政府は早ければ2019年度から留学生の就職条件を緩和する。現状では大学や専門学校で専攻した分野でしか就職できなかったが、大学を卒業すれば制限なく、専門学校の場合も「クールジャパン」に関連する仕事に就けるようになる。
17年に日本で就職した留学生は過去最高の2万2419人まで増えている。それを政府はさらに増やしたいわけだが、なぜ今、条件緩和を進めたいのか。その背景には、「留学生30万人計画」の状況が大きく関係している。
「30万人計画」は08年、福田康夫政権のもとでつくられた。しかし、11年に東京電力福島第一原発事故が起きると、留学生の数は減少に転じた。当時、留学生全体の7割を占めていた中国人が、自国の経済発展の恩恵を受け、日本から遠ざかったことも影響している。
すると政府は、留学ビザの発給基準を大幅に緩めた。その影響で、ベトナムなどアジアの新興国から留学生が大挙して押し寄せるようになる。結果、12年には約18万人だった留学生の数は、18年6月時点で32万4245人まで急増した。「30万人計画」も20年の目標を待たず達成されたわけだ。
「30万人計画」を強力に推進したのが、12年末に誕生した安倍晋三政権である。同計画を「成長戦略」に掲げ、留学生の受け入れに邁進した。
ただし、安倍政権下で急増した留学生には、出稼ぎ目的の外国人が数多く含まれる。留学生には「週28時間以内」のアルバイトが認められるが、法定上限を超えることは難しくない。そこに目をつけ、留学を装い来日する外国人が急増したのである。
そうした“偽装留学生”は本来、留学ビザの発給が認められないはずの存在だ。留学ビザは母国からの仕送り、もしくは国や企業の奨学金を得るなどして、日本でアルバイトなしに留学生活が送れる外国人に限って発給される。しかし、その原則を守っていれば留学生は増えない。そこで政府は、経済力のない外国人にまで留学ビザを出している。ビザ申請時、留学希望者から提出される親の年収や銀行預金残高の証明書に書かれた数字が、でっち上げのものだとわかってのことだ。
ベトナムなどでは賄賂さえ払えば、でっち上げの数字が記された“本物”の証明書は簡単に手に入る。そうした書類を準備する過程で、留学斡旋ブローカーが介在する余地も生まれてしまう。
出稼ぎ目的の“偽装留学生”は、まず日本語学校に入学する。日本語学校に在籍できるのは最長2年に限られる。
ベトナムをはじめとするアジアの新興国で、日本への「留学ブーム」が起きるのは12年頃からだ。以降、日本へと渡ってきた留学生たちは、日本語学校から専門学校や大学を経て、今後続々と就職時期を迎えていく。そのタイミングで、政府は留学生の就職緩和策を打ち出した。急増した留学生たちを就職させ、日本に引き留めたいのである。
●社会の底辺に固定する弊害
留学生のアルバイトと聞けば,コンビニや飲食チェーンの店頭を思い浮かべる人が多いことだろう。しかし、店頭での仕事ができる留学生は「エリート」だ。日本語も不自由な“偽装留学生”たちは、普通に生活していれば日本人の目に触れない現場で働いている。コンビニやスーパーで売られる弁当や総菜の製造工場、宅配便の仕分け現場、ホテルの掃除といった夜勤の肉体労働がその典型だ。
彼らのなかには、大学や専門学校に通っていても日本語に不自由する者が少なくない。“偽装留学生”を受け入れている学校は、学費さえ収めてくれれば留学生の日本語能力や学力には関心がない。一方の留学生も、学校に在籍するのはビザを得る手段と割り切っている。
そんな“偽装留学生”たちにとって、今後は日本で就職できる可能性が大きく広がる。専門学校を卒業した留学生の就職先に関し、法務省は「クールジャパン」に関連する仕事しか認めないとしているが、具体的な職種までは挙げていない。「日本の弁当文化を学ぶため」「牛丼を母国で広めるため」といった理由で、弁当工場や牛丼チェーンへの就職も認められるかもしれない。そうなれば、留学生たちはアルバイト先に就職し、これまでと同じ仕事をすることになる。実は政府の本音も、こうして留学生を単純労働者として利用するところにあるのではなかろうか。
ひとたび就職すれば、就労ビザの更新は難しくなく、日本で「移民」となる権利を得るに等しい。とはいえ、日本語も十分にできない留学生には、就職してもキャリアアップは望めない。それもまた、低賃金・重労働の担い手を求める企業側には好都合なことである。だが、彼らを社会の底辺に固定することは、さまざまな弊害も招きかねない。
安倍政権は「移民政策は取らない」と繰り返すだけだ。政策なしに実質的な移民が増えていく。昨年秋には、これまで来日を認めていなかった外国人「単純労働者」の在留資格を創設する改正入管法も成立した。「熟練した技能」を条件に、単純労働者の永住も可能になる。
「移民政策」もなく、「人手不足」だからと移民を受け入れれば何が起きるのか。それは50年前にドイツなど欧州諸国がたどり、のちに苦い経験を味わうことになった道にほかならない。
(文=出井康博/ジャーナリスト)