画像:MASHING UP

女性起業家、女性投資家はなぜ少ないのか。スタートアップの世界で課題となっているジェンダーギャップの要因、解決策を、起業家・投資家双方の視点から探る。

MASHING UP SUMMIT 2022「スタートアップ/VC業界のジェンダーギャップをどう変えていく?」では、投資家、起業家の視点からさまざまな問題点が浮き彫りになった。

スピーカーには、MPower Partners ゼネラル・パートナー キャシー松井さん、新生企業投資 マネージングディレクター黄春梅(ホァン・チュンメイ)さん、CIC Tokyo ゼネラル・マネージャー名倉勝さんが登壇。モデレーターはスリール 代表取締役社長堀江敦子さんが務めた。

女性起業家自身にも内的要因があるのでは?

新生企業投資 マネージングディレクターの黄春梅さん。 撮影:中山実華

まずは、この日同会場で開催された「起業家をとりまくジェンダー課題を考えるワークショップ」(金融庁政策オープンラボ+MASHING UP)で発表されたデータを、邦銀系初のインパクト投資ファンドを創設した黄(ホァン)さんが紹介した。

2017年時点で、起業家に占める女性比率は34.2%です。『少なくないのでは?』という印象を持つかもしれませんが、法人化した数字は2021年で14.2%。個人事業主で独立した人は多くても、会社や組織にしている人はまだまだ少ないのが現状です。

また、『資金調達』の数字を見てみると、上位50社のうち、創業者に女性が含まれる企業が資金調達をしたのは2019年で2%、女性が代表を務めるVCは1%という数字です。資金調達を行い、上場を目指していけるところまで至った方は、まだ少ないことがわかります」(黄さん)

さらに、新規上場企業における女性社長の比率は2%。かなり少ないということが見えてくる。ではその要因は何か。そこには内的要因があるという。

スリール 代表取締役社長の堀江敦子さん。 撮影:中山実華

堀江さんは起業家として、自身にもバイアスがあったと話す。

「私は起業した側ですが、確かに『IPOしなければいけない』『組織を急成長させなければいけないが、組織が壊れてしまうのでは』という不安がありました。スケールよりもリスクヘッジをとってしまうということは自身の経験でもありました」(堀江さん)

それに対し、スピーカーはそれぞれの視点を以下のようにコメントした。

「インパクト投資ファンドだけで見れば、現在12社出資していますが、女性が社長を務める企業は1社のみです。女性・男性をとくに意識はしていませんが、結果的にデータとしてはやはり少ないと言えます」(黄さん)

さらに、「コミュニティに入れない」「飛び込む勇気がない」という問題もあると指摘する。

「女性の社長たちからは『コミュニティになかなか入れないので、情報も入手しにくい』という悩みを聞きます。ネットワークに入れない、あるいは自ら飛び込む勇気がないのは、女性起業家の内的要因の一つだと思います」(黄さん)

よいサポーターに出会えれば女性起業家も成長できる

MPower Partners ゼネラル・パートナーのキャシー松井さん。 撮影:中山実華

早い時期から、女性のキャリアと経済について分析、発言を重ねてきたキャシー松井さんは、この課題解決のために「サポーターの重要性」を挙げた。

「金融庁のデータを見ると、日本は危機的状況だと思いますが、実はアメリカもそんなにいいわけではありません。VCのファウンダーのうち、女性ファウンダーに投資されるのは2割。8割強は男性ファウンダーの企業に行ってしまうという現状もあります」

「ただ、よいメンターやスポンサーがいれば女性起業家も成長できます。スタートアップでもVCでも、サポーターが必要です。

男性だって、ひとりで戦うのは無理ですよね。女性は遠慮しがちで、(わからないことを)人に聞いたりしない。でも周囲の人に『こういう人知りませんか?』と聞いてみると、紹介してもらえることも。その遠慮の部分は克服していくべきです」(松井さん)

そこで「パーソナルBOD(取締役会)を作るべき」とアドバイスが。子育てのアドバイスからキャリア、経営のことなど、悩んでいるすべてのことにアドバイスをもらえるネットワークをつくれば必要な人につながっていくことが可能だと話す。

「私は、正直なアドバイスをくれる人を勝手に選んでいます(笑)。日本はアメリカよりもずっと小さなマーケットなので、必要なネットワークを作ることは難しい事ではないと思います」(松井さん)

誰もが起業のサポートを受けられる社会であるべき

CIC Tokyo ゼネラル・マネージャーの名倉勝さん。 撮影:中山実華

スタートアップが日本でも最も多く入居するイノベーションセンターでゼネラル・マネージャーを務め、多くの女性起業家を見ている名倉さんは、ピッチコンテストに立つ女性が少ないことを実感し「バイアスが確実に存在している」と懸念する。

「一方で、自信をもってピッチをする女性起業家の方ももちろんいます。彼女たちを見ていると、その多くの方にはサポートしてくれる人がいて、さまざまな困難を乗り越えてきたのだと感じることはあります。もちろん、それは女性にのみ当てはまるということではありません。起業という困難なキャリアにおいて、誰もが、その状況に応じて起業のサポートを受けられる社会であるべきです」

「また、もっとファンダメンタルな部分、教育の段階からそういう雰囲気を作っていくことが必要ではないでしょうか。理系文系におけるジェンダーの偏りの議論もありますが、起業というものが女性にとっても男性同様の普通の選択肢になっているのかどうか。

支援体制やメンターの充実を図る前に、ファンダメンタルな意識の部分を全体で変えていかなければならない気がします」(名倉さん)

取り組みのひとつとして、CICが主催するイベントは、登壇者のマイノリティ比率が50%を目指しているという。「人口動態と等しい比率が自然」というのがCICの考え方だ。

