左から、同セッションでモデレーターを務めたMASHING UP理事/編集長の遠藤祐子、ソレクティブ共同創業者兼CEOの岩井エリカさん、NEXT BLUE代表パートナーの井上加奈子さん、She Loves Tech共同創業者のリアン・ロバース(Leanne Robers)さん。 撮影/MASHING UP編集部

世界が抱える課題に対し、革新的なアイデアで挑むスタートアップ企業。

事業を成長させるには投資家からの支援をはじめ、それをサポートするエコシステムが不可欠だ。しかし、女性起業家の行く手を阻む「見えない壁」がここに存在している。

スタートアップ、投資家、国・地域など多様な人材、事業者が世界中から集まり、社会・経済に大きなインパクト与えるビジネスを創出するグローバルイノベーションカンファレンス「SusHi Tech Tokyo 2024 Global Startup Program」が、2024年5月15、16日に開催された。

海外スピーカーも交えて行われたセッション「What would the world look like if half of all entrepreneurs were women? (起業家の半分が女性だったら、この世界はどんな風になるの?)」では、国内外の状況を踏まえつつ、女性起業家を取り巻く課題を扱った。

女性起業家、投資家の視点から、多様な起業家が事業を創造していくために必要な支援環境、ジェダーバイアスの未来について掘り下げたセッションの冒頭では、モデレーターの遠藤祐子が2022年のMASHING UP SUMMIT と同時開催されたワークショップとそれに関連した金融庁政策オープンラボのリサーチ結果を紹介。日本のスタートアップエコシステムにおけるジェンダーダイバーシティ課題を共有した。これに加え、OECDライブラリーの情報を掲出し、女性起業家を取り巻く国内外の状況を伝えた。

女性起業家を取り巻く環境に変化は?

She Loves Tech」の共同創業者として、テクノロジー業界における女性起業家の支援と事業成長の後押しをするリアン・ロバース(Leanne Robers)さん。

これまで4つのスタートアップを立ち上げ、ジェンダーバイアスを肌で感じてきたロバースさん。同事業の立ち上げ当初から現在までの変化をこう振り返る。

「She Loves Tech」共同創業者のリアン・ロバースさん。世界最大級のテック系女性起業家向けスタートアップコンペティションおよびアクセラレータープログラムを展開。世界76カ国で活動し、She Loves Techを通じて約15,000のスタートアップがコンペやプログラムに参加している。
撮影/MASHING UP編集部

「She Loves Techを立ち上げた2015年当時、スタートアップコンペや起業家プログラムで目立つのは男性の起業家ばかりでした。イベントやコミュニティ自体も男性によって組織され、審査するのも男性。実際には確かな技術力と画期的な事業プランを持つ優秀な女性起業家が存在していたのですが、多くの人が『テック系の女性起業家はいない』と思っていたのです。でも、それは間違い。

私が訴えたいのは、『もし周りがあなたのことを知らないのなら、それは目立っていないから』だということ。女性起業家の存在が“可視化”される場所と、ネットワークが必要だと強く思いました。「She Loves Tech」がやってきたのは、女性起業家の存在の見える化、だったとも言えるでしょう。

今では少しずつ変化を感じています。『優秀な女性起業家がいない』と言っていた投資家も、女性起業家コミュニティと繋がることで、彼女たちの存在に気づくことができました。こうしたコミュニティに参加すること、エコシステムとの出会いが女性起業家にとって重要です」(ロバースさん)

一方で、8年前にVC業界に参入し、2023年に女性のウェルビーイング領域に特化した投資を行なうNEXT BLUE2号ファンドを設立した井上さんも、大きな変化を感じていると述べつつ、次のように続ける。

日本とヨーロッパのスタートアップを対象に出資を行うベンチャー・キャピタルNEXT BLUEの代表パートナー井上加奈子さん。女性のウェルビーイング向上に貢献するスタートアップ向け投資、NEXTBLUE2号有限責任事業組合を設立した。
撮影/SusHi Tech

「 女性起業家に関連する課題は次の2つ。1つ目は起業する女性が非常に少ないこと。外部投資を求めているスタートアップを見てみると、女性起業家はわずか6~9%です。日本では女性には家庭や社会で特定の役割が期待されているため、女性がビジネスを始めることから遠ざかる傾向にあり、これは明らかに日本の課題の一つと見ています。

