個人のプライバシーが警察によって“丸裸”にされる危険が出てきた。政府は6月1日から改正通信傍受法を施行した。

同法により、警察はリアルタイムの通信傍受を警察署に居ながらにして行えるようになった。
 
 通信傍受法は1999年の小渕恵三政権で強行採決され成立し、翌2000年から施行された。薬物関係、銃器関連、組織的殺人、集団密航の4つの犯罪行為に限って通信の傍受を認めるもので、傍受は電話、携帯電話、メールなどのすべてで行えるが、通信を傍受する場合には通信事業者の社員の立ち会いが必要とされた。

 同法は憲法21条で定める「通信の秘密の権利」を侵害するとして大きな批判を呼んだが、それでも、その後、同法の強化に向けた改正が行われることとなった。
 
 契機となったのは、09年に村木厚子元厚生労働省事務次官が社会・援護局障害保健福祉部企画課長時代に虚偽公文書作成・同行使の容疑で逮捕・起訴された事件。この事件では、大阪地検特捜部が捜査段階で証拠品をねつ造・改竄していたことが明らかになった。その後、その他の事件でも冤罪が相次いで明らかになったことで、警察・検察の取り調べへの批判が相次いだ。

 こうした不祥事に対する批判をただすために、新しい刑事司法制度について検討が開始され、「取り調べの録音、録画による可視化」とともに、「供述(自白)に過度に依存しない捜査、公判」の実現が目指された。ところが、供述に過度に依存しない捜査を行うためには、証拠収集が重要であり、証拠収集が容易にできるように通信傍受法の改正が必要と議論のすり替えが行われ、法改正が実現した。

 同法の改正は、まず対象犯罪の拡大から行われた。16年12月には、通信傍受の対象犯罪が前述の薬物、銃器、集団密航、組織的殺人の4つに加え、殺人、傷害、放火、爆発物、窃盗、強盗、詐欺、誘拐、電子計算機使用詐欺・恐喝、児童売春などに拡大された。これにより、犯罪のほとんどで通信傍受が可能となった。


 そして、6月1日からは、それまでは捜査員が通信事業者に出向き、社員立ち会いのもとで行っていたリアルタイムの通信傍受を、警察署にいながらにして行えることになった。もちろん、通信事業者のなかには、NTTなどだけではなく、GoogleやLINE、FacebookといったSNS機能を持ち、メールやメッセージなどのやり取りができる業者のすべてが含まれる。

●傍受乱用の懸念

 警察庁によると、通信傍受のための専用機はパソコン型の「特定電子計算機」。これまでは、通信会社の社員立ち合いのもとで、リアルタイムの傍受だけが許されていたが、この専用機では傍受内容を暗号化されたデータで送信でき、録音も可能となる。1台10億円程度と見られているが、今年6月1日時点で全国に141台あり、年度内に新たに47台増やす予定だ。

 もちろん、警察の通信傍受の乱用を避けるため、傍受には裁判所による令状が必要となり、さらに、「専用パソコンは管区警察局において貸し出し、新設する傍受指導官を置いてチェックする。傍受指導官は適正な事件捜査を指導する刑事総務課などに所属する警部以上の中から指名する」(警察庁)としている。しかし、傍受指導官も警察官であり、“身内”。傍受にあたり、第三者のチェックがないのだから、どの程度の抑止力があるのかは甚だ疑問だ。

 警察庁は、通信を傍受する場合には捜査員が通信事業者まで出向き、通信社員の立ち会いで行うという従来の方法では、迅速さに欠け、傍受できる犯罪も限られていたが、今回の改正で通信傍受が迅速に行えるようになったとしている。しかし、迅速に行えず、制限されていたことは、警察が通信傍受を乱用していなかったことの裏返しでもある。

●別件捜査も可能に

 問題はそれだけではない。
通信傍受法の第14条では、別件捜査を認めている。通信の傍受中に傍受目的以外の別の犯罪の証拠を得た場合にも、傍受された内容が有効な証拠として裁判で取り扱えるのだ。

 もちろん、犯罪に関与していない人にとっては、なんの問題もない。しかし、傍受対象となった人物とかかわりがある人は、電話やメールなどの通信内容が警察の監視下に置かれることになる。

 現在はインターネットを通じて、会ったこともない見ず知らずの他人とかかわりを持てる。例えば、私たちがLINEやFacebookを通じて知り合った人物が傍受対象者となっていれば、私たちも監視されることになる。そして、その通信のなかに少しでも犯罪に該当しそうなものがあれば、それが警察の当初の傍受目的の犯罪とはかかわりがなくても、別件として捜査を行うことができるのだ。

 法務省によると、18年に警察が通信傍受を行ったのは12の事件で、計82人を逮捕している。00年の通信傍受法施行からの累計では、傍受件数は145事件で逮捕者は計857人となっている。しかし、6月1日の改正法開始以降は、飛躍的に傍受件数が増加することが予想される。それは、個人のプライバシーが丸裸にされるということでもある。今、あなたの通信は警察によって傍受されているかもしれない。

(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)

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