一極集中が進む大都会での日常に疲れ、会社・仕事中心の生き方に疑問を持つ人たちが増えるなか、自分の意思で地方に生活拠点を移し、新たな人生をスタートさせる「移住」がクローズアップされている。

 移住といえば、かつてはサラリーマン生活をリタイアした後に、のんびりと田舎暮らしをする、といったイメージが強かったが、最近は若い世代ほど関心が高い。

総務省「「田園回帰」に関する調査研究中間報告書(概要版)(2017年)」の「都市部の住民の意識調査」の結果を見ると、農山漁村に移住してみたいと回答した人は、全体の30.6%に上る。このうち20代は37.9%、30代は36.3%と、ほかの世代よりも移住志向が強かった。

 全国各地の自治体が抱える共通の悩みは、少子高齢化の進行や若者の流出が引き起こしている深刻な人口減少だ。このままでは将来、“消滅可能性都市”になりかねない。そこで都会からの移住者を増やそうと知恵を絞り、さまざまな優遇策、助成制度を講じているのが実情だ。

 そうしたなか、移住地として高い人気と実績を誇るのが、「花は霧島、煙草は国分」のおはら節で知られる鹿児島県の霧島市(05年に旧国分市など1市6町が合併して誕生)だ。

 06年度から17年度までの12年間に580戸、1451人(中学生以下368人)が移住してきた。15年度以降は3年連続で増加し、17年度の移住者数は189人(同65人)だった。西日本新聞社の調査で、15年には10年度からの5年間の移住者数で霧島市が九州でトップになった。

 現在の同市の人口は12万5890人(10月1日現在)。移住者が増えたとはいえ、06年の12万8272人から横ばい、微減局面を完全に食い止めるには至っていない。移住・定住政策は、自治体の生き残りをかけた必須のテーマとなっている。


●移住体験ツアーが大都市の住民を惹き付ける

 霧島市が移住促進を強化するための専門部署「おじゃんせ霧島移住定住推進室」(現在の中山間地域活性化グループ)を設置したのは、06年のことだった。「おじゃんせ」は、「おいでください」の意味だ。「まずは来てもらわなければ」と、07年から年2回、農業体験や住宅物件の見学を組み合わせた2泊3日の移住体験ツアーをスタートさせた。交通費は実費、ツアー代金も2万円(宿泊・食事代込)という有料ツアーにもかかわらず、「移住後のイメージがわく」など参加者の評判は上々で、17年度までに計68組112人が参加した。驚くのは、参加者の2割にあたる12組23人が移住を実現させたことだ。

「参加される方の顔ぶれ、家族構成などに応じて体験場所、内容を調整するなど、きめ細かな準備を心がけてきました」(霧島市役所の担当者)

 今年度は10月5日から7日にかけて1回目のツアーが開催され、大阪や茨城から3組の家族10人が参加した。宿泊先は温泉ホテルと湯治宿。西郷公園や嘉例川駅などの観光スポット巡り、移住者家族との交流会、空き家バンクの物件見学、稲刈りや陶芸体験など、多彩なメニューが用意されていた。

 大阪在住の30代の看護師の女性は「都会のマンション暮らしだと、ついつい子どもを叱りつけてしまうことが多い。子育て環境の整った自然豊かな土地で、のびのびと子どもたちに接していきたい」と、参加動機を語っていた。交流会では、市内の高原エリア(牧園町高千穂)に住む70代の徳丸さん宅を訪問。徳丸さん夫妻は07年の移住体験ツアーに参加して、翌年に横浜から移住してきた“パイオニア”だ。
参加者は、夫人の手作り料理を味わいながら、家庭菜園、ゴルフや、これらの趣味を生かした移住ライフの話を興味深そうに聞き、近所付き合いや買い物など日常生活について質問したりしていた。神奈川で看護師をしていたという夫人が、参加者の看護師の女性に、自身の体験を踏まえながらアドバイスしているシーンが印象的だった。

●中山間地に住宅新築で100万円を補助

 移住者向けの行政支援、移住定住促進補助制度はどうなっているのか。まずは住宅。市外から霧島市に転入した「転入定住者」(移住者)に対して、市街地から離れた中山間地域で住宅を新築する場合は最大100万円、中古物件購入の場合は同50万円が住宅取得補助金として補助される。市街地の中古物件購入は最大20万円。また、住宅増改築の場合は、中山間地域は最大50万円、市街地は同20万円となっている。中山間地域の賃貸物件(戸建て)の場合は、月額賃料の3分の2(上限3万円)を12カ月分補助する。