2つ目は、資金調達です。女性起業家が資金調達を受ける割合を見ると、日本ではわずか1~2パーセント。残念なのは、過去10年間大きな変化はないということです」(井上さん)

こうした状況を改善するための策として、女性の投資家を増やすことや、投資家側が多様性に関する知識を学ぶことがあると言う。「ヨーロッパでは女性の起業家の割合は30%に及んでいますが、投資を受けられているのはこのうちの約2%であるというデータもあります」(井上さん)つまり、たとえ女性起業家が50%になったとしても、投資家に女性が少ないない状態では、健全に企業や経済が成長することはない、ということになる。

多くの女性起業家が感じる資金調達のハードル

ソレクティブ共同創業者兼CEOの岩井エリカさん。大手玩具メーカーMattelやメガベンチャーRiot Gamesで人的資本に基づく人事戦略に取り組んだのち、プロフリーランスと企業をつなぐ事業を展開するソレクティブを創業した。 撮影/MASHING UP編集部

女性起業家にとって資金調達が大きな課題であることを踏まえ、資金調達の第一歩は「まず“クラブ(※)”に入ること」であるとロバースさんは話す。(※編集部注:投資家コミュニティが、男性中心の会員制クラブのような閉じられた状態になっていることを指す)つまり、起業家は、投資家や起業家で形成されるコミュニティに入る必要がある、と。コミュニティの中で行われている情報にアクセスすることが女性起業家にとっての最初のハードルだということになる。

「自分にとって必要な投資家コミュニティに入る方法を見つけることが非常に重要だと思います。なぜなら、そこが起業家にとっては資金調達や資本へのアクセス点であり、投資家にとってはディールフローへのアクセスが得られる場所だから」

クラブに入るためにはやはり、ネットワークを築くこと、そして30人以上とは話すことが重要だと言うロバースさんに、ソレクティブを起業してから2回の資金調達を経験した岩井さんも大きく頷く。

「最初のシードファンディングの時は、10社未満のVCにアプローチしました。しかし、2回目の資金調達ではおそらく30~40のVCにアプローチした結果、素晴らしい男性の投資家に出会い、よいメンターも紹介していただきました。様々なプロセスのなかでジェンダーバイアスを体感することもあり、女性の起業家だからという理由で目を見て話してもらえない、ということもあったほど。

しかし、やっと得ることができたよい繋がりを通じて、投資家との接点や時間をつくることができたのです。ビジネスはステークホルダーとの関係性が重要。次のステップへの扉を開いてくれる存在と出会うこと自分自身が『見える存在(Visible)』になることが必要なのです」(岩井さん)

起業家の半分が女性だったなら、世界はどう変わるか

MASHING UP代表理事、編集長の遠藤祐子。 撮影/MASHING UP編集部

最後にモデレーターの遠藤から本セッションのテーマともなった問いかけが。「起業家の半分が女性だったら、この世界はどんな風になるか?

井上さんは、現在女性起業家に多いビジネスの分野に着目し、次のように語る。

「主要なセグメントは、医療、教育、生活関連、そして社会福祉などです。家庭支援サービスといった解決策も多く、働く母親や父親のサポート、そして高齢者ケアが加速するのではないでしょうか。

そういった観点から、世界がより良い場所になると思います。

女性起業家にはあらゆる挑戦が待っている。だけど、“Do or Do Not. There is No Try, Just Do it!”(やるかやらぬかだ。やってみる、じゃなくて、やる!)、この言葉をいつも胸に抱き頑張ってください」

Robersさんは「私はこの質問が大好きです」と笑顔を見せ、「多様な創業チーム、多様なリーダーシップチーム、男女が一緒にビジネスを構築することには大きな意味があります。収益が向上し、経済的および社会的な意思決定が改善されるでしょう」とコメント。

岩井さんからは、「女性起業家には多くのチャレンジがあり、私自身もそのさなかにいます。しかし、私たちの事業を支援し応援してくれる人も多く存在します。そのサポーターたちと力を合わせれば、素晴らしいビジネスを築き、社会に影響を与えることができます」とのメッセージが。

世界が直面するあらゆる課題を解決するには、多様な視点、アイディアが不可欠だ。ジェンダーの課題はもちろんのこと、起業家を取り巻く環境がこの世界同様、多様性に富んだものになったらば……この世界は間違いなく、今よりもよい場所になるだろう。

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