またしてもパイロットがコンピューターによる操縦系統の暴走を止められず、航空機が真っ逆さまに墜落する大事故が起きた。
2018年10月29日、インドネシアのジャカルタを飛び立ったライオン航空の最新鋭のハイテク機が、直後に乗客乗員189人全員を道連れに海面へ激突、木っ端みじんに大破した事故。
離陸直後に急に機首が下がるという想定外の動きに対して、パイロットは必死に操縦桿を引いて高度を保とうとして格闘を繰り返したものの力尽きて、最後にはほぼ垂直に海に突っ込んだ。この悲惨な事故は、改めて現代のハイテク機に潜む恐ろしい“落とし穴”を知る結果となった。
●ライオン航空は日本人も多く利用する最大手の会社
事故を起こしたライオンエア610便は、ジャカルタから北に位置する島に向かう国内線であって、たまたま日本人が搭乗していなかったことから日本のメディアでは大きく取り扱われていないが、同航空は東南アジアでは最大手のLCCで、インドネシアの国内30都市とアジアの多くの都市に就航し、製造が新しい機材を111機(2016年時点)保有し、さらにボーイング機を190機発注している急成長の航空会社である。そのため、普段多くの日本人も利用するので、今回の事故は他人事ではない重大事故である。
しかも、事故を起こした機体は、ボーイング737を改良した737MAXという、導入されたばかりの最新鋭のハイテク機であった。現在、ライオン航空とボーイングは事故原因をめぐり激しく争っている。
ボーイングがパイロットに責任を転嫁することに対し、ライオン航空側はパイロットが新しく導入されていたシステムを理解できるような周知がなされていなかったと反発。創業者のルスディ・キラナ氏は、「裏切られた」として発注済みの190機(約2兆4800億円)の契約をキャンセルしようという事態にまで発展している。
では、パイロットが操縦系統の暴走を止められず墜落した事故とは、いったいどのようなものであったのか、まとめてみたい。
●ライオン・エア610便はなぜ墜落したのか
610便は朝6時20分にジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港を離陸し、7時20分にデパティ・アミール空港に到着する予定であった。しかし、離陸後速度計が実際の速度よりも低く表示し、失速を防ぐためのAOAと呼ばれる機体の迎角センサーに異常が発生した。
パイロットは常に速度計を重視して操縦するため、低く表示した速度計を信じて機首上げを躊躇、AOAセンサーのトラブルは飛行コンピューターに失速と判断させる結果となり、機体尾部のスタビライザー(水平安定板)を機首下げの方向に動かしてしまったのだ。
パイロットはその後、高度が落下するのを止めようと、必死に操縦桿を手前に引いて機首上げ操縦を行うものの、操縦桿と連動するエレベーター(昇降舵)をいっぱいに動かしてもスタビライザーによる機首下げモーメントには及ばないため、最後は力尽きて機体は頭から海面にダイビングしていった。
データによると、機の異常な動きとパイロットとの戦いは11分間に及び、スタビライザーによる機首下げの動きは約24回、落下速度は時速約800キロとなって、ジャワ島の沖合63キロの海面に墜落するというものであった。
ボーイングはパイロットが油圧によって作動するスタビライザーの異常に対し、操縦桿とは離れた場所にある電動のトリムスイッチ、あるいは油圧スイッチそのものを動かしていれば事故にまでは至らなかったと主張しているが、パイロットにしてみれば離陸直後に速度計とAOAセンサーが異常を起こして急激な機首下げがなぜ発生したのかを瞬時に判断できる余裕もなかったといえよう。
仮にパイロットが今回のように手動操縦中でも、AOAセンサーなどのトラブルでスタビライザーが機首下げに連続的に動くという新しいロジックを教育や訓練を通して知っていれば、ボーイングの言うような対応ができていたかもしれないが、それがなされていないと回復操作は非常に難しくなる。
この新しいロジックはこれまでのボーイング737にはなかったもので、私が推察するに、機が失速状態に入る(計器の誤作動を含む)と自動的に機首下げを起こすように、と過去に起きた失速事故を防ぐ目的で導入されたものであろう。
というのも、以前に冬の降雪時の離陸でピトー管(速度を計測するための空気取り入れ口)の氷結によって、実際よりも速度計が速く表示し、そのためパイロットが大きな機首上げ操作をして失速、墜落するといった事故が続いていたからである。
したがって、冬期運航などのようにある条件の下では、これまで起きていた事故を防ぐように設計が施されていたといえるが、AOAセンサーなどにトラブルが発生すると、手動操縦中であってもスタビライザーにランナウェーと呼ばれる連続的な動きを発生させ、機を異常な状態に陥らせるという負の側面があったといえる。したがって、ボーイングは737MAXの導入にあたり、これらの点の教育とシュミレーターを使って緊急時訓練を課す必要があったといえる。
さて、私は今回のライオン航空の事故を受け、脳裏をよぎった過去の大事故がある。以下、それを紹介したい。
●名古屋空港での中華航空機事故の真相
