関西大学キャンパス近くの閑静な住宅街に衝撃が走ってから4日。現場となった阪急千里山駅前の交番では、女性が盛んに中を覗き込んでいたが無人だった。

表の歩道では大量の血糊の跡が茶色く変色していた。近くに住む年配の初老の男性は「今年春ごろ、振り込め詐欺のような電話が自宅にかかってきたので警察署に連絡したら、古瀬巡査がバイクで飛んできて丁寧に聞いてくれた。あんな事件に巻き込まれて気の毒。早く回復してほしい」と話した。

 6月16日午前5時40分頃、大阪府吹田市の吹田署千里山交番前の路上で古瀬鈴之佑巡査(26)が刺され、拳銃が奪われた。府警捜査本部は強盗殺人未遂容疑事件で捜査を開始。
翌17日午前6時半ごろ、箕面市の山中で捜査員が東京都品川区在住の飯森裕次郎容疑者(33)を発見、逮捕した。「私はやっていない」と話しているが障がい者健康福祉手帳(2級)を持ち、精神疾患の可能性もある。意識不明だった同巡査は幸い、快方に向かっている。

 飯森容疑者の犯行形態は不可解そのもの。何年も連絡していない多数の中学同級生に、「年賀状を出したいから住所を教えてほしい」などとメールした。応じた一人の住所と名を使って「空き巣に遭った。
警官2人は来てほしい」と110番した。交番の警官を1人にするため、おびき出したとみられる。しかし、おびき出すなら、同級生のツテを手繰らずとも交番の近所の表札を見て104の番号案内か電話帳で調べればできる。

 交番では常に複数の警官を配備することが原則だ。今回、同交番には3人いたが、空き巣連絡で2人が出動、少し遅れてバイクに乗車しようとしていた古瀬巡査が襲われた。これもたまたまのことで、3人揃って行動していれば飯森容疑者の目的は達成されなかった。
果たして「計画的」だったのか。犯行後はまるで無防備。歩く姿が防犯カメラに映っているが、慌てたり警戒する様子もない。スーパーでは血が付いた手で服などを買っている。最後は箕面市の山中のベンチでレジ袋に入れた銃を無造作に下に置いたまま横になっているところを、抵抗もせずに御用となった。一発だけ撃ったとみられるが、弾や薬きょうは未発見。
新たな犯罪を起こすためというより、銃強奪が最終目的にも見える。

●不幸中の幸い

 飯森容疑者は駒澤大学を卒業後、海上自衛隊に入隊、8カ月で辞めたが銃は扱った。元兵庫県警刑事の飛松五男氏は「その経験から銃に執着があったのでは。自衛隊のような凄い銃はないが、交番なら奪いやすいと思ったのでしょう。交通反則切符を切られたとかで警察が恨まれることは多いが、交番が狙われるのは少人数で銃があるからです。このため訪ねてきた相手と常に正対して体の横を見せるな、などさまざまな規則がある。
きちっと守れば防げたはず。今回は出がけのことなので、うまくいかなかったのか」と見る。

 昨年、富山市と仙台市で交番が襲われて拳銃が奪われ、富山では一般市民に犠牲者も出た。

 現在、警察庁では交番の奥に入れないような構造に改築するなど対策を進める。拳銃ホルダーも相手側からは抜き取りにくい新型ホルダーの配備が始まり大阪府警も導入中だが、古瀬巡査の装備は旧型だった。とはいえ、新型ホルダーが配布されていれば、飯森容疑者は銃強奪に難儀したため、古瀬巡査は殺されるまで刺された可能性は高い。
古瀬巡査は防刃チョッキを着ていたが脇の隙間から刺され、心臓に達していた。まだ予断は許さないとはいえ、第二の事件がなかった今、配備の遅れは幸いだった。

 しかし、元神奈川県警刑事の小川泰平氏は「容疑者の行動は不可解ですが、精神障害もあるようでなんとも言えません。刺された巡査には酷ですが、警察官は命を落としても拳銃を守らなくてはならない。その意味でも大きな失態です。交番の常時複数配備は現在28万人いる警察官をもっと増やせば簡単だが、公務員を減らしている現在、難しい。実際、交番も減らす方向にあるのです」と語る。

●免れない吹田署長などの処分

 大阪府警では昨年8月、富田林署の留置場の接見室から、強制性交未遂容疑で逮捕されていた男が弁護士との接見の終了直後に、壁とアクリルボードの接合部分の緩みを利用して脱走し、捕獲に49日かかるという大失態で富田林署署長が更迭されるなどした。ましてや今回は拳銃所持の逃走撃。石田高久本部長は発生の直後に吹田署前で「なんとかG20サミットの前に解決したい」と異例の屋外会見をした。防犯カメラ映像を早く公開し、飯森容疑者の父親(関西テレビ常務)が「息子では」と名乗るなど解決への展開は速かった。  

 発生から追う在阪紙記者は「G20サミットの直前だっただけに府警幹部は自力で取り押さえて第二の事件を防げたことに安堵しています。しかし一日だけだったとはいえ重要な拳銃が警察の管理外になったのは事実。吹田署署長などの処分は免れない」と見る。

 古瀬巡査は元ラガーマンで俊足だった。とはいえ、欧米などの警察官にはかなり屈強な体躯の持ち主が多いが、日本の警官は平均より華奢な体躯の人も多い。交番のような人数の少ない部署だけでも屈強な男を中心に配備すべきとも思うが、前述の小川氏は「それは無意味。警察官全員が柔道か剣道の初段を取っているが、年齢が上がってくればもみ合いになっても勝てなくなる。無理な話です」と話す。
(写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト)