●薬物で破滅した財閥令嬢と人気スター
財閥創業者3世の令嬢と、人気男性スターのロマンス――。本来なら誰もがうらやむカップルとなるはずが、最悪の展開を見せているのが韓国・南陽乳業3世のファン・ハナ(31)と男性グループJYJのメンバーだったパク・ユチョン(32)だ。
2017年4月に婚約が報じられた2人は、18年5月に破局を発表。その後、ファン・ハナは今年4月4日、パク・ユチョンは同月26日、それぞれ麻薬を使用した疑いで逮捕された。別れたはずの2人は今年2~3月、5回にわたってともに覚せい剤を投与した疑いが持たれている。ファン・ハナの供述から捕まったパク・ユチョンは所属事務所に見捨てられ、芸能界引退は不可避とも囁かれる有様。2人は今、薬物使用をそれぞれ相手のせいにする供述をしており、今後の裁判でも泥仕合が繰り広げられるのは必至だ。
●相次ぐ財界と芸能界の薬物スキャンダル
このところ財界と芸能界の薬物スキャンダルが、韓国メディアを大きく騒がしている。ファン・ハナ逮捕の3日前には、大手財閥SKグループの創業者3世が液状大麻を使用した疑いで逮捕された。同日にはまた海外に滞在中だった現代グループ創業者3世が同様の容疑で立件され、同月23日に逮捕されている。
一方、芸能界では、人気アイドルらによる売春斡旋、横領、わいせつ動画撮影・共有疑惑などが噴出している「V.Iゲート」事件で、薬物問題も浮上。芸能人の摘発はなかったが、事件の舞台となったソウル・江南地区一帯のクラブでは、これまでに80人近くが麻薬に絡んで立件された。また4月8日には韓国で活動するアメリカ出身の弁護士タレント、ロバート・ハリーが薬物使用で逮捕されている。
一連の報道を見ると今年に入ってVIPの薬物事件が急増したような印象だが、韓国の薬物汚染はそんなレベルにとどまらない。
●「麻薬との戦争」を宣言した韓国警察
韓国では2000年をはさんで薬物の摘発者数が年間1万人を超えた後、02年から集中的な取り締まりを実施。その甲斐あって7000人程度にまで抑えられ、「薬物にクリーンな国」を自称するようになった。
だが韓国警察は今年2月25日、3カ月に及ぶ「麻薬との戦争」を宣言。5月中旬までに2000人以上を検挙、669人を逮捕したという。
背景には、ここ数年で薬物が急速な浸透を見せている事情がある。韓国関税庁による麻薬関連の摘発件数と押収量は、14年の339件71.6kgに対して18年は660件426kg。また最高検察庁によると韓国国内で警察が押収した薬物の量は、14年の162.2kgに対して18年は517.2kg。摘発者数は11年の9174人に対して、16年には1万4214人に増えている。18年には1万2613人に減ったものの、現地メディアではむしろ摘発逃れが増えた可能性が指摘されている状況だ。
流通量の急増にともない、薬物のカジュアル化も進んでいる。摘発者に占める女性の比率は、14年の13.8%から18年には21.6%に拡大。
●麻薬密輸の中継地となった韓国
薬物が海外から大量に流入するようになった韓国。その多くは韓国を中継地として、第三国へ運ばれていくという。
18年12月には釜山港の税関で、64kgものコカインが摘発された。韓国での末端価格は、1900億ウォン(約175億円)。積荷はエクアドルを出発してメキシコ、韓国を経由し、中国へ向かう予定だった。
同年10月にはまた、覚せい剤112kgがタイから釜山港を経由してソウルへ持ち込まれていたことも判明。末端価格は3700億ウォン(約341億円)だ。この覚せい剤は台湾の組織が韓国へ輸入し、分散して保管した後に日本などへ輸出される手はずだったらしい。
韓国が国際的な麻薬密輸の中継地とされるようになったのは、「薬物にクリーンな国」というかつての評判のせいともいわれる。各国の捜査機関から睨まれている東南アジア、中国、台湾などより、クリーンな韓国のほうが目をつけられにくいだろうという判断だ。
持ち込まれた薬物の一部が韓国国内で流通する場合も、当然ある。この間安定した経済成長でインフレが続いてきた韓国は、薬物の末端価格も世界トップクラスだという。
●匿名性の高いネットワークで「安全」な売買
パク・ユチョンはファン・ハナとの覚せい剤投与に先立ち、自ら売人に接触して購入していたことも明らかになっている。そこでパク・ユチョンが取引に使ったのが、「テレグラム」。これはロシア人起業家が立ち上げたTelegram Messenger LLPが提供するメッセンジャーアプリだ。
メッセージを暗号化してやり取りするテレグラムは、通信内容の秘匿性が高いとされる。そのため薬物の売買など違法な取引に悪用されているわけだ。
また、上述した財閥3世らに液状大麻を供給していた人物は、「ディープウェブ」を通じて薬物を仕入れていた。Torネットワークなどに代表されるディープウェブはインターネットの一部だが、やはり通信を暗号化するなどして高い秘匿性を確保するネットワーク領域だ。
そしてもう1つ、決済にしばしば用いられるのが「ビットコイン」。2018年5月に大麻吸引で執行猶予判決を受けた俳優のハン・ジュワンも、メッセンジャーアプリで売人とやり取りし、ビットコインで支払っていたことが明らかになっている。
暗号化されたやり取りと決済を通じて売買が成立すると、購入者はメッセンジャーアプリで街角に隠した薬物のありかだけを知らされる。つまり通信や送金の記録はもちろん、物理的な接触もない「安全」な売買が可能になっているのだ。こうした新しいIT環境の普及が、韓国で薬物蔓延をもたらした最大の要因に挙げられている。
●薬物による強制わいせつ被害も社会問題に
薬物スキャンダルが韓国でとりわけ大きな注目を集めている理由は、ほかにもある。それが「V.Iゲート」事件をきっかけに広く知られるようになった「GHB(Gamma-HydroxyButyrate)」問題だ。
GHBは韓国で俗称「ムルポン(液状麻薬の意味)」、一般には「デートドラッグ」「睡眠ドラッグ」とも呼ばれる。これは短時間で相手の意識を失わせ、その間に性的暴行するためのドラッグだ。世界的に流行を見せており、韓国でもクラブで女性にGHB入りドリンクを飲ませて犯行に及ぶといった被害例が、多数報告されていた。韓国警察はそれまで捜査に消極的だったが、注目度の高い一大スキャンダルに発展したことでようやく重い腰を上げた格好だ。韓国では特にここ数年盛んな#MeTooのムーブメントも重なり、薬物が女性問題の一環としても論じられるようになっている。
使用する当人にとどまらず、幅広い被害が大きな波紋を投げかけている韓国の薬物汚染。警察の「麻薬との戦争」は5月に一区切りを迎えるが、新たな技術を駆使する犯行に歯止めはかかるのだろうか。
(文=高月靖/ジャーナリスト)