今年3月、2018年1月に愛知県豊田市で起きた生後11カ月の三つ子の次男の傷害致死事件に実刑判決が出た。壮絶な三つ子の育児に追い詰められた母親の犯行であることから、判決直後から波紋が広がり、執行猶予を求める署名活動も行われている。

実刑判決が出た法的側面と、この事件から学ぶべき課題は何かについて考察する。

●なぜ実刑判決となったのか

 18年1月に生後11カ月の三つ子の次男を床に叩きつけて死なせたとして母親が懲役6年の傷害致死罪に問われ、今年3月に裁判官と市民の代表である裁判員で構成する1審の裁判員裁判(名古屋地方裁判所岡崎支部)で3年6カ月の実刑判決が出た。なぜ実刑判決となったのか。法的側面について具体的に考察する。

 1審では、

(1)母親に責任能力による刑の減軽が認められるか

(2)過酷な育児環境に置かれ追い詰められた末の犯行であることから、情状酌量による刑の減軽が認められるか

が争われた。

●うつ病でも完全責任能力が認められる?

 犯罪行為を行っても、罪に問うためには責任能力が必要である(刑法39条)。裁判実務では、その責任能力の判断において、正常の精神状態と比べてどれくらいの質的隔離があるかが重視されている。

 責任能力の研究をしている京都大学の安田拓人教授(刑法)は、あくまで一般論との前提で、「うつといっても症状や、その症状が犯行に及ぼした影響はさまざま。うつを患っていても、カッとなっての犯行の場合、それなら正常な精神状態であっても同じようにやってしまった可能性があったのでは、と判断されれば正常の延長の行為とみられ、完全な責任能力ありとされる。正常の精神状態ならおよそやらない病的といえるような場合に初めて、責任能力の減少が認められる」と指摘する。

 弁護側は重度のうつ病により通常の判断ができなかったと主張したのに対し、検察側は家事や育児ができていたことから、うつ病の程度は中度だったという鑑定を提出。また、母親は次男の異変に気付いてすぐに救急車を呼び、救急隊が到着するまでの9分間、心臓マッサージを続けた。
これらの行為が正常な判断力があり、完全責任能力が認められた根拠のひとつとなった。

 裁判を傍聴していた、岐阜県のNPO法人「ぎふ多胎ネット」の理事長・糸井川誠子さんに公判の状況をうかがった。

「睡眠時間が1日1時間という過酷な三つ子育児を懸命に続けてうつ病を患い、クタクタに疲れ、正常な判断ができなかったと思われる被告が、泣き声に追い詰められ、泣きやんでほしくて思わず衝動的にやった行動。それが招いた結果に驚き、あわてて取った行動が『責任能力あり』として刑を重くすることになることにやりきれない思いがします」(糸井川さん)

●多胎育児の現場では

 裁判では、夫や行政から有効な支援が得られず、三つ子の過酷な育児環境に置かれ、追い詰められたことに対する情状酌量が認められるかについても争われた。この点について判決は、非難の程度を軽減できる事情があったとは認められないと指摘している。

 石川県立看護大学の大木秀一教授の調査によると、多胎育児家庭の虐待死は単胎育児家庭と比べて2.5~4.0倍。その過酷さを物語る数字である。

 多胎育児の現場はどのようなものだろうか。大阪市中央区で活動するサークル「おひさまの会」(代表・西山美佳さん)が主宰する多胎ファミリー教室にお邪魔した。

 講師のひとりである西山さんも、現在5歳になる双子育児中だ。自らの経験を振り返り、産後は30分の睡眠が1日に3回取れるか取れないかの状態だったと話す。新生児の授乳はおよそ3時間おき。
低体重で生まれたため飲む力が弱く、授乳にも時間がかかった。2人の授乳を終えるまでに2時間、1時間たてばまた次の授乳。授乳の合間に上の子の食事やお風呂などの世話、さらに家事。食事も睡眠もまともに取れないほど膨大な家事や育児に疲弊した。そんな中、多胎育児のママたちが集うサークルに参加し不安が解消された経験が、運営側としてかかわるきっかけとなった。

 教室では、西山さんが実際に試してみて有効だった、2人を同時に授乳する方法や便利グッズを使って授乳する方法などを紹介し、授乳にかかる時間を減らし睡眠時間を確保することを指南。参加者は熱心にメモを取っていた。

