30代にしてNYへ渡り、ゼロからキャリアを再構築。そこから世界的なヘア&メイクアップアーティストとしてAクラス入りし、化粧品ブランド『CHICCA』のクリエイターとしてもファンを多く抱えるようになった吉川康雄さん
そんな吉川さんが新たなブランドを立ち上げ、メイクアップの概念を、メイク業界のお約束を塗り替えようとしている——。

吉川康雄(よしかわ・やすお)さんメイクアップアーティスト。ファッション誌や著名ブランドのキャンペーンビジュアルなどを手がけて活躍した後、35歳で渡米。ゼロからの再スタートながらそのキャリアと感覚が認められ、雑誌や広告撮影の他、コレクションのメイクなども担当。各国『VOGUE』の表紙を手がけるトップクリエイターとなる。セレブリティからの指名が多いことでも知られ、ヒラリー・クリントン、サラ・ジェシカ・パーカー、カトリーヌ・ドヌーヴらのポートレートメイクも話題に。Instagramはこちら

2019年7月、日本の美容業界に震撼が走った。一般ユーザーからはもちろん、プロの間でも愛用者の多い「CHICCA」がブランド終了を発表したのだ。ブランドクリエイターだった吉川康雄さんは、「自分の美しさをもっと大切にしてほしい」と、新たなブランド構築を模索し始める。多くの企業から声がかかる中で吉川さんはどことも組まず、自己資金100%で「UNMIX(アンミックス)」を立ち上げることを決断する

今回、吉川さんにビジネス面からのブランド構築、そのリスキーにも思える大胆な、そして限りなく自由な選択の理由について伺った。

スタートはリップから。逆転の発想で、その人のキレイを探す

「UNMIX」はそのスタートからしてユニークだ。メイクアップのブランドはデビュー時、どこも華々しいラインナップを携えて世に躍り出る。リップからアイシャドウ、チークにファンデーション……その充実ぶりこそ、ブランドのパワーを感じさせるものと受け止められてきた。

だが、「UNMIX」は真っ向からそんな“常識”に挑戦する。4月1日に登場した記念すべき第一弾は、なんとリップスティックとリップベースのみ、という潔さだ。

「もともとこのブランドは、2020年にローンチさせたいと思っていたんですよ。それがコロナ禍のために延期になってしまった。マスクが当たり前になったら、世の中が“アイメイクしよう!”という提案ばかりになりましたよね。その動きは化粧品ブランドの売り上げのためだけの訴求にしか見えない。
マスクをしていたら目が強調されるのだから、それ以上強調しなくていいんです。マスクをしていようがしてなかろうが関係なく、自分にときめくメイクを考えた結果、リップから始めることになりました」

マスクが当たり前になり、人々の気持ちが後ろ向きがちになり、街や人の景色がモノトーンになっている。

そう感じた吉川さんが、顔の中で唯一、赤の色素を持っている唇というパーツに注目するのは当然の帰結だった。

誰に見せるか、どう見られるかは関係ない。メイクアップとは、その人だけのキレイを引き出すためのものだと、吉川さんは断言する。「使う人のプラスになるもの、インスピレーションを与えてくれるもの、ポジティブになるためのものでなければ」。

“これがあるから助かるし、今日もテンションが上がる!”と言われる自分のためのメイクアップ製品。それこそが、UNMIXで吉川さんが目指すものだ。

“店を持つ”感覚をなくしたい。武器は手のひらの中にある

モイスチャーリップスティック グロウ レッドローズのメインビジュアル

コンセプトも製品展開もユニークなら、販売方法も独自路線をいくUNMIX。化粧品オンラインストア「ミーコ(meeco)」とイセタン メイクアップ パーティで先行販売を開始した後、4月から公式オンラインストアとイセタンミラー、ミーコ(meeco)、アットコスメのECサイトと旗艦店で取り扱う。D2Cビジネスモデルは今後も成長が見込めるとはいえ、吉川さんの知名度を考えると、百貨店のカウンターに置くのが当然と思う人は少なくない。

「これからのサービスは、丁寧語をたくさん使っておもてなししたからいいというものではないでしょ? コンセプトやメッセージをきちんと伝えることも、もちろん大切です。
しかしそれが店舗である必要はないんです。

たとえば、スマホは今やすべての人が持っている広告&コミュニケーションツールですよね。これらを利用すれば距離を感じずに会話することができます。今まで当たり前だった“店を持つ”という感覚をなくし、美容部員さんがいない状態で直接伝えていくことで新しいサービスを提供していきたいと考えています」

