と訴えた。08年、日産の中核の自動車部品子会社、カルソニックカンセイの社長に抜擢された。

 カルソニックの再建を果たし、13年3月に親会社の日産本体の常務執行役員への復帰が発表されたが、この人事を受けず日産を去った。

 13年6月、産業用モーター大手、日本電産の創業者である永守重信会長兼社長(現会長)に招聘され、日本電産の副社長に就いた。一時は次期社長候補と目されていたが、永守氏と対立し、15年9月に日本電産を退社した。

 呉氏は自分で進路を決めることを重視しているようだ。日産の意思決定権者はゴーン氏であり、日本電産は永守氏のワンマン会社だった。呉氏は業務執行役でしかなかった。

 官製ファンドの革新機構の会長兼CEOに就いた日産副会長の志賀俊之氏は、日産や日本電産と喧嘩別れした呉氏をルネサスのトップに据えた。

 一躍、呉氏はルネサスの最高意思決定権者になった。ルネサス発足当初の11年3月期(日本会計基準)の売上高は1兆1379億円あった。不採算の製品からの撤退を進めたために、売り上げは激減。
17年12月期に決算期を3月から12月に変更し、会計基準も国際会計基準に移行。売上高は7803億円と最盛期に比べて3割以上減った。

 自動車用半導体ではトップシェアだったが、今では世界第3位。首位のオランダNXPセミコンダクターズ、2位の独インフィニオンテクノロジーズを追う立場だ。

 インターシル、IDTの買収に乗り出したのは、呉氏の言葉を借りるなら「サッカーワールドカップの予選通過ではなく、優勝を目指す」ためだった。

 革新機構の出口戦略とも密接に関係する。革新機構は当初ルネサスの69.1%の株式を保有していた。ルネサスの再建のメドがついたとして、保有株式の売却に動き、現在の出資比率は33.4%である。

 18年9月21日、革新機構は産業競争力強化法に基づき、新設分割するかたちでINCJを設立。特定の支援事業を引き継いだINCJが、ルネサス株の33.4%を保有する筆頭株主になった。既存の投資案件はINCJに一本化し、資金の回収を進める。一方、革新機構は25日、産業革新投資機構に改組した。
これまでに2860億円を投じたが、1600億円を追加出資。人工知能(AI)など成長分野に間接投資し、INCJの失敗の反省から、直接、株式を引き受けることはしない。

 つまりINCJが今後、ルネサス株を順次、売却していくことになるわけだ。ルネサス株をどこに、しかも有利な条件で売却できるのか。呉氏の腕の見せどころだ。
(文=編集部)

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