ひん曲がった歩道脇のフェンス下の空き地に設けられた献花台に、花束が溢れていた。事故から最初の日曜日だった5月12日午後、筆者が花束を置いた後も花束を抱えた人たちが引きも切らない。
原田優衣ちゃん(2)と伊藤雅宮(がく)君(2)が亡くなり、さらに男児一人が意識不明の重体。他の10人の園児と引率していた3人の保育士が重軽傷を負った。無事な人が皆無なのは、保育士らが安全のために園児を小さくまとめていたところに、まともに車が突っ込んだからだ。
事故は8日午前10時15分頃、大津市大萱(おおがや)6丁目のT字路で起きた。現場から200メートルほど南にある「レイモンド淡海(おうみ)保育園」の散歩時間だった。琵琶湖南端の風光明媚な所。同園は湖畔にあるが湖との間の県道を渡れないため、歩道を北上して横断歩道を通って湖畔に出る。一行が信号待ちしている歩道に車が突っ込んだ。
滋賀県警は当初、ワゴン車で北上中に右折しようとした52歳の女性と、北から南へ直進中にこの車と接触し、はずみで園児に突っ込んだ軽自動車を運転していた62歳の女性の2人を自動車運転処罰法違反(過失傷害)で逮捕した。しかし62歳女性のほうは「過失の度合いが少なく勾留の必要がなくなった」とすぐに釈放し、一部メディアの報道では匿名扱いになった。以前なら、よくあるこうした「右直事故」も多くの目撃者証言を集めて過失判断に時間をかけたが、早い判断が可能なのは直進車に搭載されていたドライブレコーダーの存在のためだろう。
大津地検に送検された52歳の女性は強引に右折したわけではなく「前をよく見ていなかった」「衝突音で初めて直進車に気が付いた」というから、漫然と運転していたようだ。
●恐怖心の大切さ
現場を眺めていると右折車は極めて多い。すぐ北にある近江大橋で湖の西側に渡るには、一度右側から回り込まなくてはならない上、北東に大型ショッピングもーるもあるからだ。一方、北からは南の市中心部へ向かう車も多い。つまり「右折vs.直進」が頻発する所なのだ。
北上する側、つまり今回の事故の右折車の立場で信号を観察すると、「赤」「青」「黄に直進だけOKの矢印」「赤に直進、右折OKの矢印」「黄」と変わりまた「赤」と戻る。右折OKは極めて短い。事故は青信号だけの時だ。安全確認しての右折は可能だが、拠り所は想像力と皮膚感覚だけだ。
釈放された直進車の女性は「相手の車が止まってくれると思ったが急に右折したので、ハンドルを左に切ってかわそうとしたが、間に合わず衝突した」と話している。
事故というのは1つのミスでは起きにくく、2つのミスが重なって起きることが多い。通常、右直事故は8割が右折側の過失とされる。基本は直進車優先だ。しかし直進車の女性には過失はまったくないのか。
単なる直線路で対向車線の車が突然右折したわけではなく、さまざまな危険の潜む交差点で事故は起きた。道路交通法に「交差点に入る時は減速せよ」とは書かれていない。しかし、筆者は交差点に入る時はアクセルから足を離し、ブレーキの上に軽く乗せ替える。交差点には何があるかわからないからだ。100%相手が悪かろうが事故に遭いたくはない。特に右折するかもしれない車には徹底的に用心する。なぜなら筆者は普段、車よりオートバイを使うからだ。
今回、2台ともブレーキの形跡がなかった。もちろん一義的には右折車の過失だ。しかし、もし直進車が交差点に入る時点でアクセルを離してブレーキに足を乗せており、右折車を認識した時点でハンドルを切らずブレーキを踏み込めば、あそこまでの悲劇は防げた可能性もある。直進車は衝突後、園児たちの歩道まで約15メートルを1秒で突っ込んだという。直進車側の制限速度の60キロに近い速度で交差点に入ったらしく、アクセルを踏みっぱなしだったと思われる。
取材日は行楽日和で車が多く、愛車の大型バイク(CB1100)で実験したが、そのスピードは出せなかった。しかし、対向する側の右折ラインに車がいれば、このスピードで交差点に直進するのは筆者なら怖い。
レコーダーの解析によれば、事故を起こした右折車は、先に右折した車に漫然とついて行ったらしい。直進車からは最初の右折車が死角になったかもしれないが、それを見てもアクセルを離さなかったのなら余計に違和感を持つ。仮に法的責任はなくとも「もう少し臆病であってくれれば」と思いたくなる。
歩道には今さらのように黄色い大きな緩衝材が据えられていた。「現場にガードレールを設置すべきだった」などの声が相次いでいた。京都府亀岡市で2012年4月に通学中の小学児童らに車が突っ込み2人の児童と妊婦1人が死亡したことから、全国で危険個所にガードレールや車止めが設置された。しかし通学路に限られた。
「いつも笑顔で……『園長先生』って寄ってきてくれた……」。若松ひろみ園長が会見で机に突っ伏して号泣する姿のあまりの痛々しさに、落ち度のない同園に即日会見させたマスコミへの批判も出ているという。優衣ちゃんと雅宮君の葬儀は、遺族の希望でマスコミ取材なしで行われた。合掌。
(写真と文=粟野仁雄/ジャーナリスト)