そして松井さん率いるMPower Partnersでも、登壇依頼があった場合は「登壇者の10%以上がマイノリティであること」とルール化している。これは「10%に満たないのであれば引き受けません」ということではなく、10%以上になるように他の登壇者を推薦するなど、働きかける取り組みである。

多様なジェンダーバランスは経済的利点を導く

撮影:中山実華

内的要因の対策には周囲のサポート体制が不可欠というだが、構造的にも問題は多いという。

松井さんは「もっとハッピーなストーリーがあるはずで、それを伝えるべき」と指摘する。

「長時間労働やつらい、大変だということばかりにフォーカスされがちですが、起業の成功例が見えることが重要です。マスコミ含め、我々支援者側もネガティブな側面ではなく、もっと希望を持てる将来のパスを提示しなければなりません。自身のワークライフバランスをマネージできる会社、自身が大切に思う価値観、パーパスのある会社を自分で起業した方がいい。その楽しさを伝えるべきです」(松井さん)

黄さんもその意見に賛同。教育とロールモデルの存在が不可欠だという。

「小学生からでもいいので、起業の楽しさ、投資家の醍醐味などを知ってもらうことが必要だと思います。そして興味をもったときに、ロールモデルが見えると『私もやってみよう』という行動に移せます」(黄さん)

さらに、黄さんは、「多様なジェンダーバランスの3つの利点」という興味深いデータも紹介した。

1つめは、ダイバーシティには経済的利点があるということ。2015年にOECDが行った推計ですが、女性の労働参加率が2030年までに男性並みに上昇すれば、なかった場合に比べて、GDPが19.1%も増加するとみられています。2つめは、投資パフォーマンスが上がるということ。KPMGの調査によると、ヘッジファンドリサーチのデータで女性が運用するヘッジファンドで2007年から2015年までの累計収益率は、全体平均が36%なのに対し、それより22%も上回り、59.3%となっています。

3つめは、ダイバーシティが効いている取締役会の優れたガバナンス機能です。クレディスイスのCS Gender 3000というデータで、2005年から2014年まで、女性取締役がいる企業のROE(株主資本利益率)ですが、取締役が男性だけの企業より2.9%高くなっていました。

また、気候変動についても注目されています。2020年のブルームバーグと笹川平和財団が、120か国11700社が公開しているESGデータを分析した結果、ジェンダーダイバーシティが気候変動に対するガバナンス、および気候変動のイノベーションと正の相関性があることが明らかになりました。取締役会で女性役員が30%以上の場合は、とくにその相関性が顕著に表れています」(黄さん)

名倉さんはこの数字に驚くとともに、この現状が知られていないことも構造的問題だと指摘した。

「社会の構造的要因でいちばん問題だと思うのは、その構造的要因に多くの人が気付けていないというメタ的な部分にあると思います。例えば、今回のようなダイバーシティ関連のイベントでダイバーシティの話をするのはよく見かけますが、ダイバーシティにフォーカスしたイベント以外の場でも普通に議論される環境になっていかないと、結局は元から同じ問題意識を持った人同士の同じ議論になり状況は変わらないでしょう。これからの日本のスタートアップの世界展開を推進しようとすると、ダイバーシティやジェンダーギャップはスタートアップ業界やイノベーション業界の一番大きなアジェンダの一つと思います。

特定のジェンダーや国籍に偏ったチームでは世界でなかなか勝てません。全員がその意識をもって、それぞれの活動の中で議論していく必要があると思います」(名倉さん)

スタートアップ庁、コミュニティ…現状を打破するためにできること

撮影:中山実華

では、今からできることは何か。それぞれの意見を最後にご紹介する。

「こじんまりとしたサポートやネットワークはいくつもあるんです。しかし、もっと横断的なものが必要だと感じます。たとえばスタートアップ庁ができてもいい。あるいはアカデミア、民間、政府をつなぐようなものができることを期待します」(松井さん)

「コミュニティが解決の鍵だと思います。女性やマイノリティをサポートするコミュニティをつくるだけでなく、既存のコミュニティの中に、DEIを大切にする考え方をインストールすることが大事。それをするための一つの方法は、ピッチの審査や投資の基準にダイバーシティが入っていること。そのようにダイバーシティを担保することに長期的な経済的合理性があるのは事実ですから、それを明文化して取り組んでいくことではないでしょうか」(名倉さん)

「小さい頃から教育を行い、社会は失敗を容認し、リスクを取っていけるような若い人が増えていくといいですね。それから、起業される方たちは、とても画期的なことをしていても、事業の良さを端的に伝えられていないケースがあります。自分の会社が事業を通じ社会課題解決にどこまでインパクト(経済的価値と社会への効果)を創出しているかをきちんと可視化・言語化することができると良いかもしれません。事業の優位性を整理し、データをもって事業を改善していくためには、インパクト投資のインパクト測定・マネジメント手法は役立ちます」(黄さん)

起業を考えている人だけでなく、社会全体で考えていかなければいけないジェンダーギャップ問題。

日本の経済が成長し、結果を出していくためにはひとり一人の意識改革が必要だ。

撮影:中山実華

MASHING UP SUMMIT 2022

スタートアップ/VC業界のジェンダーギャップをどう変えていく?

堀江敦子(スリール 代表取締役社長)、キャシー松井(MPower Partners ゼネラル・パートナー)、名倉勝(CIC Tokyo ゼネラル・マネージャー)、黄春梅(新生企業投資 マネージングディレクター)

女性起業家の成長を妨げるジェンダーバイアス。金融庁と課題解決イベントをコラボ

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