「人間にはおっぱいは2つあり、腕は2本あります。でも、三つ子だとどうなるでしょうか? どうやっても足りないのです。それが三つ子育児なのです。私は双子の親だからこそ、双子と三つ子の育児はまったくの別物であると断言できます。三つ子では授乳にも抱き上げるにも足りない。
ひとりで三つ子の育児は絶対に無理です」(西山さん)

●父親も共に学ぶ

 教室当日は西山さんの夫・友啓さんも講座に参加し、参加者の父親と交流の場を持った。友啓さんは「私自身、子どもが生まれ、それまでの生活が一変した。家事や育児に忙殺されていつも不機嫌な妻にも戸惑った。教室で夫や父親の目線から育児の経験談を話すことで、参加者の育児への理解が少しずつ深まれば」と話す。

 一般社団法人日本多胎支援協会(JAMBA)が全国に広めている、妊婦期からの多胎ファミリー教室では、妊婦だけではなく夫やその家族も多胎の妊娠・出産・育児について学ぶ。学ぶことで、家族ぐるみで妊娠・出産・育児に備えることができるという。また、先輩ママ・パパや境遇が同じ多胎妊娠中のママ、地域の保健師などと出会うことで、育児中の孤立感を防ぐ効果が期待できる。

 こういった多胎妊娠に特化した妊婦教室は全国に広がりつつあるものの、被告が参加できたのはひとりの赤ちゃんを出産する妊婦向けの教室で、多胎育児についての指導は受けられず、不安なまま出産を迎えたという(事件後に豊田市でも「多胎パパママ教室」を開催)。

 参加者は「先輩ママからリアルな話が聞けてよかった」「出産に不安があったが、完璧にやらなくても大丈夫ということがわかり、気持ちが楽になった」と笑顔で話した。講座参加者の笑顔を見ながら、彼女にも受講の機会があれば結果は違ったのではないか、と思わずにはいられなかった。

●行政による支援の現状

 被告は事件が起きる前に市や保健師からファミリーサポートの制度を紹介されたが、利用手続きのために乳児3人を連れて外出することが難しく、利用できなかったという。

 日本多胎支援協会の落合世津子理事によると、外出の難しい多胎育児の家庭からは訪問型支援が望まれており、すでに滋賀県大津市・埼玉県川越市では、所得制限なく一定の期間無料で利用できる産前産後ヘルパー制度があるという(大津市は産後のみ)。
このような制度を新設しても、妊婦100人に対し多胎児の母親になるのは1人であること、国の交付金を利用することができることから自治体の財政負担感はなく、どの地域においても取り組みは可能であると指摘する。

 両市の制度の利用率は平均して多胎児家庭の2割であるが、利用者の評判は良く、制度があることで安心感につながっているという。どの地域にも多胎育児家庭の実情に合った、利用しやすく必要性の高い支援制度の拡充が強く望まれる。

●この事件は三つ子育児の特殊事例なのか

 今回の事件の被告と同等、あるいはそれ以上の苦労をしながら子育てをしてきた方もおられることも考え、「この事件の論点は何か」を考えながら取材を行った。どのような状況があったとしても、決して犯罪を正当化することはできない。しかし、被告だけが刑に処せられればそれで済むほど、事件は単純ではないと感じた。

 今回お話をうかがった、三つ子育児経験者であり、長年多胎家庭の支援をしてこられた糸井川さんは、実刑判決に強い違和感があると話す。

「判決を受けて寄せられた多くのメッセージの中に『これが子どもを産んだ母親の自己責任になるのなら、こんな国では子どもは産めない』という言葉があったのですが、胸に突き刺さりました。これはこの事件だけの問題ではなく、子育て環境全体への問題提起なのだと思います」(糸井川さん)

 母親である被告は名古屋高等裁判所に控訴し、あらためて2審で量刑が争われる。

 三つ子育児という特殊な事案ではあるが、増え続ける子どもの虐待の問題と切り離して考えるべきではないだろう。頼りにできる実家やパートナーの存在、経済的な問題や精神的あるいは肉体的疾患を抱えていないなど条件が整うのは幸せな家庭だ。ひとつでも条件が変わるだけで途端に育児の現場は孤立し、追い詰められる。
どうして最悪の事態を招いてしまったのか。どうして誰も彼女を助けられなかったのか。二度と事件を繰り返さないためにも、学び取るべき課題は大きい。
(文=林夏子/ライター)

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