 中山間地域の地価は坪2万円から5万円なので、100坪で200万円から500万円だ。3000万円もあれば、かなり大きな家を建てることができる。しかも100万円の補助を受けられるのだから、住環境に関しては恵まれている。

 また中山間地域への移住者に対しては、住宅取得補助金等を申請した移住者世帯に対して、中学生以下の子ども1人当たり30万円を扶養加算金として補助する制度もある。
子育て世代への手厚い支援策だ。

 中山間地域では住民らが移住者引き受けに熱心なケースもある。高齢化率57.84%、小学校児童数18人という川原地区の公民館長は、創立140周年を迎えた小学校の再興を中核にした地区の活性化に取り組んでいる。棚田の整備、水路の点検など景観保全を地域ぐるみで行い、市内の保育園児を招待して鮎の放流や稲刈り、餅つき体験などを実施。現在、小学校には地域外から14人の子どもが通うようになった。今後は学校近くに住宅を整備することで、移住者の受け入れを目指している。行政と連携しながら、自分たちで移住者を受け入れ、地区の活性化に取り組んでいるのだ。

●移住者アンケートにみる霧島市の魅力

 移住定住促進政策を実施してから約12年。移住者たちは霧島暮らしをどう受け止めているのだろうか。市が行った移住定住促進補助金受給者アンケートの結果が興味深い。調査対象は17年4月1日から18年3月31日までに移住定住促進補助金の当初申請をした52世帯。つまり、最近の移住者の感想だ。


 年代は20~30代が55%で半数以上。転入前の住所は県内が53%。県外では近畿11%、九州7%、関東と東海が5%などで、海外は1世帯。全体の60%は子どもがいる世帯だ。

 移住理由(複数回答)は、「本人、家族のふるさと」がもっとも多く、57.8%。以下「温泉、水、食べ物、自然環境が良い」37.8%、「仕事の都合」33.3%、「移住定住促進制度が充実していた」22.2%などと続く。

 移住後に改めて感じた魅力や満足している点については、「自然環境・景観が良い。静かに暮らせる」が51.1%、「立地、交通アクセスの良さ(空港、鉄道、高速)」22.2%、「お店や病院が充実し、生活しやすい」13.3%、「食べ物がおいしい」11.1%、「温泉が素晴らしい」「子育て環境が良い」「人が優しい。地域の交流が良い」8.9%などで、地方暮らしのメリットを享受しているようだ。

 逆に、不便に感じていることは「近所にスーパーや薬局などが少ない」22.2%、「交通の便が悪く、車がないと生活しづらい」13.3%、「インターネット環境が悪い」8.9%、「道路整備、下水道整備に不満」6.7%など、都会生活とのギャップに不便さを感じている様子がうかがえる。

 NHK大河ドラマ『西郷どん』で鹿児島県に世間の関心が集まった1年。温泉と狩猟を好んだ西郷隆盛は霧島を何度も訪れ、空港近くの西郷公園には人物銅像としては日本一の高さを誇る銅像が立っている。
坂本龍馬がお龍と日本初の新婚旅行に訪れ、逗留したのは市内の塩浸温泉。二人は高千穂峰にも登っている。市内には4つの温泉郷があり、泉質は硫黄泉から単純温泉まで多彩、まさに温泉天国だ。

 京セラ、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング、トヨタ車体研究所などの大手企業が立地しているほか、焼酎用種麹のシェア日本一の河内菌本舗 河内源一郎商店、壺造り黒酢生産量日本一の坂元醸造といった健康を売りにする地場企業の業績も好調だ。霧島茶を生産する有村(幸)製茶は、農林水産大臣賞を3回受賞している。近年は移住者が始めたカフェや、霧島のよかもんを集めたセレクトショップ「きりん商店」も地元の人や観光客に人気を集めている。

「移住」は、都会の生活者にとっても、人口減に悩む地方自治体にとっても、大きなテーマだ。自然豊かで地場産業も盛んな南九州の温泉地には、移住者を惹き付ける未知の可能性が秘められている。
(文=山田稔/ジャーナリスト)

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