長崎県佐世保市のテーマパーク「ハウステンボス」では、幹部クラスを含む1000人を超える従業員がこの8年間で退職し、それによって人命に関わりかねない重大事故が発生していることが、「週刊文春」(文藝春秋/2018年12月20日号)で報じられた。同記事によれば、顧問の肩書を持つ女性が権勢を振るってパワハラが常態化しており、“女帝”として恐れられているという。
経営破綻に陥ったものの、2010年に旅行代理店エイチ・アイ・エスに経営譲渡されてV字回復を果たしたことで知られているハウステンボスだが、1000人超の大量退職は尋常ではない。
入場者数も16年度以降は3年連続で前年度比マイナスとなり、集客力にも陰りが見え始めているが、ハウステンボスは、いかなる問題を抱えているのか。テーマパーク経営の研究者で、東京経営短期大学専門講師の中島恵氏から聞いた。
●“1回だけ需要”
「長崎県が佐世保の工業団地用地の売れ残りを抱えていたのが、ハウステンボスの発祥の発端です。当時の長崎県知事が、長崎オランダ村を成功させた神近義邦氏に泣きついて、土地を購入してもらい、そこにハウステンボスをつくってもらったんです。そもそも工業団地用地ですから、集客に適した場所でなく交通の便が悪いということがあります。博多から特急で2時間弱、長崎から特急で1時間以上かかります。
東京ディズニーランドの場合、1983年の開業時にはJR京葉線が開通しておらず、東京メトロ東西線の浦安駅から無料シャトルバスで送迎していました。88年に京葉線が開通して、ディズニーランドの真ん前に舞浜駅ができて、一気に大量輸送が可能になりました。東京駅から快速で13分。それとの差は歴然としています。しかも本数が少ない。
外房線・内房線につながるJR京葉線は他の目的地に行く乗客も多いが、ハウステンボス駅のあるJR大村線には他に乗降客の多い駅は見当たらない。しかし、ハウステンボスを目指す客が多ければ、本数を増やすこともできるはずだ。
「ディズニーランドは人気があるので、羽田空港、成田空港からもバスがたくさん出ていて、バス会社にとってドル箱路線になっています。ハウステンボスにはそのようなバスが通ることもありません。創業社長となった神近氏は、大の博物館好き、美術館好きで、世界の博物館・美術館を見て回ると、どこも混んでいて集客力があると思って、美しい物を観賞するという観点からハウステンボスをつくったんです。バブルの時代でもあったので、建設費には2000億円くらいかけました。ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の建設費が1800億円くらいです。だけど建設の最中でバブルが弾けて、完成していない建物もあるなかで開業。最初からドタバタだったんです。ところが日本のテーマパーク好きにとって必要な要素は、乗り物、ショー、パレード、キャラクターなんですよ。USJにもそれが揃っていますが、ハウステンボスはその点が弱いんですね。乗り物もほとんどないですし」
確かに「ミッキーやミニーに会いたい」と思うからこそ、多くの人々は何度もディズニーランドに足を運ぶ。
「先日、東京ビッグサイトで開催された『テーマパークEXPO2018』での発表によると、ハウステンボス客の約6割が九州の人、ディズニーランドも約6割が関東の人ということで、やっぱり近さで来てくれるんですね。そうすると、ディズニーランドの関東やUSJの関西と比べると、九州の人口が少ないということがあります。佐世保市の人口は25万人、長崎県で143万人です。東京と比べたら1桁違うわけです。
このような、ハウステンボスにとってどうしようもない前提条件の1つとして、長崎の雨の多さも挙げられます。現在のハウステンボスの澤田秀雄社長自身も、雨が降るとお客さんは3割減ると言っています。ハウステンボスは室内で楽しむものが少ない。オランダの街を再現した美しい街並みや風車に合うように、彩りの鮮やかな花の絨毯が広がっていますが、雨の日にそれを楽しむということにはなりません。こうしたさまざまなことを考え合わせると、これは私の考えた言葉ですけど“1回だけ需要”で終わってしまう。リピート客が生まれにくいのです」
●立ち返るべき原点
悪条件ばかりが揃うなか、どのようにしてエイチ・アイ・エスはハウステンボスを再生させたのか。
「多くの努力をしています。
夜空に光を放つ300機のドローンを飛ばすショーも好評でした。夜といえば、プロジェクションマッピングもきれいです。ロボットとAI(人工知能)が働く『変なホテル』、ロボットが調理する『変なレストラン』も、AIが話題になるなか、多くのメディアで取り上げられています。その他、人気漫画ワンピースのアトラクションやイベントの開催、AR(拡張現実)を使ったお化け屋敷、ホラーナイトの実施、ゴッホ展開催などさまざまな試みを行っています。釜山と博多が高速船やフェリーで結ばれていて、韓国からの観光客が来ていましたが、ハウステンボスでは子会社が2012年から、長崎と上海を結ぶ大型客船を運航して、中国の富裕層や中間層を呼び込んでいます。
ただ、そういう努力をしていても、乗り物、ショー、パレード、キャラクターが少ないなどの点がテーマパークとしては厳しいところでしょう。
今回の“文春砲”で好感度が落ちて、さらに集客力に影響することも考えられます。澤田社長がハウステンボスに赴任したときに、それまでの19年間ずっと赤字で負け戦だったので、赴任して皆と会ったときに自信をなくしており、精神を前向きにし、自信を持たせるのが一番大事な仕事だったと言っています。罵声を浴びせて自信を潰すようなパワハラは、そういう原点からかけ離れたものなので、なんとか改善して立ち直ってほしいものです」
●ハウステンボス労働組合の回答
パワハラの横行する恐怖政治的経営のなかで退職者が相次いでいるなら、これは労働環境の問題である。ハウステンボス労働組合からは、以下の回答を得た。
「サービス業なので仕事が早かったり遅かったり、休みが土曜日曜に取れなかったりとか、さまざまな問題があります。そういったところを考えると離職率は高いのかなと思っております。地域性の問題で、給料が昔から徐々に上がっているものの、まだ追いついていないところがあり、そういったところに不平不満があって辞めていかれるというところはあります。女性顧問が直接何かしたから1000人辞めたという話ではないと思います」
ハウステンボスのキャッチフレーズには、「花、光、ゲーム、音楽が1年中あふれる街へようこそ」とある。
(文=深笛義也/ライター)