外国人観光客が増えているなかで最近注目を集めているのが、住宅を旅行者に宿泊施設として提供する民泊だ。

 民泊仲介サービス大手の「Airbnb(エアビーアンドビー)」は、2017年に「Airbnb」を利用して日本全国を訪れた旅行者数が585万人にものぼったことを発表しており、2020年に開催される東京五輪に向けて好調さをアピールしている。

実際、民泊の利用者側から考えると、ホテルより立地がよかったり、現地人と交流できたりと魅力は多いそうだ。

 2018年6月15日より住宅宿泊事業法、いわゆる民泊新法が施行され、手続きさえすれば誰でも合法的な民泊経営を始められるようになり、現在、民泊事業を取り巻く環境は以前とはまったく異なったものとなっている。

 しかし、ちょっとした副業になるかもと安易に民泊経営に乗り出すと、痛い目に遭ってしまうこともあるようだ。

 今年9月上旬、「Airbnb」で予約した中国人女子大生の3人グループが、大阪の民泊施設を5泊6日で利用。だが、彼女たちの利用後、所有者が物件に訪れると大量のゴミが散乱した状態で異臭を放っており、さらには大便の落書きもされていたという。怒りが収まらない所有者は、ネット上にその惨状の画像を公開するとともに、その中国人女子大生グループに清掃費用を追加請求したとして、注目を集めていたのだ。

 小遣い稼ぎの副業として民泊サービスを始めたはいいものの、こうしたトラブルが頻発するようならば、デメリットのほうが大きくなってしまうだろう。

 そこで今回は、民泊事業を行ううえで生じるさまざまな疑問について、アトム市川船橋法律事務所の代表弁護士で、民泊に関する相談も受けている高橋裕樹氏に聞いた。

●前提として「トラブルは不可避」と割り切ることが大事

 まず外国人ゲストを受け入れたとき、どんなトラブルに遭遇するのだろうか。そして、それに対処する手段とは。

「報告されるトラブルとして多いのは、建物などの損壊や汚損、騒音による近隣住民からの苦情などです。逆に、ゲストのほうから『思っていたのと違う』とクレームが入ることもあるようです。
民泊を利用する側のメリットとして、人数が多くても一部屋に泊まることで滞在費を節約できるという部分がありますが、悪い方向に集団心理が働いてしまって、部屋を汚したり、騒いだりしてしまうことにつながっているのかもしれません。こういった外国人ゲストとのトラブルを避けるには、訪れる人たちの国の言語で記した利用案内や注意書きを用意するといった対策が考えられます。

 しかし、そのように対策を取って注意喚起をしたところで、粗相をする人は必ずいます。ですから、ある程度は民泊を運営していくうえでのリスクだと認識し、例えば清掃費用も想定しておくなど、そのリスク込みの値段設定をしておくことが大事でしょう」(高橋氏)

 トラブルをゼロにすることに躍起になるよりも、不可避なリスクだと容認し、事後処理にあたるほうが賢いということか。そんなリスクが付きまとう民泊経営だが、ビジネスの視点から見るとどのような利点があるのだろう。

「まず、メリットといえるかどうかは個人個人の感じ方によって違うでしょうが、ビジネスとしては簡単な部類に入ります。清掃を含めた管理をすべて代行業者に委託することも可能ですから、ある程度、利用者の目途が立つようであれば収入源として期待できるからです。

 もちろん、時間に余裕のある方ならば、自身で管理をすることでランニングコストを最低限に抑えることができますし、自分の持ち家で運営する人は賃料がかからないので、収支の計算がとても簡単です。

 有償での空港からの送迎や食事の提供など、提供できるサービスには法律で制限されているものもあるので要注意です。けれど、部屋と一緒にオプションでバイクなどの移動手段を貸し出し、観光面でのサポートをするなど、オプションを工夫するなどして多様なビジネス展開をすることも可能です」(同)
 
●民泊新法施行後も、いまだブラックな部分が大きい民泊業界

 ここで民泊新法が施行された理由について、改めて整理したい。

「民泊新法は、増加する旅行客の受け入れの必要性と、違法民泊によるトラブルの予防の観点から施行されました。民泊経営への受け皿を大きくするとともに、違法なところはしっかりと取り締まっていくというスタンスで、正式に行政に届出をした方だけが民泊を経営できるようにし、健全な宿泊所を増やしていくことが目的です。


 最近、違法民泊でのマンション管理組合や貸主との契約トラブルの相談は減ってきています。これまでは賃貸住宅で勝手に民泊事業を始め、規約違反で追い出されたり、旅館業法違反で摘発されたりということが起こっていましたが、民泊新法のおかげで今後はこのようなトラブルは少なくなっていくと予想しています。しかし、違法民泊はまだ多く残っていることも事実です。徐々に摘発されていますが、完全になくすのは難しいでしょう」(同)

 厚生労働省発表の「全国民泊実態調査」によると、2016年末時点で、確実に合法民泊といえる物件は16.5%、違法であったものが30.6%、物件特定不可・調査中とされるものが52.9%という結果だった。合法よりも違法のほうが倍近い数字だったことはもちろん、正確な住所が記載されていないものがほとんどだったという調査結果が出ていたことになり、民泊業界が近年までかなりグレーだった証左といえるだろう。取り締まり強化の動きが生じるのにも頷ける。

「民泊新法により、民泊利用の許可を得るためには、通常の住宅よりも多くの防火設備を設置しなければなりませんし、届出に際してはその物件が民泊に利用できることを証明する書類が必要になりました。さらに2カ月ごとに都道府県知事へ報告しなければなりませんし、営業日数の制限も設けられています。違法民泊を運営する人たちはこのような制約を受け入れてしまうと儲けられないとわかっていますから、簡単に届出は出さないでしょう」(同)

●五輪特需を狙っても、短期スパンで利益を上げるのは難しい

 民泊新法施行により、民泊事業に参入するのは難しくなったということのようだ。

「法規制の強化により、新しく始めようとすると大幅な設備投資が必要となります。条件を満たす消防設備の準備が必要になりましたから、初期投資で100万円以上かかってもおかしくありません。

 そういった事情もあり、民泊を正式に許可された物件は、違法民泊に比べて賃料を割高にせざるを得ないケースが多く、現実的な値段設定で固定費を回収していくのは難しいかもしれません。
さらなる費用がかかることを考えると代行業者への委託もしづらくなるため、そういう意味で民泊ビジネス参入は難しくなっています。

 民泊新法施行前は、初期投資なども少ないので手軽に始められる副業というイメージがあったかもしれませんが、参入規制が設けられたことで本腰を入れて臨まなければならなくなったわけです。つまり、短期間で利益を出そうと考えるのは非常に困難で、数年以上の長期的な運営をしていく覚悟でなければ、利益は出しづらいのです」(同)

 健全な民泊の普及のために施行された民泊新法であるが、その規制が参入障壁を高くしたというわけだ。特に賃貸物件で運営をスタートするには、多額の設備投資に加えてランニングコストも考慮しなければならない。

「最近では、大手企業も民泊事業に参入してきました。大きな企業は資金もありますし、スケールメリットで利益を出せますので、個人で運営している方はどのように対抗していくか考えなければなりません。空き家を所有している人や、需要のある場所に土地を持っている人ならば続けていけるかもしれませんが、そうでなければ新規参入のメリットは少ないでしょう」(同)

 2020年に東京五輪を控えた日本には、今まで以上に多くの外国人観光客が訪れることが予想される。しかし、五輪特需だけを当てにし、短期的に民泊経営を始めるのは賢明ではないようだ。
(文=A4studio)

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