「価値の源泉は人」という考え方のもと、ジェンダー平等を第一歩に、あらゆる属性・価値観を受け止め生かしあう組織を目指すリクルート。執行役員としてリクルートホールディングスでPRを、リクルートでCHRO、広報・渉外、サステナビリティを担当する柏村美生さんは、事業領域を歩んできた経験から「事業戦略の重要な要素としてのDEI」を考えることが重要だと指摘する。
柏村美生(かしわむら・みお)
株式会社リクルートホールディングス執行役員 経営企画本部 PR兼株式会社リクルート執行役員 人事(CHRO)、広報・渉外、サステナビリティ。大学卒業後、1998年、リクルート(現リクルートホールディングス)に入社。2003年『ゼクシィ』の中国進出を提案し、中国版ゼクシィ『皆喜』を創刊。帰国後、『ホットペッパービューティー』事業長、リクルートスタッフィング代表取締役社長、リクルートマーケティングパートナーズ(現リクルート)代表取締役社長などを経て、2021年4月より現職。大学時代は社会福祉について学び、障がい者の社会参加をサポートする仕事がしたいとソーシャルワーカーを目指してボランティアに明け暮れた。東京大学PHED(障害と高等教育に関するプラットフォーム)専門部会委員
事業改革もDEIも「生き残り」をかけたサバイバル
──まずは柏村さんの、これまでのキャリアについてお聞かせください。
柏村美生さん(以下、柏村):1998年に新卒でリクルートに入社しました。キャリアでいうと最初の3分の1は、“立ち上げ系”のビジネスが多かったですね。もっともチャレンジングだったのが、リクルート初の海外事業である中国版「ゼクシィ」の立ち上げです。結婚2年目でしたが、責任者として上海に渡り、6年ほど単身赴任していました。
夫は「やりたいなら」と応援してくれましたが、あるとき東京の家に帰ったら、1年は持つはずのマヨネーズの賞味期限が切れていたんです(笑)。ずっと一人だったから使いきれなかったんですね。
次の3分の1は既存事業のターンアラウンド。今あるビジネスの価値を再定義して、組織の評価軸を大きく変えながらトランスフォーメーションするといった仕事です。2012年に責任者となった「ホットペッパービューティー」では、クーポンメディアからマッチングプラットフォームへの事業変革をめざし、SaaSサービスの導入をすすめ、ネット予約を“当たり前”にするというチャレンジをしました。 そして2016年から人材派遣サービスの「リクルートスタッフィング」へ。社長として、クライアントや派遣スタッフと日々接点を持つ営業スタッフの評価指標を、クライアントの満足度から派遣スタッフの満足度に大きくシフトするといった改革を約3年かけて行いました。
──「ホットペッパービューティー」による美容産業のDXは、まさに社会を変えましたね。
柏村:変えたというよりは「変化を加速した」という感じかもしれませんが、人々の習慣が変化していく過程に立ち会えたのは貴重な体験でした。大きく変わったことのひとつは、路面店ではない、例えばビルの5階にあるようなサロンでも、ネット予約によって集客できるようになったこと。予約の管理、レジ締め、お客様管理などの業務を効率化するサービスを提供したことで、美容師さんが本来時間を割きたいヘアカットや接客に集中できるというお声もいただきました。将来的にシステムが進化して、曜日や時間帯などによって価格を変動させることができたら、サロンの収益はもっと上がると思います。
──第1期は新規事業の立ち上げ、第2期は既存事業の改革を担われて、「リクルートスタッフィング」社長、「リクルートマーケティングパートナーズ」社長を歴任された。2019年から執行役員としてコーポレート部門に入られて、人事・広報・渉外・サステナビリティを担当されている今が第3期ということですね。
柏村:はい。ずっと事業に専念してきた私としては晴天の霹靂(へきれき)でした。ただ担当領域という意味では違いはありますが、結果的には一緒なのかなとも感じています。