1994年4月26日、台北から名古屋に向けて夜間最終進入中の中華航空140便(乗客乗員271名)が、異常な機首上げによって失速、墜落、炎上し多数の死傷者を出した事故。
ゴーボタンを押すと、機はその時点で急上昇モードになり、エンジンは全開となり機首を上げて高度をぐんぐん上げていく。いわゆるゴーアラウンド(進入復行)である。しかしパイロットからしてみれば、名古屋空港は視界良好。空港のライト類もまぶしく眼下に輝いていた。高度は1000フィート(300メートル)、あと約3分で着陸できるところにいた。
悪天候などでよく実施するゴーアラウンドをする理由は何ひとつない。そのため、副操縦士は、急上昇を止めて降下させるべく、途中から機長も加わって操縦桿を前に押す操作を行ったのである。
一般の旅客機ならある一定の力が加わると自動操縦装置は解除され、手動で降下体制に切り替えることができる。しかし、エアバスA300-600の自動操縦装置ではパイロットが一旦ゴースイッチを押せば、いくら力いっぱい操縦桿を押しても解除されないばかりか、コンピューターはすでにゴーアラウンドモードに入っているのに、それに反して加わった逆の力(入力)を誤りと判断して、さらに機首を上げていくロジックになっていたのである。
そのとき、パイロットが着陸をあきらめていれば事故は起こらなかった。
しかし、コンピューターは再びこの入力を誤りと判断して、さらに機首を上げる。このようなコンピューターとパイロットとの格闘が続いていたものの、最後は急激な機首上げによる失速という事態に発展し、滑走路の一歩手前の地面に激突、炎上する結果となってしまったのである。
この事故を受けてエアバスは、パイロットの不適切な操縦が原因であると主張したが、パイロットは新しく導入されたロジックを知らないまま操縦にあたっていたことが判明した。私も当時、日本でも同型機を運航していた旧日本エアシステムのパイロットに聞いてみたが、驚きをもってメーカーのマニュアルを読み返したという。すると、マニュアルの片隅に小さく注意事項として確かに書かれているのを発見したが、よく理解していなかったようだ。
明らかなことは、メーカーはこれまでと異なった新しいロジックを導入したのにパイロットに十分な教育や周知徹底を行っていなかったことに加え、シミュレーター訓練でもそのロジックを経験させていなかったことだ。
さらに名古屋の事故以前にも同じトラブルにより、あわや墜落といった重大インシデントが海外で3件発生していたにもかかわらず、世界中のユーザーに注意を喚起していなかったことも問題となった。
日本の事故調査委員会はエアバスに対し、パイロットが操縦桿を力いっぱい操作したら自動操縦装置が解除されるようにシステムの改修を勧告したものの、当初はそれを拒否、しぶしぶ改修を受け入れたのは、それから約3年後になった経緯がある。メーカーは事故があったからといって、そう簡単にシステムの改修に手をつけないのが航空界の特徴なのである。
●パイロット不在の設計がもたらす悲劇は続く
紹介した2件の事故は、いずれもパイロットがロジックを知らないまま運航していたという一般には信じられないことに特徴がある。
メーカーは他社との競争のなかで、次から次へと新しく機材を開発しているが、客室内の仕様だけでなく操縦室のなかでの計器類や自動操縦システムにも、今までにない新しいロジックが組み込まれていることがある。
しかし、現実にはパイロットがそれを十分に理解せず、あるいは訓練も十分に受けることなく乗客を乗せて飛ばしているのだ。「優秀な設計者たち」が便利なようにと新しい機能を付け加えていても、彼らはパイロットではない。とっさの時にパイロットがどう判断して行動するのか、いわば人間の本能を予測した設計になっていないのである。
1980年代以降、それまで機内でシステムを担当する航空機関士を合理化して2人のパイロットだけで操縦する、いわゆるハイテク機が登場して以来、多種多様なモードの使い方のミスや計器だけの故障でパイロットが混乱して、誤った操作を行い墜落するといった事故が相次いだ。
それらについて多くの識者は“ハイテク機の落とし穴”と表現してきたが、その原因はパイロット不在の設計思想やロジックにある。
中華航空機やライオン航空機のケースのように、コンピューターとパイロットが操縦をめぐって格闘しなければならない異常な光景は、もうこれで最後にしてほしいと怒りを込めて告発したい。このような不幸をなくすためには、現場のパイロットが航空会社を通してメーカーにパイロットの意見を伝え、メーカーはそれらを聞いて設計すること、新しい設計思想やロジックについては十分な説明を保証するように要求することが重要である。
そしてパイロットはそれらを納得できるまで、シミュレーターなどを用いた十分な訓練を自らに課すといった、厳しい姿勢で臨むことが求められている。
多くの乗客を乗せたライン運航を、新しい機材の実験場としてはならないはずだ。世界のエアラインパイロットには、今こそプロフェッショナリズムを発揮して、事故をなくすべく行動してもらいたいと願っている。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)