そんな戦略の背景には、“私の魅力って何? ”と女性たちに考えて欲しいという想いがある。製品について説明すればするほど、顧客は“見たもの”しか想像できなくなり、その範疇に自分を押し込めるようになる。もちろん基本的な紹介は必要だけれど、そこに自分で考える余地を残したいのだと語る。

3月10日から6日間にわたり開催された伊勢丹新宿店主催のイベント「イセタン メイクアップ パーティ」では、UNMIXの噂を聞きつけてたくさんの人が来場。SNSにはファンの投稿があふれ、それを見た人から「どこで買えるの?」といった質問が次々寄せられるなど、リップだけのブランドとは思えない盛り上がりを見せた。

ベンチマークはなし。原価率とマーケット規模でプライスを決定

モイスチャーリップスティック ステイン レッドローズのメインビジュアル

今回、どこの企業とも組まないことで自由に製品作りができた吉川さんは、マーケティングの“お約束”からも解き放たれた。次はこれが流行るというトレンド予測も、これが売れているというベンチマークも一切ない。あるのは「こういう仕上がりが美しい」という吉川さんの経験から生まれたゴールだけ

「プロダクトを作るラボの研究者は、調合のプロだけれど、“美しさのプロ”ではないんです。

僕はどんなメイクなら女性の美しさを引き出せるのか、どういう仕上がりを求めて製品を作るのかを知っている。多くの化粧品会社で勘違いされがちだけれど、プロダクトを作る側にすべてを委ねてはダメなのです」

セレブリティだけでなく、多くの一般女性にもメイクを施してきた吉川さんだからこそ言えるセリフだ。デビュープロダクツであるリップは、「唇の質感をできるだけ透けさせる、めちゃくちゃ薄い化粧膜を」とリクエストしたそう。

驚くべきことに、UNMIXは価格にもマーケティングが関与していない

「こういうランクのブランドだからこの価格、という考え方をしていません。原価率を出し、マーケットのニーズを見て決めている。女性たちが“この価格でなければ使わない”と思うのであれば、その価格で提供していきたい」

今秋に発表予定のジェルアイライナーは、なんとプチプラ価格で考えているとか。

日本のマーケターがそんな吉川さんの戦略を聞いたら眉をひそめるだろうが、ビューティよりも早くサステナビリティに直面してきたファッション業界においては、原価を公開するのも意外なことではない。エバーレーンのように材料費や人件費、出荷コストまで開示するブランドがミレニアル世代に支持されている時代に、徹底的に原価を意識したプライシングはむしろ自然な流れだ。「エクスペンスはなるべく作らない」と語る吉川さんならではのマネタイズ戦略といえるだろう。

コレクションは作らない。その代わり、一つひとつの製品にストーリーを

そしてもう1点、UNMIXがこれまでのビューティブランドと違うのは、「シーズンごとのコレクションを発表しない」というスタンスだ。

これもコスト削減のひとつと見られることがあるが、メリットはそれだけではない。

「シーズンごとにリップからアイシャドウ、チーク、ネイルなどのコレクションを一気に出すと、作る側もお客様も楽しいのは事実です。“今回はギリシャの島でのヴァカンスがテーマ”なんていえばテンションは上がるんですが、その反面、一つひとつの製品の良さや使い方が見過ごされがちになります。
思い切ってコレクションをなくすことで、一つひとつの製品や色のストーリーをじっくり説明できれば、使い方の提案もいろいろできると考えています」

そんな発想でコレクションをなくした分、5月からは毎月1色ずつリップの新色を発表するという。しかもそれぞれにメインビジュアル(上記2点のようなモデルビジュアル)をつけるという姿勢は、製品を大切にしているからこそ。購買欲を煽るだけの限定色は作らず、新商品のメインビジュアルに定番色を再び登場させる可能性もある。

「“私は新色より、前に買った色の方が似合う”って当たり前にあり得ること。大切なのは、それを自分の頭にインプットして、自分の美しさをきちんと受け止めるマインドを持つこと。それを表現するためのツールやプロダクトは、僕が作っていきます」

常識を覆す吉川さんの挑戦は、始まったばかり。カウンターもBAも持たないブランドの未来は、UNMIX(混じりけのない)な輝きに満ちている。

UNMIX

(写真左から)モイスチャーリップスティック グロウ 01 レッドローズ,同ステイン 01 レッドローズ 、各¥3,960 モイスチャーリップベース ¥3,630 /UNMIX <2021年4月1日発売>

UNMIXはこちらから。Instagramはこちら

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