プラセボ効果(プラシーボ効果)という言葉をご存じだろうか。プラセボ効果とは、偽薬を投与することでみられる治癒効果を指す用語で、“薬を服用したという安心感”などの心理作用によって症状が改善する現象のことである。



 そんなプラセボ効果に着目してつくられたのが、「プラセプラス」(商品名「プラセプラス30」、税込999円)という偽薬(=食品)。見た目は錠剤そのものだが実は有効成分は入っておらず、主成分は甘味料。いってしまえばただのラムネ菓子のような加工食品なのだが、錠剤の包装でお馴染みのプラスチックとアルミのシートに入れられた直径8mmの白い錠剤風のため、医療現場、介護現場などで重宝されているという。

 医療現場では以前から、薬の有効性を確認するための治験などで偽薬が活用されていたが、プラセプラスはまた違った活用法を提示して話題となっているそうだ。そこで、プラセプラスの開発者であり、販売も手掛けるプラセボ製薬代表取締役の水口直樹氏に話を聞いた。

●認知症高齢者の「まだ今日の分の薬を飲んでない」問題を解決

 京都大学大学院薬学研究科を修了し有名製薬会社に入社した水口氏は、その後2014年に独立してプラセボ製薬を立ち上げたという。

「偽薬は治験などで用いる以外でも、さまざまな用途があるだろうと考えたのが、弊社を立ち上げたきっかけでした。例えば、認知症の高齢者の方が、その日の分の薬はすでに飲んでいるのに、『まだ今日の分の薬を飲んでいないからください』と頻繁におっしゃられ、担当する介護職の方やご家族の方が困ってしまっている。そのようなときに、偽薬を渡して飲ませてあげれば、その認知症高齢者の方も気持ちがおさまります。高齢者のみなさんの過剰服薬や処方薬依存は、薬を飲むという行為で安心されるケースが多いものなのです。

 また、プラセプラス購入者を対象としたアンケートにあったお声の一例ですが、不眠に悩むパートナーの誘眠薬依存打開のために利用しているというお声や、幼稚園バスに酔ってしまう幼児に、母親が酔い止め薬だと伝えて飲ませ、バス酔いしなくなったというお声もありました」(水口氏)

 プラセプラスはネット通販で購入できるが、介護業界や医療業界から注目を集めるのも納得である。

「弊社では当初より“介護用偽薬”と称し、高齢者の薬の飲みすぎや飲みたがりに適切に対処していただくという利用法を提案して偽薬を販売しており、そうした問題でお困りのご家族の方から、非常に好意的にとらえていただけています。
実際、適切なケアのために偽薬が必要であるとおっしゃる介護職の方も多いのです。

 ただ、介護業界ではコンビニエンスストアなどですぐに購入できるタブレット菓子を、偽薬として利用する方法が広く知られており、価格面で弊社の偽薬は選択されづらいだろうとも考えています。また、業界の専門職としての倫理的な懸念として、利用者を騙すことが適切でないと感じるという意見をいただいたこともあります。

  一方、医療業界からは、減薬に活用できるのではないかという反響もありました。特に高齢者の多剤併用は健康被害をもたらす可能性があり、現在は厚生労働省が通達を出して問題解消に乗り出すなど、医療業界では非常に関心が高まっています。薬を減らそうとしても、患者が薬を飲まないことに対して心理的な不安が出てしまい、減薬することに失敗したという事例があるそうですが、こうしたケースで偽薬が活用できるかもしれないというご意見を、薬剤師の方からいただいたこともあります」(水口氏)

●偽薬が社会保障費の抑制に効果

 水口氏はこういった減薬へのアプローチは、社会保障費抑制の効果も期待できるという。

「私はこの国の財政破綻は起こり得ると思っており、不健全財政の主因ともいえる医療費高騰の問題を見過ごすことはできないのですが、偽薬がその問題解決の一助になる可能性を感じています。偽薬の積極的な医療応用が、医療費を含む社会保障費の抑制につながるだろうと考えているのです。

 仮に財政破綻が起こってしまったとすると、その後の医療業界は、医療を求める人の数は減らないにもかかわらず、人員・物資が共に不足していくことが容易に想定できます。その際、偽薬を用いたなんらかの医療行為は必然的に活用されることになるだろうと考えていますので、今のうちから偽薬の利用を推進することの意義もあるでしょう。次世代へツケをまわさないことを前提とした持続可能な医療は、今すぐにでも実現に向けて動きだすべきだと思いますし、持続可能な医療において偽薬の活用が見込まれると信じる以上、今からそれを推進したいと考えているのです。

 プラセボ効果を有効に活用できれば、低コストかつ高クオリティな医療を実現できるかもしれません。
特異的な医薬品の開発が不要であるという低コスト性はもちろんのこと、副作用の懸念を最小限に抑えられたり、アンメット・メディカル・ニーズ(まだ治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズ)に対して、有効な手立てとなりうる高クオリティ性を有していたりと、偽薬の活用法は多岐にわたるのです」(同氏)

 水口氏は「今後、錠剤においては色・サイズ・刻印・包装形態などが異なる偽薬、また別の剤型においてはカプセル剤や顆粒剤などの偽薬も取り扱いたいと考えています」とのことで、プラセプラスのさらなるバリエーション展開を検討中。水口氏が手掛けているのはあくまで“ただのラムネ菓子”のようなものではあるが、それは医療・介護現場の問題解決に役立つものであり、社会保障費の抑制の一助にもなり得る可能性を秘めているようだ。
(文・取材=昌谷大介/A4studio)

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