画像:MASHING UP

人口減少によるマーケットの縮小や、競争力の低迷など、様々な問題を抱える日本。そのなかで、イノベーションを生み出すには、どのような視点が必要なのだろう。

そのヒントを探るため、2021年11月19日に開催したMASHING UPカンファレンス vol.5では、「イノベーション2022」と題したトークセッションを行った。

登壇したのは、あと払いサービスを提供するPaidyのCMO コバリ・クレチマーリ シルビアさん、メガネブランドのJINSを経て、現在はプロダクト開発や事業戦略の立案を手掛けるデジタル・クリエイティブスタジオSun*に所属する井上一鷹さん、そして資生堂 R&D戦略部マネージャーとして、オープンイノベーションプログラムfibonaのプロジェクトリーダーを務める中西裕子さん。第一線でイノベーション創出の現場に携わるリーダーたちは、イノベーションに必要なもの、不要なもの、また日本が秘める可能性をどう捉えているのだろう。

イノベーションを生み出すのは、「人」

(左から)モデレーターを務めたMASHING UPの遠藤編集長、Paidyのシルビアさん、Sun*の井上さん、資生堂の中西さん。 撮影:中山実華

イノベーションというと、どうしても敷居が高く、難しい印象を受ける。また、歴史ある大企業ほど、イノベーションが生まれにくいという声も聞かれる。資生堂の場合はどうだろう。

fibonaは、資生堂の研究員と外部の様々な人の知の融合から新たな価値創造を目指す、オープンイノベーション活動だ。スタートアップ企業との共創を目指したアクセラレーションや、顧客とのコミュニケーションを通じた共創などに取り組む。入社後、研究職として化粧品の処方開発研究からスタートし、現在はfibonaを率いる中西さんは、オープンイノベーションの目的についてこう語る。

fibonaはスタートアップや一般の人とつながることで、化粧品を超えた新しいものを生み出そうという活動です。そもそも資生堂が、『美の力を通じて、人々が幸福を実感できるサステナブルな世界』という、化粧品を超えた目標を掲げています」(中西さん)

井上さんはJINSにて、JINS MEMEという眼鏡型デバイスでヘルスケアのデータをとり、集中を測る事業を開発から手掛けた経験を持つ。さらに、「新規事業に携わりたい」という想いから、現在はデジタル・クリエイティブスタジオのSun*へ。

事業開発に必要な経営に携わる人材とクリエイティブ人材、そして不足しているIT人材のリソースを増やすために、東南アジアに日本語とエンジニアリングを教育する環境を作り、新規事業を起こすためのインフラ整備に取り組んでいる。

「日本の製造業が強かった時代を知っているので、どうしても日本のイノベーションを再度盛り上げたいという想いがあるんですよね。イノベーションといっても結局は人。多様な人を集めてナレッジをシェアし、新しいものを積極的に生み出していきたい」(井上さん)

リスクをとらないとイノベーションは生まれない

Paidy CMOのコバリ・クレチマーリ シルビアさん。ハンガリー出身。東京大学教養学部卒業。東京とニューヨークを拠点に、電通・世界4大会計事務所のひとつアーンスト・アンド・ヤング(EY)・Netflix Japanなどの業態や規模も異なる日系・外資系企業7社を経験。2019年から現職。 撮影:中山実華

オンラインショップ向けのあと払いサービスを提供するPaidyは、2021年にペイパルホールディングスに3000億円で買収されたニュースも記憶に新しい。急成長を続けるスタートアップは、事業のリスクとどう向き合っているのか。

「通常、買い物にはクレカや財布が必要。よりスムーズな購買体験を提供するため、Paidyはメールアドレスと携帯電話番号さえあれば買い物ができるシステムを作りました。リスクがあると感じるかもしれませんが、リスクをとらないと、イノベーションは生まれません」(シルビアさん)

そのイノベーションの源泉となっているのは、約30か国から集まった多様なバックグラウンドを持つスタッフだ。

シルビアさんは、「イノベーションを生み出すのはダイバーシティ」とし、同社の企業カルチャーについてこう話す。

ダイバーシティに加えて、人々の行動を後押しするデザイン思考とスムーズなCX、また変化や対立を恐れないこと、何より結果を出すためのアクションにこだわることを、大切にしています」(シルビアさん)