というのも、リクルートは未来にどんな価値を残せるのか──そことのギャップを埋めるために、どのような戦略でアップデートしていくかをずっと考えてきましたから。特に人事の役割は、10年後のリクルートが新しい価値を生み出す会社であり、続けられるかというチャレンジです。DEIもその一環であり、会社の生き残りをかけたサバイバルルールとして取り組んでいます。
DEIは大学時代から続く自分の核
撮影/キムアルム──柏村さんご自身も、学生時代から多様性について考える機会が多かったと伺っています。
柏村:大学で社会福祉を学び、特に精神障がいの方のサポートを続けてきたので、DEIは自分の核にあるテーマです。ソーシャルワーカーを目指したこともありましたが、福祉だけでは社会は変えられないのだと考えるようになり、ビジネスの側からできることを探してみようと思ってリクルートに入りました。「ホットペッパービューティー」のときも高齢者や障がい者の自宅でヘアカットをする訪問美容師を増やす活動をしています。車椅子で美容院に行くことの大変さを学生時代に体感していたので。
ありがたいことに、リクルートにはそういう個人のテーマとビジネスをシンクロさせることに対して、応援してくれる企業風土があるんです。これからもリクルートの役員として、ビジネスの側から労働市場のアップデートを仕掛けていけたらと思っています。
──ご自身の元々のパッション、あるいは人生のテーマとビジネスや会社の中でのロールをシンクロさせることができたというのは希少なことですね。リクルートには「価値の源泉は人」という理念があるとのことですが、本当によく「人」をご覧になっている。
柏村:社長にも「あなたは自分のアイデンティティが出るものに対しては、めちゃくちゃ早口になるね」と言われます(笑)「価値の源泉は人」という考え方は崇高に思われがちですが、実体は少し違うのかもしれません。もともとリクルートがつくってきた分厚い情報誌は、ある意味では情報を集めて印刷して配布するだけですから、非常に模倣されやすい。物質的資産で勝負できないビジネスだったから、唯一の財産である「人」を活かし、当たり前を超えて進化し続けることでしか勝ち残れなかったんですよね。
創業当時(1960年)は小さなベンチャー企業で入社希望者も少なかった。それで「学歴男女国籍差別なし」という告知を出したところ、4人の枠に2000人を超える応募があったそうです。このときに入ったのが優秀な女性と、優秀な高校を卒業したばかりの男性。つまり創業当時からDEIがサバイバルの鍵だという認識があり、だからこそ活躍する女性も多かったということなのかなと思います。
──カルチャー的にもジェンダーギャップというのはあまりない?
柏村:個人的にはまったく感じませんでした。
データから見えてきたアンコンシャスバイアスへの対処法
柏村:まず基本的に、リクルートでは「価値の源泉は人」という考え方が共有されており、多様な人材を活かしきることが事業成長に繋がると考えています。新しい価値の創造に向けて、めざすのは「あらゆる属性、あらゆる価値観を受け止め生かしあう」リクルートになること。そのなかでDEIの一歩めとして、2030年度までにリクルートグループの合計で各階層の女性比率を約50%にするという目標を明示しました。
各階層、つまり部長も事業長も役員もということなので、なかなかハードなチャレンジです。よく「ジェンダーパリティ(ジェンダー公正)と言うけれど、なぜ結局女性だけの話をするの?」といった議論がありますが、私自身は現実的な取り組みだと捉えています。というのも、障がい者や外国人と一緒に働いた経験がある日本人はまだまだ少ないけれど、異性とは子どもの頃から一緒に過ごすわけですよね。そんななかで 女性さえもエクイティ&インクルージョンできなくては、次の段階には行けない。まずはジェンダーを主軸にしながらDEIを広げていくという戦略のほうが合理的です。
──女性はマイノリティのなかのマジョリティであるということですね。柏村さんが人事のロールにアサインされて、最初に取り組まれたのはどんなことでしたか?
