1月25日に公開された映画『十二人の死にたい子どもたち』が、公開3日間で興行収入3億円を突破。昨年スマッシュヒットをしたサスペンス映画『スマホを落としただけなのに』の同記録を超え、2月14日時点で興収12億円を突破する好調ぶりをみせている。
ヒットの秘密はどこにあるのか。映画業界関係者のA氏とB氏に話を聞いた。
「話が非常にわかりやすいというのは、あるでしょう。予告を観ただけで、安楽死を求めた少年少女たちが廃病院に集まる話だということがわかる。強い原作に、若手としては豪華なキャスティングがはまったということだと思います」(A氏)
「売れる理由は、明快です。原作者の冲方丁さんは、ライトノベルからSF小説まで手がけてきたエンタメ作家で、今回の原作『十二人の死にたい子どもたち』(文藝春秋)は2016年に直木賞にノミネートされています。監督の堤幸彦さんは映画もテレビドラマもたくさんつくっていて、『ケイゾク』『TRICK』などは、皆好きですよね。
廃病院の中ですべてが進んでいくということで、古くはレジナルド・ローズ原作の映画『十二人の怒れる男』、アガサ・クリスティ原作でテレビドラマにもなった『そして誰もいなくなった』、アレクサンドル・クールテ監督の『ザ・インシデント』、日本映画だと深作欣二監督の『バトル・ロワイアル』などと同じく、クローズド・サークルの物語ですよね。『十二人の死にたい子どもたち』は12人のはずが、もうひとりいたということで、アニメ映画やドラマになった萩尾望都原作のマンガ『11人いる!』(小学館)も思い起こされます。大衆的なエンタメ作品として、絶対におもしろいだろうなと予感させるわけです。
キャストも豪華ですが、昨年9月に映画化が発表された際には、全員の顔が塗りつぶされたティザービジュアルで、出演者は明かされませんでした。11月にモザイクが外され11人の出演者はわかりましたが、映画本編でも途中まで顔を明かさないリョウコ役の橋本環奈が、12月23日まで伏せられてました。
●劇場はすごい熱気
登場するのは高校生、演じるのは17歳から23歳。橋本環奈をはじめ、杉咲花、新田真剣佑、北村匠海、高杉真宙、黒島結菜、吉川愛、萩原利久、渕野右登、坂東龍汰、古川琴音、竹内愛紗と、若者に人気の俳優が揃っている。学園バイオレンスの『バトル・ロワイヤル』にしても、教師役でビートたけしが出演していたが、役者がすべて10代後半から20代前半というのも、この映画の特徴だろう。
中学生同士が殺し合いする『バトル・ロワイヤル』は、国会でも問題になりR-15指定にされ中学生は観られなくなった。だが逆に、その話題性が観客を呼び、01年度の邦画興行収入ランキングで第3位となっている。国際的にも高い評価を得た。
「それぞれが死にたい理由を語っていく。『十二人の死にたい子どもたち』はクローズド・サークルの典型的なおもしろさを発揮した作品です。生死を賭けた10代の若者たちの葛藤を描いたという点では、『バトル・ロワイヤル』と似たテイストを持っています。『十二人の死にたい子どもたち』がターゲットとしているのは10代後半から20代前半でしょうから、『バトル・ロワイアル』や、それに続く作品群はリアルタイムでは観ていない。そういう意味では新鮮さがあるのではないでしょうか」(B氏)
青少年への悪影響が懸念された『バトル・ロワイアル』に対して、『十二人の死にたい子どもたち』には厚生労働省がタイアップ。「『死にたい』その一言を他人(ひと)ごとにしない」というキャッチコピーとともに、同映画の宣伝と自殺防止の啓発を兼ねたポスターがつくられている。
「平日の夕方に観ましたけど、若者たちで席が埋まっていて、当たっている映画なんで、すごい熱気がありました。生きづらさを抱えた若者が共感して観ているというよりは、アトラクション的に盛り上がりたくて来ているという感じですね。だいたい3~4人で来て、声を上げながら見ていて、完全にエンターテインメントとして楽しんでいる感じです」(A氏)
「SNSを通じて自殺志願の若者が集まってくるという設定自体は、今の社会現象を扱っています。だけど、メンヘラは今ファッションにもなりつつあるし、自殺をナイーブに語るものとしては、エンタメに寄りすぎているという気がします。『そして誰もいなくなった』や『11人いる!』などと比べて、あまり緊張感がなくてコメディなのかなと思ったくらいです」(B氏)
●『カメラを止めるな!』との決定的な違い
昨年の日本映画でスマッシュヒットとし話題を呼んだ映画として、『カメラを止めるな!』がある。『十二人の死にたい子どもたち』は、『カメラを止めるな!』や『スマホを落としただけなのに』を超えるヒットとなるだろうか。
「『スマホを落としただけなのに』は普遍的なテーマで楽しめるのに対して、『十二人の死にたい子どもたち』は完全に若者にターゲットを絞っているので、そこまでのヒットにはならないような気がします。中島美嘉のヒット曲をモチーフにした『雪の華』なども当たっていて、ライバルも多いので厳しいと思います。『カメラを止めるな!』のような、社会現象にまではならないでしょう」(A氏)
「『カメラを止めるな!』とではまるで違います。『十二人の死にたい子どもたち』はマーケティングの手法に則って、計算し尽くされたキャンペーンが展開されました。『カメラを止めるな!』は全然宣伝費もかけられずに、新宿K's cinemaでの6日間限定公開から始まって、口コミでどんどん評判が広がって大手の配給会社が食いついて公開も広がっていきました。2回観ましたけど、3部構成で随時笑いもあってラストもちゃんとしています。
一方、『十二人の死にたい子どもたち』は、観ることは観たとしても、『絶対おもしろい映画だから観たほうがいいよ』と言いたくなるかというと疑問です。高校生とか学生はそうなるかもしれないけど、もうちょっと上の、映画をよく観に行く層にまで広がるかといったら疑問です。ミステリーが好きな人とか、キャストに魅力を感じる人たちにとっては、普通に楽しいと思うので『スマホを落としただけなのに』は超えるんじゃないですか」(B氏)
12人というタイトルから、『十二人の怒れる男』とともに、そのオマージュとしてつくられた三谷幸喜作の『12人の優しい日本人』が思い起こされる。
「笑いのない三谷幸喜かなと、ちょっと思いました。役者の紡ぎ出す言葉が物語を進めていって、それがカチッカチッと、はまっていくような気持ちよさが共通しているんですよ。ミステリーだったら必ず起きることが、この映画では起きません。ネタバレになっちゃうので言えませんけど、“史上初の●●のないミステリー映画”ともいえるかもしれません」(A氏)
舞台は廃病院のみ。派手なアクションもなければ恋愛もない。ストーリーと役者の演技そのものを楽しみたいという映画ファンが、若い層に増えているのかもしれない。
(文=深笛義也/ライター)