「人と話すことの楽しさ」に立ち返ってみる

Sun* Business Development Section Managerの井上一鷹さん。戦略コンサルを経て、メガネブランドのJINSに入社。新規事業である、Think Labの取締役も経験した。著書に『深い集中を取り戻せ ―集中の超プロがたどり着いた、ハックより瞑想より大事なこと』(ダイヤモンド社)などがある。 撮影:中山実華

続いて、イノベーションを生むための条件について語られた。井上さんは、「自分と違う脳みその人と、コミュニケーションをとること」と発言。

「重要なのは、異なる能力を持った人たちがどうシナジーを出すか。『ダイバーシティね、したほうがいいよね』ではなく、『自分と違う人と話すのって単純に楽しい』というマインドを作ることが大切です」(井上さん)

これに、「自分と違う人と話すことで、『自分が何をしたいか』を知ることもできますよね」と、中西さん。

「そもそも、イノベーションを生み出したいと思っても、自分が何をしたいかがクリアでないことは多い。それが、違う脳を持った人と話すことで内観できる。それって、イノベーションにとってすごく大事だと思います」(中西さん)

捨てるものを決めると、やるべきことが見えてくる

資生堂 R&D戦略部 マネージャーの中西裕子さん。スキンケア商品の処方開発研究に携わりながら、「このテクスチャーを人はどう感じるのか」など人を中心にした研究に従事していた。デザイン思考的アプローチを用いた研究を経て、現在のポストに。
撮影:中山実華

また、「イノベーションには引き算文化も必要」と、シルビアさん。

「いろんなものや人を組み合わせれば、よりよいものができる。しかし、いらないものを全部捨てて、必要なものだけを残し、『何をやらないか』を決めると、素晴らしいものが生み出せると信じています。

まず、自分を疑うことは、捨てていいでしょうね。自分の常識を疑うのはいいけれど、自分自身を疑い出すと自信をなくしてしまい、夢もなくなってしまいます」(シルビアさん)

中西さんは、「大企業にいる人ほど会社を背負い過ぎる傾向があるのでは」と指摘。

会社と、『その会社を背負っている自分』を捨てると、見える世界が変わるんじゃないかなと。会社が言うことに忠実に応えようとすると、がんじがらめになるからです。個人の想いから生まれるものもあるはずです」(中西さん)

そして最後に、「極論かもしれませんが、コントローラーとマネジメントは捨てていいと思います」と井上さんは語る。

「特にカタカナのマネジメントは、イシューごとに枠に分け、そこに部下を割り振って行動をウォッチする。そんなものは、立ち上げの時にはいらないんです。必要なのは枠ではなく軸であって、その軸にメンバーが集まるのが理想。新しいものを作るという熱意のあるメンバーを集められれば、マネジメントはいりませんよね」(井上さん)

日本の国民性が秘めた可能性

今後、日本企業が再びグローバルでの競争力を獲得するためには、いかに日本ならではの視点を活かせばよいのだろう。中西さんは「“そぎ落とす美”というか、シンプル化することに特化できると思います」と語る。

医食同源など、自然や食などすべてつながっていると感じられるホリスティックな世界観も、欧米にはないものですよね」(中西さん)

これに、「引き算の文化から無駄をなくすためのイノベーションができそうですよね。世の中には今も、無駄がたくさんありますから。無駄をなくして新しい価値を作ったり、“もったいないの精神”から無駄を生かしたりできるのは、日本人ならではです」とシルビアさん。

最後に、この3人にとってイノベーションとは何かを問いかけた。「夢を見ること」(シルビアさん)、「ワクワク夢中になれて、結果、人をワクワクさせられるもの」(井上さん)、「人の幸せを増やすこと」(中西さん)と、三者三様の答えが飛び出した。

イノベーションは、無理難題の苦しいことでも、奇跡でもない。多様な人が集まり、いらないものは捨て、本質を見極めることで、夢中になれるヒントが見つかるかもしれない。

撮影:中山実華

MASHING UP conference vol.5

イノベーション2022

コバリ・クレチマーリ シルビア(Paidy CMO)、井上一鷹(Sun Asterisk Business Development Section Manager)、中西裕子(資生堂 R&D戦略部 マネージャー)、遠藤祐子(メディアジーン MASHING UP編集長 / メディアジーン執行役員)

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