お茶の生産量日本一を誇り、県内各地に名産地を擁する静岡県。しかし、今や日本人の“お茶離れ”が叫ばれている時代だ。

2018年の生産量は前年比で微増したものの、これは天候に恵まれ、生育が順調であったことが要因だと関係者は話す。

 お茶業界は今、生産者の高齢化や担い手不足、お茶の需要縮小による茶葉単価の低迷という難局を迎えている。その難局に抗う、お茶王国・静岡の姿に迫った。

●意外に苦しい、静岡茶の現状

 茶価の低迷が生産者を苦しめている。

 こんなふうに書き出しても、多くの人はペットボトルのお茶を日常的に飲んでいるし、むしろ飲む機会は増えているように感じる。都市部では日本茶カフェも見かけるようになったし、抹茶スイーツは人気商品のひとつだ。
「それなのにお茶の単価が下がっているのはどうして?」と疑問に思われる読者もいらっしゃることだろう。

 確かに、ペットボトル用の茶葉の需要は伸びている。しかし、生産者は苦しい。なぜか。

 この問題は、お茶が1年間に数回に分けて摘採され、それぞれの取引価格が大きく異なることと関係している。4月の終わりから5月に摘採するお茶が一番茶、6~7月頭が二番茶、9~10月が秋冬番茶。
18年の静岡県内荒茶の平均取引価格(1kg当たり)は一番茶が1946円とダントツに高く、二番茶が半値以下の757円、四番・秋冬番茶が一番茶の2割に満たない348円となっている(JA静岡経済連調べ)。

 ペットボトルのお茶は単価の安い二番茶以降、主に秋冬番茶を使用する。このため、取引量が多くても単価は安く、人件費や肥料代、製茶工場のランニングコストを差し引くと生産者の手元に残る金額はわずか。これに対して、一番茶は主に急須で淹れる高級リーフ茶となる。急須で淹れた一番茶は香りがよくて苦みが少なくうまみがあり、格別の味わいだ。しかし、消費者の嗜好の変化やペットボトル茶を利用する機会が増えたことなどの要因から需要が減少しており、一番茶の単価は1999年をピークに低迷している。


 また、静岡の抱える地形的な問題もある。静岡を僅差で追い上げる生産量第2位の鹿児島県では平坦な大茶園での機械化が進み、大量生産による経営の効率化が図られている。しかし、静岡の茶園の45%は機械化の難しい急傾斜の中山間地に点在し、大量生産が難しい茶園も多い。

●1万円のお茶漬けを引き立てる焙煎烏龍茶

 昨年秋に、静岡市内の料亭で「日本一高い」と銘打ったお茶漬けが発売された。お茶漬けといえば江戸時代から続く日本のファストフードであり、庶民の味である。それが1万円とは、かなり強気な価格設定だ。


 提供するのは、JR静岡駅近くの「浮月楼」。徳川家15代将軍・徳川慶喜の邸宅跡に佇む由緒正しい老舗料亭である。

 桜海老の出汁のしみ込んだ炊き込みご飯の上には、脂ののった炙り金目鯛。本ワサビの千切りが上品なアクセントを添える。食材はいずれも静岡県産の選りすぐりの最高級品を使用している。これらの食材のうまみや香味とうまく調和するようにペアリングされたのが、静岡県産の焙煎烏龍茶。
烏龍茶は中国産のイメージが強く、日本で烏龍茶とは驚きだが、ここ10年ほどで静岡では紅茶や烏龍茶といった世界各国のお茶もつくられるようになっている。

 このお茶をペアリングした茶師の五代目本多茂兵衛氏は「炙り金目鯛の味を邪魔せず、食材が引き立つよう、栽培から焙煎、合組まで一切妥協せずにつくり上げた」と自信を見せる。

 1万円のお茶漬けを食べた方々からは「初めて食べる味!」「お茶漬けに烏龍茶!?」「おいしい!」と口々に驚きの声が上がり、静岡の最高級食材と静岡茶のマリアージュを楽しんだ。

