大学時代から環境問題に興味を持ち始め、環境や森林に関わるキャリアを歩んできた水谷伸吉氏。大企業からNPOに転職した際、資金集めに苦労した経験から、“認知”の重要性を感じたという

その後、音楽家・坂本龍一氏が代表を務める森林保全団体more trees(モア・トゥリーズ)の事務局長として、国内外でさまざまな森づくりの取り組みを行っている。長年、環境問題と向き合い続けてきた思いとともに、そのキャリアを聞いた。

水谷伸吉(みずたにしんきち)さん
1978年東京生まれ。 慶応義塾大学経済学部を卒業後、2000年より株式会社クボタで環境プラント部門に従事。 2003年よりインドネシアでの植林団体に移り、熱帯雨林の再生に取り組む。 2007年に坂本龍一氏の呼びかけにより発足された森林保全団体「more trees」の立ち上げに伴い、活動に参画し事務局長に就任。

日本の森づくりをベースとした国産材プロダクトのプロデュースのほか、熱帯雨林の再生活動、カーボンオフセット、ツーリズム、被災地支援も手掛ける。

熱帯雨林の伐採を生業にしている人々もいる

学生時代から環境問題に興味があり、熱帯雨林の現状を見ておこうとマレーシアを訪れたことがあります。植林のボランティアとして1か月ほど滞在しました。

それまで、勝手な正義感から「熱帯雨林を伐ってはいけない」と考えていましたが、そんな単純な問題ではなかった。伐採する人、木材を運搬する人、製材工場で働く人……。その人たちが、家族を養いながら働いている。森林資源を活用することで、雇用が成り立っていると知りました。

伐りたくて伐っているというより、生きるために伐っている。伐採することをただ反対するのではなく、代替案を示す必要があると知りました。すぐには解決策を見いだせないまま、モヤモヤした気持ちを抱えて帰国したのを覚えています。

僕が就職した2000年は、CSR(企業の社会的責任 Corporate Social Responsibility)などもまだ普及していなかった頃。メーカーに就職して環境問題にかかわろうと考え、株式会社クボタに入社して、水処理やごみ処理のプラントの装置を扱う部門で、営業職をしていました。

4年ほど働いた後、インドネシアで植林をするNPOに転職をしました。

そのとき、資金集めの大変さを思い知らされることになった。名前も知られていないNPOでは、話も聞いてもらえないし、ましてや資金を出してもらえるなんてもっとハードルが高い。そこではじめて、自分は今まで大企業の名に守られていたことに気づき、これまでの営業スタイルを見直すことになりました。

大変な時期ではありましたが、落ち込むことはありませんでした。とにかくがむしゃらに資金集めに奔走する日々の中、森林や熱帯雨林の知識を身に付けたり、インドネシア語を習得したりと、成長につながるいい機会になったと思っています。

人と人とのつながりがキーに

そんなときに知人の紹介で知り合ったのが、音楽家の坂本龍一氏です。森林を守るための団体を作りたいとおっしゃっていたので、お互いに情報交換をすることに。

そして、新しい森林保全団体の事務局長をしてほしいと依頼されたのです。

社会問題にかかわる組織は、発信力にコンプレックスを抱えているケースがほとんど。僕が資金集めに苦労したのもその点でした。坂本龍一氏が発するメッセージは、森林保全の活動に光を当てる強いバックアップになると感じ、そのオファーをほとんど即決で承諾していました。

最初に手掛けたのは日本のプロジェクト。日本は、戦後の木材不足からスギやヒノキを森林にたくさん植えました。

ところが、それから50~60年経ち、スギやヒノキが育っているにもかかわらず、輸入の木材に市場を席巻され、そのままの状態になっています。植えっぱなしは過密状態を引き起こし、それぞれの木に光が行き渡らなかったり、地盤が安定せずに土砂災害の危険性が高まるなど、森林としては不健全な状態。適度に間引く「間伐(かんばつ)」をすることで、森林を健全な状態にする必要があるのです。

今も各地で間伐を行うことが主な事業です。さらに、収穫期を迎えて伐採したあとに別の木を植え、森林を多様な状態にしていくことも大切。地域に合った樹木を選ばなければならないので、地域ごとに別の専門家のナレッジをお借りしながら進めています。

資金を集め、地元の方の協力を得て、プロジェクトを進める。そのために大事なのはコミュニティとのつながり。地元で林業に関わる人たちと対話したり、お酒を飲んだりすることで、徐々に距離が縮まり、協力してくれる仲間が増えていくのです。

スギやヒノキを減らし、日本の森林にも多様性を。

森林保全団体more trees 事務局長の水谷伸吉氏

これからは、日本の森林の多様性を回復させていくことが目標。スギやヒノキだけでなく、多様な木々が育っていくと、保水力が上がり、土砂災害が減少する。生き物にとっても住みやすくなります。

一方で、海外の問題はとても難しい。熱帯雨林の破壊を止めることは、我々のような一組織ができることではありません。でも、長い目で見て、よりサステナブルな活動をしていくことが大事です。事業としても消費者としても、調達ルートの透明性を高めていくことが望ましいでしょう。

身近なことで言えば、日々の買い物は「投票」と同じだと思っています。例えば家具を買う場合、輸入木材ではなく、国産の木材のものを選ぶ。それが難しければ、FSC(森林管理協議会 Forest Stewardship Council)認証や、RSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議 Roundtable on Sustainable Palm Oil)認証のラベルのものを選んで購入する。日々の消費行動を通し、サステナブルな製品に投票することで、その活動を支援できるのです。

他にも、インドネシアに日本人を連れていくツアーも開催しています。自分の手で植林するだけでなく、僕が学生時代に体験したように、その地で森が破壊されていく様子を間近で見てもらう

それにより、人生観が変わったり、新たな行動につながったりしている人を目にすると、とても喜びを感じます。たくさんの人が環境問題にかかわることで、小さな力が大きくなっていくからです。