10月26日、富士通は国内のグループ全体で総務や人事、経理など間接部門の約5000人を、営業やSEなどの職種に異動させる人事を発表した。海外事業の不振などを受けた事業構造転換の一環だが、5000人のうち、どれだけが異動先の職種に適応できるのだろうか。

富士通と競合する大手ITベンダのSEは語る。

「国内の大手ITベンダは、SE職として新卒で採用した社員を基本的にはゼロから教育し、ある程度現場で使えるようになるまでには、少なくても3~5年くらいはかかります。ただ、この目安はあくまで学習意欲に湧く“20代のド新人”という前提なので、果たして間接部門の経験しかない30代後半~50代の人間にも当てはまるのかといえば、難しいところでしょう。ただ、富士通やウチのような大手ITベンダのSEというのは、自分でプログラミングをしたりするのではなく、下請けの開発会社を使いつつ顧客と折衝していくマネジメントの仕事がメインなので、新人に戻ったつもりで死ぬ気で努力すれば、なんとかなるかもしれませんが」

 こうした声を踏まえると、退職に追い込まれる社員が一定数出ると考えられるが、富士通も割増退職金を支給する希望退職に対応する方針だというから、それを見込んでいるのだろう。

 人事ジャーナリストの溝上憲文氏は、次のように語る。

「リストラ費用は特別損失に計上するので、異動に伴う退職者数を見積もっているはずです。いきなり希望退職の募集を打ち出さず、人事異動を発表したのは、もともと富士通が社員に対して優しい会社だからでしょう。発表する前には労働組合と協議して合意を得ていると思います」

 また、弁護士法人ALG&Associates執行役員・弁護士の山岸純氏は「総務部や経理部の社員をまったく畑違いの営業や技術職に配転するのは、なんとも突然過ぎる話で、こういうトンデモ配置転換は昔から問題となっています」と指摘したうえで、違法性と不当性の根拠として次の最高裁判決(昭和61年7月14日)をあげる。

<(1)業務上の必要性が存しない場合(2)業務上の必要性が存する場合であっても不当な動機・目的をもってされたものであるとき(3)労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき、など特段の事情の存する場合には無効になるというべきである>

<異動先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである>

 山岸弁護士は続ける。

「何がなんでも総務部門や経理部門の従業員を営業に配置転換しなければならないような差し迫った必要性までは必要ではなく、なんとなく余っている部署の人員の再配置や従業員の能力開発のため、モチベーションを高めるためなど、その企業の運営にとって“良いこと”であると認められるなら、『業務上の必要性』があるとして、配置転換は違法でもなんでもないということになります。

(今回の富士通の人員配置転換は)恣意的ではなさそうですし、間接部門をアウトソースして効率化・経費削減を図るため、また、富士通がテコ入れするIT分野の成長のためという理由なので、今回の配置転換が違法・無効とされる可能性は低いのではないかと思います。おそらく社員側が『今回の配置転換を撤回せよ』と裁判を起こしても、なかなか認めてはもらえないでしょう」

●背景にRPAの普及

 しかし、違法性はなくとも異動対象になる社員にとっては、雇用の選択すら迫られる深刻な問題である。
公開データによると、富士通の社員平均年齢は43.3歳で、平均年収は790万円。かりに中小・ベンチャーに転職するのなら、年収の大幅ダウンを覚悟しなければならない。また、富士通に残ったとしても、「業務上の必要性」という名目で異動されられる事態は今後も起こり得る。

「富士通において、今回の人事異動は大規模な異動の第一弾にすぎず、今後も何度か実施される可能性があります。富士通に限らず電機、銀行、生保などで、間接部門の人員が大量にだぶついており、削減が行われると考えられます」

 そう見通す溝上氏が根拠に挙げるのは、大手企業で進行するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の普及である。RPAとはロボットにより事務処理業務を効率化する技術で、普及すれば間接部門で余剰人員が大量に発生する。

 大企業における人員整理は、これからが本番を迎えるのかもしれない。
(文=編集部)

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