筆者が小学校5年生のとき、担任の先生が読んでくれた『かわいそうなぞう』という童話が、いまだに心に残っている。戦争が激化するなか、空襲で逃げ出す危険性がある動物園の動物を殺処分する話だ。



 読みながら先生が涙をあふれさせ、聞いている児童も全員が泣いた。あれから40年が過ぎた今、あらためて読み返すと、子ども時代の「心」が少しだけ蘇ってくる気がした。

 さまざまな経験を経るにつれ、忘れてしまった純粋な気持ちを思い出したい。そんなテーマで、絵本に携わる方々に「今こそ子どもに読み聞かせたい絵本」を選んでいただいた。

●寛容な心の持ち主「ガンピーさん」

 1冊目は、小学校で20年にわたり読み聞かせを続けている元図書館臨時職員の古賀和子さんが薦める『ガンピーさんのふなあそび』(ほるぷ出版/ジョン・バーニンガム作、光吉夏弥訳)だ。

 ガンピーさんの小舟に「乗せて」とやってくるのは、子どもたちやうさぎ、犬、ネコ、ひつじなどの動物たち。彼らが乗るたびに「いじめたりしなけりゃね」「けんかさえ、しなけりゃね」とガンピーさん。しかし、約束はすべて守られず、小舟はひっくり返ってしまう。しかし、ガンピーさんは決して怒らない。それどころか、土手に上がってみんなにお茶をごちそうしてくれる。寛容な人物が主人公だ。

 普通の親なら「ほら言ったでしょ!」と怒るところだが、誰も責めずに温かく見守ってくれるガンピーさんを見ていると、子どもたちに「大丈夫」と寄り添うことの大切さをあらためて感じさせられる。


「やってはいけないことがおもしろく描かれており、さらに人間の愛を教えてくれる作品です」と語る古賀さんが、絵本を選ぶ際の「大切なこと」について語ってくれた。

「多くのお母さんは、自分が読み終えて気持ち良くなる作品を買ってしまいます。お楽しみ会でワーッと喜ぶ絵本がそうですが、価値のある本とは読み終えた後で心に“深い喜び”が染みる作品です。それを大人が区別しなければいけないと感じます。大人が自分の感性を子どもに押し付けるのではなく、心を豊かにさせ、情緒を育てる作品を読んであげてほしいです」(古賀さん)

 どんなときも表情が変わらないガンピーさんの絵も、特徴のひとつ。「また、いつか、のりにおいでよ」と結ばれるラストにほのぼのとさせられる。

●心が温かくなる友情物語

 続いては、娘が通う小学校で読み聞かせをしてきた心理カウンセラーの込田友紀子さんが薦める『ふたりはともだち』(文化出版局/アーノルド・ローベル作、三木卓訳)だ。

 少しわがままな「がまくん」と、がまくんに寄り添う「かえるくん」の5つの短編による友情物語。5つ目の「おてがみ」では、誰からも手紙をもらったことのないがまくんに、かえるくんが初めて手紙を差し出す。「相手を喜ばせよう」と、友達のために一肌脱ぐストーリーだ。

 一緒に手紙が届くのを待つ間、2匹はとても幸せな気持ちになる。時におもしろく、そして微笑ましく、大人が読んでも心が温まる。


「子どもの世界は優しくあってほしいと思いますが、この本は友達の気持ちを理解できる1冊です。多くの小学生に読み聞かせてきました」と語る込田さんが、絵本の良さについて語ってくれた。

「絵本は字が読めない子でも入り込めます。小さな子に開いて絵を見せると、ブツブツと何か言い始めます。そして、その後、自分でつくったお話を聞かせてくれるんです。きっと、絵を見て何かを想像しながら、自分の感覚で受け止めているんですね」(込田さん)

 無色透明の子どもは絵本により色に染まり、感性が育まれていくのだろう。

●何歳になっても素晴らしい「夢中」になること

 3冊目は、筆者が子ども図書館で選んだ1冊を紹介したい。

 孫が好きになったハワイのフラを一緒に楽しみたいとの一心から、ウクレレ教室に通う。そんな祖母の姿を描いた『ばあちゃんのウクレレ』(文芸社/まるたかずよ作、とりやまあきこ絵)だ。

 ウクレレ教室に通うばあちゃんは、練習を重ねてもなかなか上達しない。それでも、ばあちゃんはウクレレを勉強することが楽しくて仕方がない。若い頃にチャレンジしたくてもできなかった思いと、年を重ねてやりたいことができるようになった楽しさ。
何よりも「孫との楽しい時間」という夢が、ばあちゃんを駆り立てる。

 そして、「はじめておもいどおりのおとがでたのです! やっとひきかたがわかってきたのです!」と一所懸命にウクレレを弾く母の姿を、作者である娘が表現する。母と娘、そして孫。愛情と夢のつながりが描かれた1冊だ。

「子ども時代に好きだった絵本を長女に読み聞かせているうちに思い出し、育児休暇中につくってみようと思いました。最初は自分で印刷して母(=ばあちゃん)にプレゼントするつもりでした」と語るまるたさんは、絵本コンテストに応募したが落選した経験を持つ。しかし、コンテストの審査基準や評価の内容が知りたいと思い、出版社に電話をかけ、絵本について丹念に話を聞き、自費出版による1000部の出版を決意した。文章を何度も書き直し、水彩画の絵を描いたとりやまあきこさんと共に、3年以上の試行錯誤を重ねて完成させたという。

「好きなことに夢中になり、挑戦するのは、いくつになっても素晴らしい」――本書を読み終えて、こんな思いに駆られた。

 まるたさんの娘さんが書いた題字を目にすると、ほんわかと幸せな気持ちになれる。子どもはもとより、親世代にもおすすめしたい「読後感のいい作品」である。

●「自分が好きなもの」の大切さ

 最後は、『ばあちゃんのウクレレ』の作者・まるたさんが選んだ『ときめきのへや』(講談社/セルジオ・ルッツィア作、福本友美子訳)だ。


 長女を出産した後、書店で見つけた1冊。それは、モリネズミのピウスが主人公の絵本だ。ピウスは、海や森で拾ってきた「小さな鍵」「鳥の羽」「貝がら」「古い写真」など、数多くの宝物を並べた部屋を持っていた。部屋の真ん中にあるガラスケースの中には、小さな石ころが置かれている。ピウスが初めて見つけた宝物だ。

 しかし、それを見た友達は「こんな どこにでもある石ころを どうしてかざっておくのさ」「せっかくのへやがだいなしだ。すてちまえ」と口々に語る。そうした言葉を聞いたピウスは「つまらないものなのかな」と思ってしまい、石ころを川に投げ捨てるが、その後、とてつもない喪失感に襲われる。

「すごく胸が痛くなる話です。私自身、自分が好きなものやいいと思うことと、世間が思うことのギャップをたくさん感じてきました。自分の価値観を他人のフィルターに判断されても無意味だと、この1冊が教えてくれました」(まるたさん)

 自分を信じることの重要性に気がついたまるたさんは今、流されない考え方を身につけ、自分を信じ、仲間を信じて新たなチャレンジをしているという。

 人生で大切なものを子どもに教えてあげられる。
大人になっても小さな頃の自分を思い出せる。そんな絵本を、長いゴールデンウィークに手に取ってみてはいかがだろうか。
(文=小川隆行/フリーライター)

編集部おすすめ