撮影/中山実華

商売のデジタル化を支援するサービスを展開する STORES。人事部門を「People Experience(PX)」としている。

EmployeeではなくPeople Experienceにこだわったのは「人事はプロダクト開発と同じ。従業員と考えるのではなく、ユーザーと捉えよう」という視点から。コイニーとストアーズ・ドット・ジェーピーの2社を経営統合し、急成長して従業員が倍増している STORES のDEIとは。

DXで日本のGDPを上げたい

佐俣奈緒子(さまた・なおこ)さん/STORES 取締役。1983年生まれ。広島県出身。 2009年に米ペイパルに入社。 マーケティング担当として日本法人の立ち上げに参画。 2012年3月、コイニーを設立、代表取締役社長に就任。2018年2月にストアーズ・ドット・ジェイピーと経営統合し、事業持株会社としてヘイを設立。2022年に商号を STORES に。人事組織を中心としたPeople Experienceを担当。 撮影/中山実華

──まずは佐俣さんの、これまでのキャリアについてお聞かせください。

佐俣奈緒子さん(以下、佐俣):新卒でペイパルに入社してマーケターとして働いていたのですが、数年働いた頃に「自分で起業したい」と思ってつくったのがキャッシュレス決済サービス会社の「コイニー」です。

──「この市場は伸びる」という確信はどのように掴んだのですか?

佐俣:大きく3つあります。まず、欧米ではキャッシュレス決済会社が既に出てきていたこと。その背景はスマートフォンの登場です。2つめは日本でガラケーとスマホの出荷台数が逆転したこと。統計を見ても、この先スマホが市場を占めるのは間違いないと。

3つめは日本のキャッシュレス比率がグローバルで見ても低かったということです。EC市場は伸びているわけですからオンライン決済も当然伸びますよね。ところが、当時日本は9割がまだオフライン決済だった。スマホの出荷台数は止まらないし、日本でキャッシュレス率も上がり始める。絶対伸びる市場だと仮説を立てたのが2010年です。2022年にクレジットカードの利用額は100兆円を超えました。当時は30兆円くらいだったので、仮説は合っていたと思います。

──パンデミックも影響しましたね。

佐俣:そうですね。政府は2025年にキャッシュレス比率40%の目標を掲げているのですが、間違いなく達成するでしょう。パンデミックも後押しになったのは間違いありません。

──では STORES の事業内容、現況を簡単に教えてください。

佐俣:実店舗向けのキャッシュレスサービスとネットショップ開設サービスの提供からスタートし、今はお店のフロントオフィスのDX化を支援しています。バックオフィスには経理、総務、会計などがありますが、私たちはフロントオフィスである予約、決済、レジなど、お店と顧客の間のサービスを提供しています。

フロントオフィス業務をDX化すると、お客様がいつどこで何を買っているかなど、多店舗展開に活かせるような、経営の意思決定に活かせるデータを集めることが可能になります。お店のオペレーションにDXが組み込まれることが重要なので、今はそこに注力している状況です。今後は、経営のサポートまで事業領域を広げていきたいと思っています。

──確かに、日本の店舗経営に関してDXは手薄という印象ですね。

佐俣:デジタルデータを残さなければ、物事を統計的に扱えません。

1日に何本電話が来て、どれだけ予約が入り、どのような問い合わせがあり、誰がサービスを行ったのか。Aさんはいつ来店していくら購入した、2か月後はこういうものがほしいのではないか等、デジタルデータは顧客行動の把握にもつながります。意外と「紙で管理」している会社も多く、データ分析ができていないんですね。

そして、これは多くの中小企業に見られます。日本の法人の99%は中小企業と言われ、そこがDXを推進し、生産性を上げて元気になっていくと日本のGDPも上がっていく、むしろ上げていきたいという思いです。

ユーザーを増やすのが採用、経営はカスタマーサクセスを提供

撮影/中山実華

──佐俣さんは事業畑の経営者だと思うのですが、 STORES ではなぜ人事領域に?