柏村:徹底的にデータを見ることです。なぜ男女の差があるのか、入社してからどこで差が生まれるのかを、3人ほどのチームで半年をかけて、データから仮説検証を深めていきました。 するとギャップが生まれるポイントがいくつかあったので、そこを可視化しながら経営会議で議論するということを繰り返しました。要するに総論や感覚で語らない。データで語る、ファクトと仮説検証をもって話すということです。
そうやってデータに基づく仮説検証を回していくうちに、今まで「リクルートは男女差がない」と思って過ごしてきたけれど、ちょっと違うぞと思い始めたんです。「できる人を任用した結果、現在の男女差が生じただけ」ということでは、おそらくない。
撮影/キムアルム──もしかしたら、ご自身がちょっと例外だったのかな? とか。
柏村:私はめちゃくちゃ異動が多いんですよ。リクルートで25年間働いてきましたが、いま11部門目なんです。振り返ると、この異動が、引き出しを増やしたり、できることを急激に増やすきっかけになったと思います。
さらに管理職、マネジメントに任用するときにも男女差が生まれるポイントがありました。 人材育成について議論する人材開発委員会という場で「管理職候補者」についても議論する場があるのですが、議事録を見たところ、候補者に求める働き方やリーダーシップのスタイルが画一的になっている部分があることがわかりました。「ここはハードなネゴシエーションが多いから強いリーダーシップが必要だ」とか、「クレーム対応に強い人がいい」とか、従来のリーダー像をベースにした会話などがありました。
そこでとった施策が、管理職要件のアップデートと明文化です。明文化されていないと、リーダーシップのスタイルや経験の幅、意欲・覚悟、働き方などに、悪気なくアンコンシャスバイアスが入り込む可能性があります。より良い組織であり続けるために、無意識に成功体験を踏襲しようとしてしまうんですね。 組織長が中心になって「自分たちがめざす組織のリーダーに本当に必要な能力は何か」を議論し直した結果、判断軸が明確になり、要件以外のバイアスが入り込む余地を排除できるようになってきました。この成果は短期間で出まして、導入した組織では、導入前後で比較すると、課長職の女性の候補者は1.7倍、男性は1.4倍になりました。
つまり「強いリーダーシップがある」とか、「経験の幅がある」など、無意識に過去の管理職と同じような人を候補者に選んでしまうので、女性はもちろん、男性も外れてしまう人がたくさんいたわけです。本当に必要な能力にフォーカスすることで、多様なリーダーがより生まれやすくなったと思います。 アンコンシャスバイアスがあること自体は間違いではありません。人間なら誰もが持っているものですから。だからこそ、必要ではないときにバイアスを排除できるような仕組みをつくることが大切なのではないでしょうか。
事業戦略とDEIを「分けない」ことが重要
撮影/キムアルム──この3年間、柏村さんがDEIに向き合って来られたなかで、特に大きなハードルだと感じられたことがあればお聞かせください。
柏村:管理職要件の明文化の次に私が取り組んだのは、DEI戦略を人事のなかだけで終わらせず、各事業の中長期戦略に組み込むことでした。事業長が事業の3カ年計画を立てるのと同じように、事業ごとに、DEI推進の3カ年計画を策定してもらいました。事業戦略として人・組織・体制を考えることと一気通貫して、DEIの計画策定を事業長にお願いするという……。それまでは主にDEI推進室が計画策定しており、事業現場が自ら計画策定するのはこれが初めてだったので、半年以上かかりました。
リクルートという会社は、トップダウンではなく、ミドルボトムアップのカルチャーを持つ会社なんです。「価値の源泉は人」という価値観が根付いていることもあり、人材マネジメントに関しては事業長も経営陣もそれぞれ想いがありますから、議論も非常にハードになります。
それとジェンダーパリティに関しては「慣性の法則」ではないけれど、成功体験がないので“戻る”んですよね。オセロの四つ角を取ったつもりが、いつのまにか三つ角になっているという感じ。だからこそ、各事業がDEI推進を自分事化して、事業戦略に沿ったDEIのゴールと、事業特性に合わせた課題設定、解決策を策定したことが強い推進力になっていると思います。そして、私たちコーポレートスタッフも、なぜこの課題に取り組むのかという話は、あちこちで手を変え品を変え伝え続けています。
アンコンシャスバイアスの背景には、本当にいろいろな人の感情や生き方の違いがあります。これは当社にもありますし、社会の中にもある。困難なハードルというよりは、むしろ当然のことなのかもしれません。
多様なバックグラウンドを持つ人が「価値の源泉」であるからこそ、私たちはDEIに向き合い、なぜ必要なのかを対話しなければならない。それも人事だけではなく、皆でさまざまな角度からアプローチしていきたいと、魂を込めて伝え続けています。
──これまで柏村さんは、「リクルートは未来にどんな価値を残せるのか」という視点で、さまざまな事業を再定義してきました。今後、企業がDEIを実現するためには、どのような再定義が必要だと思われますか。
柏村:人事戦略とDEI戦略、事業戦略とDEI戦略を分けているとしたら、それはもう無理だということ。事業成長、価値の創造のためのDEIでなければならないし、“分けない”ということが大事です。これらを一つにしない限り、DEIは女性だけの課題になってしまうでしょう。 事業戦略を考えてきた私だからかもしれませんが、そのための方策をメカニズムにしないと、言葉だけで終わってしまうという危機感があります。このことは私から次の人へのバトンを手渡すときにも、きっと遺言のように言い残すと思います。