「史上最悪のスキャンダル」(スポーツ朝鮮)――。韓国芸能メディアが今こぞってこう書き立てているのが、「V.Iゲート」事件だ。
これは、ソウル・江南地区のクラブ「バーニングサン」を端緒とする一連のスキャンダル。売春斡旋、違法な盗撮動画の共有、薬物の使用・取引、警察との癒着、横領、脱税、さらに中国裏社会のマネーロンダリングなどの疑惑が、昨年12月から現在までとめどなく噴出し続けている。
そこに深くかかわっていたのが、バーニングサンの取締役だった「V.I」こと本名イ・スンヒョン(28歳)。K-POPを代表する男性5人組アイドルグループ、BIGBANGの一員だ。
BIGBANGは日本での人気も高く、メンバー3名が兵役に就く2018年まで海外アーティストとして初の5年連続ドームツアーを行った。ただしV.Iは今回の事件を受け、3月11日に芸能界引退を表明。13日には所属事務所YGエンターテインメントとの専属契約も解除され、「元メンバー」となった。
●人気アイドルグループのメンバーも次々と芸能界追放
V.IゲートではFTISLAND、CNBLUE、Highlightといった人気アイドルグループのメンバーやソロ歌手らも、違法なわいせつ動画などの共有に関与していた。女性との性行為を盗撮・流布した疑いで1名が逮捕、そのほかV.Iを含む計8名が、盗撮やわいせつ物の共有などで立件されている(4月14日現在)。
彼らが動画を共有していたのは、韓国の代表的なSNSサービス「カカオトーク」のグループチャットルーム「タントクパン」。メンバーは計16名とされ、そのうち10名の芸能人が実名を報じられている。
さらに4月に入ってこの16名とはまた別に、俳優、モデル、財閥系企業社長の息子、大手クラブ関係者らが違法動画を共有していたタントクパンの存在も表面化。
●1億ウォンの高級シャンパンセット
韓国の首都ソウルは、幅約1kmの川・漢江をはさんで南北に分かれる。北側が古くから栄えた旧市街・江北、南側が戦後になって急速に開けた新市街・江南だ。江北が庶民的な面影を残すのと対照的に、江南は高級で洗練されたエリア。同時にまた美容整形や派手な不動産投機のメッカでもあり、虚飾とマネーゲームのギラついた街というイメージも根強い。
V.Iも芸能活動のかたわらラーメン店のフランチャイズ事業や複数の高級クラブ経営を手がけたほか、VR(バーチャルリアリティ)、化粧品、人材派遣、バイオなど手あたり次第に投資していた。バーニングサンでは1億ウォン(約1000万円)の高級シャンパンセットを売りにしていたというから、いかにも江南らしい話だ。
●警察との癒着疑惑を発端にスキャンダルが拡大
そのバーニングサンで些細な暴行事件が起こったのが、昨年11月のこと。店内で乱暴される女性を助けようとした青年が店員から袋叩きにされた上、警察が自分を暴行犯に仕立てあげたとネットで告発を始めたのだ。
防犯カメラの映像からネット世論は青年の訴えを支持し、バーニングサン側は謝罪。だがトップスターが経営するクラブと警察の癒着疑惑に人々の関心が集中し、メディアがこれに応えるかたちで次々と新たな疑惑が吹き出していった。
バーニングサンと警察の癒着について初めて掘り下げたのは、今年1月28日のMBC報道。
●タントクパンのデータ登場でV.I側が降伏
V.I及び所属事務所側は当初こそ「フェイクニュース」「法的対応も辞さない」と強気だったが、3月に入ると一転して白旗を揚げる。ある弁護士が匿名の情報提供者から前述のタントクパンの記録を入手し、これを11日に国務総理直属の国民権益委員会に通報したためだ。国民権益委員会は検察庁にその捜査を依頼し、癒着が疑われる警察の頭越しに事態の解明が始まるかたちとなった。同日にV.Iが芸能界引退を表明したのは、すでに触れた通りだ。
4月14日現在、V.Iは以下の容疑で立件されている。性接待=売春斡旋、違法な映像の流布、経営するクラブを脱税目的で一般飲食店と偽った食品衛生法違反、そして同じくクラブの資金を着服した業務上横領だ。また警察との癒着を通じた摘発逃れ、タントクパンのメンバーに携帯電話を処分するよう指示した証拠隠滅などの疑いも持たれている。そのほか2014年に起こした交通事故でも警察が飲酒運転を隠蔽した可能性が指摘されるなど、疑惑の噴出が収まらない状態だ。
●ドラッグ問題に早くも国会が対応
一連のスキャンダルが国民とメディアに大きく注目された理由は、V.Iがトップスターだったという以外にもいくつかある。
ドリンクなどにドラッグを盛られた女性は短時間で気を失った後、記憶も意識も朦朧としたまま解放される。その間に強制わいせつの被害にあい、面白半分に撮られた映像がSNSで共有・拡散される仕組みだ。
クラブがそうした犯行の温床という話はよく聞かれたが、警察が消極的なこともあって被害女性は泣き寝入りさせられてきた。それが今回の事件を機に、ようやく本格的な捜査のメスが入ったわけだ。4月1日には複数の与党議員が、薬物を用いた強制わいせつの罰則を強化する性暴力処罰法改正案を発議。この改正案は「バーニングサン法」とも呼ばれている。
●踊らされた? トップアイドル
今年3月、江南の某クラブに雇われて潜入取材を行っていた作家が、現地紙でその体験を語っている。それによると、やはり薬物の使用・取引、売春斡旋、警察との癒着などは日常茶飯事だったそうだ。未成年の少女がコールガールとして斡旋される現場も、よく目にした。なかには小学6年生のコールガールまでいたという。
K-POP最高の人気を謳歌しながら、派手なマネーゲームでも脚光を浴びたV.I。その彼も実は、クラブ経営者らに踊らされていただけかもしれない。
前述の作家によると、クラブ経営者らはしばらく前からアイドルなど芸能人を事業のパートナーに引き入れようと画策してきた。知名度を利用して、韓流・K-POP市場にパイを広げるためだ。10代でデビュー、20歳そこらで突然大スターになったV.Iのような若者は、格好の標的だっただろう。
こうしたクラブの背後にいるのは以前のような組織暴力団でなく、個々の人脈でつながったカルテルのような存在だという。芸能界とのつながりがどこまで解明されるのか、今後の経過が注目される。
(文=高月靖/ジャーナリスト)