佐俣:経営統合(※)をしたときに、今の代表取締役社長の佐藤裕介に外部から来てもらったんです。彼はとてもビジョナリーで未来を見る力がある。経営にはいろんなパターンがありますが、この会社をどこに持っていくか、マクロトレンドの中で勝ち筋を定めるのが得意な人物なので、彼がトップに立ってもらった方がいいと判断しました。そして当時ブラケットの代表だった塚原文奈とコイニーの代表だった私の3名で始めるわけですが、塚原はプロダクトを生みだすのが得意。ある意味消去法的に、私が人事を見ることになったという経緯があります。(※ 2018年にコイニーとストアーズ・ドット・ジェーピー(旧:ブラケット)が経営統合を行った。)

──人・モノ・お金で分けたという感じですね。

佐俣:そうですね。

消去法と言いましたが、人事は経営課題としてはかなり重要で、私がフルコミットして見ることを決めました。当時私はまだ決済の事業を持っていたのですが、自分のリソースはすべて人事に振り切ったという感じです。

社長でいる、ということへのこだわりはなく、むしろ社会の中の解きたい課題に対し、仮題を検証していくほうが楽しいタイプ。自分が立てたロジックが実証されていくのを見たいんですね。今回はこの経営課題に取り組むという考え方でした。

──佐俣さんの人事戦略は?

佐俣:人事ってかなり専門領域で、私は何も知らなかったんですね。でも、組織づくりは「プロダクト開発だ」と認識してスタートしました。そのため、人事部門は「People Experience(PX)」という名称に

従業員はいわゆるユーザー(利用者)です。そのユーザーを増やすための活動が採用にあたります。そしてユーザーがより活躍してくれるカスタマーサクセスが必要。それが人事システムです。

新規ユーザー獲得(採用)には採用マーケティングやイベントで露出を増やし、カスタマーサクセスには人事システムの強化を行いました。

6年前と比較すると、多くの方に入社いただいて組織も大きくなりました。人事制度もシステム化し、データ化したことで利用率や有用性などが明確になり、会社の成長に合わせてアジャイルしながら改変しています。

──経営統合で、会社間のカルチャーの違いなどの障壁はありましたか?

佐俣:そうですね、企業文化の違いを「目線合わせ」していくことが私のもうひとつのミッションでした。2社が一緒になるためそれぞれのゴールが変わり、経営戦略が変更になることを社員に伝え続けなければなりません。経営側からは「会社を大きくすると決めた」というメッセージを発信し続けていました。社会課題を解決するためには、会社を大きくする必要がある。STORESはいつもお客様が中心。会社が成長してお客様の課題解決をしていかなければならないと伝え続けています。

当時は、社員が採用イベントで自分の言葉で STORES のことを説明する機会を持つなどの取り組みも頻繁に実施していました。対外的に自社の説明をすることが、会社の理解につながるのではないかと考えていたからです。

データ分析して見えてきたジェンダー課題

撮影/中山実華

──ダイバーシティの取り組みはどのようにスタートしたのでしょうか?

佐俣:会社が大きくなり、システムで組織をうごかさなければならないタイミングにきていると気づいたのが21年で、そこからダイバーシティが課題になってきました。

2018年に経営統合した時は50人前後の会社だったのですが、2020年に私が第3子を出産して戻ってきたときには300人を超える組織に。

これまでは採用を優先していたこともあり、組織を運営するための人事システムが手薄になっていることに気づきました。ここからさらに会社を成長させていくとなると組織開発が必要です。そこで人事企画チームをつくり、システムも見直して作り直しました。

人事に関することをすべてデータ化すると、何が起きているか一目瞭然です。たとえば、特定のチームは女性比率が高いとか、女性マネージャーの採用経路など、いろんなものが見えてきたのです。改めて自分たちの課題、予測値からくる問題の深さをはっきりと理解しました。社内取締役も男女比が2:2だったのですが、塚原が育休に入ったことでバランスが変わり、考え直すきっかけとなりました。