 静岡茶を使ったオリジナル茶漬けを楽しむプロジェクト「茶米(ちゃごめ)」を企画したのは、静岡県中部地域で事業者と共同で観光客に静岡の魅力をPRする「するが企画観光局」。この1万円のお茶漬けも、毎年11月に開催される静岡市内最大のイベント「大道芸ワールドカップ in 静岡」に合わせて静岡市内の飲食店10店舗で提供されたオリジナル茶漬けのひとつだ。

●最高級の静岡茶、生産の秘密

 1万円のお茶漬けに合わせたお茶を、筆者も実際にいただいてみた。
芳醇な香り、口に含むと広がる甘い味わい、すっきりとした上品な後味。おいしい。

 このお茶は本多氏が営む富士山の茶園で栽培・製茶されたもので、日本茶の全国品評会のひとつ「日本茶アワード」で、15年度のほうじ茶部門で日本一に輝いた。お値段は100g5000円ほど。スーパーマーケットの店頭などで見かける100g数百円で販売されているお茶とはケタ違いの高級茶だ。このような品評会受賞茶は、一つひとつの工程にこだわって仕上げた日本茶文化の粋ともいえるもの。手間をかけた分、味わいも深い。

 本多氏は、するが企画観光局が企画する茶席・「碗 -ONE-」でお茶のペアリングを担当している。老舗料亭や一流ホテルでの懐石やフルコースの一品一品に、玉露や煎茶、紅茶、ほうじ茶とさまざまな香味の静岡茶を合わせる。ここで提供するのは、主に県内の銘茶コンテスト「ふじのくに山のお茶100選」に入選した最高級の静岡茶だ。

「たとえば、長野県内でリンゴを販売したり、新潟県内でコシヒカリを高く売ったりするのは難しい。静岡県におけるお茶も同様だ」(本多氏)

 産地では、どうしても価格競争になりがちだ。しかし、価格競争になってしまっては手間暇をかけた高級茶をつくり続けることができず、文化が失われてしまう。本多氏が目指すのは、静岡のそれぞれの産地の個性ある銘茶をトップブランドとして確立していくことだ。

 古くから「香味の良い良質な茶は、比較的冷涼な河川の上・中流域の、朝霧の立つような地域で生産されている」といわれ、機械化の難しい中山間地の茶園は高級茶の産地として恵まれた気象条件を併せ持っているのである。静岡県内には、そのような中山間地に川根・天竜・本山など煎茶の名産地が点在し、それぞれに産地を支えてきたお茶の匠とお茶が存在する。

「味や香りだけでなく、楽しみ方を含めた食文化としての茶を伝え、本当に価値のわかる人の審美眼にこたえ、高みを突き抜けたい」(同)

 最高級の静岡茶を新しいシーンや組み合わせで提供することでお茶の価値を創造し、現状を打破したいと本多氏は話す。するが企画観光局の担当者も「日本料理・日本の伝統文化の体験を目的に訪れる欧米豪の富裕層をはじめとした訪日外国人(インバウンド)の需要を掘り起こしていきたい」と意気込む。同局では、ほかにも夏に静岡茶を使ったかき氷「茶氷(ちゃごおり)」を静岡県中部地区のカフェなどで売り出すなど、さまざまなPRで静岡茶を盛り上げる。

●玉露の2倍のうまみ成分を含む「白葉茶」

 一方で、消費トレンドにこたえた大きな動きもある。抹茶生産の主流は京都や愛知であったが、トレンドに乗って静岡県内で抹茶の原料であるてん茶工場の新設が続き、輸出拡大への期待がかかる。

 また、県内の研究機関ではうまみを求める近年の消費者の嗜好から、玉露と比べて約2倍のうまみ成分が含まれているという「白葉茶(はくようちゃ)」の研究開発など、消費トレンドにこたえた茶葉の研究も進められている。

「高み」を意識した静岡茶のブランドづくりと消費トレンドにこたえた需要拡大。難局を乗り越えようとするお茶王国・静岡の今後の取り組みに注目したい。
(文=林夏子/ライター・静岡茶ティーレポーターお茶ジェンヌ)