右ひざ前十字靱帯損傷の大怪我をしながらも、奇跡の回復で復帰を果たしたJリーグ、川崎フロンターレの齋藤学選手。治療の最中、横浜F・マリノスからの移籍を決断、さまざまな環境の変化を乗り越え、現在はフロンターレで気持ちを新たに次なる目標に取り組む。
10月20日のヴィッセル神戸戦では、移籍後、リーグ戦初となるゴールを決めた。そんな齋藤選手に、昨年の右ひざ前十字靱帯損傷時の治療やリハビリ、また普段、体調管理の面で気をつけていることなどについて聞いた。
●キャリアのなかでもっとも大きな怪我との戦い
昨年9月23日、ヴァンフォーレ甲府戦で負傷し、右ひざ前十字靱帯損傷で全治8カ月の見込みと診断された齋藤選手。通常、損傷した前十字靱帯が自然に癒合することはないため、選手としてのスポーツ復帰を目指す場合、靱帯の再建手術が必要だった。
その後、手術後わずか5カ月半で復帰を果たすが、その裏にはさまざまな努力があった。怪我について尋ねると、「ピッチに立てるところまで持っていけたのは、いろんな人の助けがあったからです。8カ月と言われたのが5カ月半で復帰できたのはよかったかなって。その後の試合での結果どうこうというのは僕の問題なので、怪我は関係ないです」と前を向く。
「前十字靱帯を損傷した後はほかにも影響が出やすく、たとえば今は逆足の膝が良くないです。チームトレーナーが治療を見るというのがサッカー選手の基本的なかたちなんですが、もともと体のケアには力を入れているほうなので、結構、僕は仲良くしていた先輩が通っている、ほかの治療院のなかで興味を持ったところも積極的に利用するようにしています」
齋藤選手は、治療に対する工夫をこう明かす。
「特に前十字靱帯をケガしてからは本当にいろんなことを試しました。さまざまなマッサージ、鍼灸、カイロプラクティスなど、できる限りのことを行って、その道のトップと呼ばれる人たちのもとには一応足を運んで、なるべく多くの話を聞くようにしました」
今年6~7月のFIFAワールドカップ・ロシア大会へ、なんとしても出場したいという思いもあり、早期回復への願いは強く、復帰まで8カ月と宣告された時も、「僕は5カ月で治して、ワールドカップの選考に入るというところに目標を持っていました。
早期の回復が実現した理由については、こう回顧する。
「とにかく一日一日良くなってさえいけば、目標とする時期に戻ってくることはできるだろうなと思っていました。日頃のチームのトレーナーの治療も大事だし、クラブを離れてから、自分が知っているところでの治療とか、自己管理も大事にしました。クラブのトレーナーが計画を立てて、『今日これができたら、明日これをやろう』『これくらい回復したら、これをやろう』というメニューがあって、それはだいたい8カ月で回復できる目安でつくられているものでした。僕はそれをちょっとずつ早めていく努力をしました。ジョキングなどは、手術後2カ月でできると言われたのに、1カ月で始めたんです」
●治療院に通うルーティンに頼らない
前十字靱帯の治療を続けるなかで、不安も少なくなかったという。
「サッカー選手の一番大きな怪我は、やっぱりアキレス腱と前十字靱帯です。キャリアのなかで一番大きな怪我ですからね。前十字靱帯損傷の発生件数とか、いろんな人の経過を調べたりすると、再断裂や反対側の足の靱帯を断裂するケースも多かったんです。だから今でも、それは怖い部分として頭の中に残っています。逆足のケアはもちろん、再断裂には気をつけています」
齋藤選手は、治療院だけに頼らず、自分で治療できるように努力もしているという。
「何かあると治療院に頼るというルーティンは、自分の中で持ちたくないという気持ちがあります。今は28歳。日本でプレーしていますが、将来は海外でやりたいという希望が今もまだあるので、日本で3つも4つも良い治療院を知っていたから良いパフォーマンスができていたというふうにはしたくないんです。ルーティンができると、それを崩すというのも意識してケアをやっています」
このように、海外移籍を見据えたこだわりを明かす。
●トレーニングや食事へのこだわり
怪我をすると、肉体だけではなく心にも影響が出る。齋藤選手は、自分なりにメンタルケアに取り組んでいるという。
「メンタルのことももちろん考えています。メンタルトレーニングにも行きますし、僕は本をよく読むほうなので、自己啓発ではないですが、どういうふうにしたらモチベーションが上がるか、あるいはどうしたら自発的な意識が出てくるかなどを調べたりします。本によって書いてあることは違うので、自分がどの考え方に向いているかをよく考えて、そこから得られる知識を活用しています」
現在の一日のトレーニングについても聞いた。
「朝10時からフロンターレの練習が始まります。9時くらいにはクラブに来て、アップをして体を温めます。チームでしっかり練習を積んだ後に、基本的には居残りで基礎練習というのも十分に行っています。
食事にも、ただならぬこだわりを持っている。
「一時は栄養士さんをつけて、タンパク質を多めにして栄養を補うというようなかたちをとっていましたが、ファスティングなど、食べない時間をつくることも大切だとか、食べ過ぎることも体にとってマイナスのひとつになるという考えを知って、朝飯を抜いて、昼夜はきちんと食べるとか食事のとり方を変えたりもしました。食品自体も大切にして、体に何を入れるかをきちんと考えるようになりました。保存料なども気にして、ちゃんと農家の人がつくった野菜を宅配で取り寄せて食べるということも始めたんです。ジュースとかも、あまり飲まないです。水とお茶です。食事に関しては、選手によって、栄養士さんによっても言うことが違うし、こだわりもそれぞれ。いろんな人の話を聞き、自分に合ったものを取り入れようと思っています」
睡眠に関しても、こだわりを持っている。
「眠りが浅くて、すぐに起きてしまいます。
●今後のビジョン
医療や健康に関して、さまざまな情報を持っているため、周囲からは「齋藤さんは健康オタク」と揶揄されることもある。当人にそのことを問うと、「健康オタクというより、サッカーのために生きているだけであって、サッカーを辞めたらこんなにこだわりません」と苦笑いする。「自分は今サッカーが好きで、サッカーを仕事として生きていく上で、後悔しないためにいろんなことをしているだけ」と話す。
今後のビジョンについては「正直、言い方は悪いかもしれませんが、“行き当たりばったり”です。逆に、今をおろそかにしたくない。今日一日を大切にしたいんです。これからワールドカップも行きたいし、日本代表としてピッチに立てていない悔しさもすごくあります。ただ、今やれること、自分が課題にしていることをやるのが大切」と述べる。
最後にフロンターレに移籍してよかったことを尋ねると、「サッカーがすごく楽しい」と思わず笑顔になった。
「止めて蹴るっていうことを大切にしているクラブで、来てよかったし、自分自身も勉強になることがたくさん。移籍して結果を残すという意味では苦しみも味わっていますが、この移籍は自分の人生を考えたときに、やっぱり人生のプラスになるだろうと思っています」
齋藤選手が再び輝きを取り戻し、日本代表のピッチに戻ってくる日を待ちたい。
(取材・文:名鹿祥史)