──佐俣さんはじめ、ボードメンバーはジェンダーニュートラルな印象です。

佐俣:確かに私はジェンダートピックを意識したことはありませんでした。他のボードメンバーもニュートラルゆえだった気がします。ただ、実際に妊娠期や子育ての大変さを経験すると「完全にフラット」ではない時期がどうしてもあることを痛感しました。平等、公平が問われる中で、これは向き合わなければならないアジェンダだと思うようになったんです。長期的に支持される会社になるには、このアジェンダは避けて通れません。

──管理職登用についてもDEIを意識されていますか?

佐俣:もちろんです。例えば、私が任用したマネージャーには、女性多かったわけですが、ジェンダーはまったく意識していませんでした。しかし、無意識のうちに働きやすい人を選んでいた可能性は否定しきれません。バイアスはなくなるものではない、という前提で考えると、チーム内で偏りががなくなるような仕組みや人の配置ににしていかなければならない。そうしなければ偏りは再生産してしまいます。

──その考えはスムーズに受け入れられたのでしょうか。

佐俣:一定の議論はありましたね。代表の佐藤とはよくこの話題をしてすり合せていましたが、例えば、ジェンダー課題に投資をすることで本当に事業が伸びるのか、お金の使い方として正しいのか、予算を他に振り分けたほうがいいことはないか等の意見も出ました。

ただ、最終的には責任をもって私と佐藤がコミットしてやると宣言し、進めることに。本当に事業に貢献するのか、この投資がROIにどう影響するか、女性管理職の比率を上げたらどれくらいの事業インパクトがあるかというのは短期間ではなかなか説明しきれません。だから、「どういう組織がかっこいいと思うか、社会に誇れるのか」と。経営における「美学」として話しました。

この先長期で意思決定を重ねていくときに、正しさの確率で考えると、絶対に多様な方が勝つと思っています。

KPIは採用母集団を増やすこと

撮影/中山実華

──おっしゃる通りですね。女性の数字を伸ばす具体的な取り組みは何かありますか?

佐俣:データを見ると、採用プロセス上のジェンダーギャップはありませんでした。むしろ女性の方が通過率は高かった。ではなぜ女性の数が少ないかというと、応募の母集団が足りていないんです。そのため、まず採用母集団を増やすことをKPIに。各職種で何%の母集団をつくるかを掲げて進めています。

もうひとつが任用です。管理職の任用は男女1:1を目指しています。必ずしも同じタイミングに上がらなくても、ある一定の期間内でバランスがとれるように、男性が一人と登用されたら女性も上げる、という取り組みを行っています。そうすると、次の候補は誰か、あるいは候補が足りないなど、全体の状況を見て課題を特定しながら進めていくことができるのです。数字を置いて意識すると、数字が行動を規定していく部分もあり、みんなの頭の中にも意識として入っていくため、弊社ではそのやり方が合っていると思います。

──1月にダイバーシティレポートを発表されましたが、数字の進捗は?

佐俣:2030年に女性管理職比率40%、正社員採用における女性比率をエンジニア職の女性を30%以上、それ以外の職で50%という数字をKPIにしていますが、2024年1月時点では女性管理職比率は20.3%となっています。

反響に関しては、社内はポジティブです。とくにエンジニアはジェンダーギャップ意識が強いので、よりポジティブに捉えてくれているように思います。

──では、最後に今後の展望をお聞かせください。

佐俣:新しい課題をどんどん解ける組織にしていきたいと思っています。これから「多様化を進めてよかったよね」という事案がたくさんでてくると思うんです。多様だからこそ、自分たちが良い形でお客様に向き合えたという場面が増えてくるはず。ダイバーシティが組織の中で当たり前になるように、切り出してわざわざ課題にしなくてよい組織になっていけばと思います。

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