多様性という言葉が浸透し、多くの企業でDE&Iの取り組みが進んでいるが、その価値は未だ疑問視されることもあり、「それって儲かるの?」という問いが後を絶たない。
ダイバーシティ推進は、経済的にも社会的にも、価値あることなのか。その核心に迫ったのが、医療、福祉、建築、不動産、服飾など、生きていくうえで必要な全てのモノ・コトにおいて、インクルーシブなデザインソリューションを提案するSOLITだ。同社は、日本におけるダイバーシティをさらに促進するために、「Fashion Values Society -DE&Iを知る、感じる、繋がる3日間」を2024年5月14日~16日に開催。
DE&Iにまつわるトークセッションやワークショップが行われるなかで、今回MASHING UPが注目したのは、15日に実施されたトークセッション「DE&Iを進めたら、見えたこと。 -事例から紐解く本当のメリットデメリット -」。登壇したのは、コクヨの井田幸男さん、The Valuable 500の合澤栄美さん、コカ・コーラ ボトラーズジャパンの東由紀さん、ファシリテーターとしてSOLITの和田菜摘さん。
一人ひとりが尊重される社会とはどういう状態なのか、多様性が企業、社会にもたらす価値とは。各社の事例から、その輪郭がはっきりと見えた。
長期的な価値を生む企業の共通点
「企業の課題解決の糸口として多様性の推進を提案すると、『それって儲かるの?』と言われてしまうことが、日本では多々あるのです」と切り出した和田さん。これを受けて、世界500社以上と共に、ビジネスにおける障がい者のインクルージョンを進めるThe Valuable 500の合澤さんは、ダイバーシティの国際潮流、日本企業の課題をこのように説明する。
「世界のトップ企業のビジネスリーダーの間では、『長期的な価値創造においてこそインクルージョンが不可欠』という考え方が浸透しています。特に昨今では、次の3つの取り組みに力を入れています。インクルーシブなリーダーシップ、ビジネス活動における障がい者のインクルージョンに関するデータ、インクルーシブなレプリゼンテーションというものです」(合澤さん)
The Valuable 500/アジア太平洋地域担当マネジャーの合澤栄美さん。「インクルーシブなリーダーシップ」プログラムとは、障がいの有無に関係なく、次世代のリーダーシップを育成するもの。また、自社のビジネス活動のなかで、障がい者のインクルージョンのデータがあるのか、どういった取り組みがなされていたかを分析し、経営に生かすことが重視されている。インクルーシブなレプリゼンテーションとは、広告や企業のブランディング、商品開発などのプロセスにおいて、障がいのある人のニーズや意見を反映し、多様な人が意味のあるかたちでビジネスに参加するプログラムとなっている。
こうした取り組みは社会的意義があるだけでなく、企業に経済的な価値をもたらす、と合澤さんは続ける。「インクルージョンを通じて経済的価値を生み出す企業は、経営層のリーダーシップ、経営指針、事業戦略、商品開発の哲学や組織文化など多面的に時間をかけて取り組んでいます。長期的にできることから改善していくことが重要です」
新たな価値を生み出す「インクルーシブな開発」
コクヨ CSV本部 サステナビリティ推進室 理事の井田幸男さん。コクヨでは20年以上前から「働くことで自己実現をする」という観点から、家具といったプロダクトを通してサステナブルな働き方を提案する取り組みが行われている。従業員のエンゲージメント向上や、障がいのある人を含めたインクルーシブな開発を推進する。 撮影/MASHING UP編集部障がい、ジェンダー、多様なバッググラウンドを持った人々の意見や視点を取り入れるには、どういった方法がとれるのか。またその先に新たな価値を生み出すことは可能なのか。
2年ほど前から、インクルーシブデザインに本気で取り組み、すでに新商品の開発プロセスにインクルーシブデザインを用いており、2024年に20%、2030年には50%を目標とするコクヨの事例から考える。
「文房具や家具、通販もまだまだ特定の誰かにとっては使いづらい。課題を解消し、みんなが使えるようになるために、障がいのある方にも、最初から開発に携わってもらうようにし、『HOWS PARK』という、200名の開発者と100名を超える特例子会社のメンバーが一緒にインクルーシブデザインを実践するオフィスを設けました。
開発プロセスに障がいのある方との対話を組み込み、今までマーケティングの対象から排除されてきた当事者たちもマーケティングの対象に含め、モノづくりをするのです」(井田さん)
たとえば、コクヨが展開する通販事業、カウネットで扱う段ボール梱包は、指にうまく力を入れられない人にとっても開けやすいよう、ミシン目に工夫が施されている。当事者の意見をヒアリングし、開発したものだ。
「それってすごくニッチな市場なのでは?」という声が聞こえてきそうだが、井田さんは「誰かにとって使いづらかったもの、そのバリアを取り除くことで、社会システムの中のバリアが減っていく。それは、結果的に全ての人にとって使いやすいものになる」と訴える。
特定の誰かだけでない。インクルージョンがもたらす価値と意義
コカ・コーラ ボトラーズジャパン 執行役員 最高人事責任者 兼 人事・総務本部長の東由紀さん。同社では同性のパートナーに限らない、パートナーシップ制度を導入している。LGBTQ+の人たちだけでなく、多様な価値観を持った人がその制度を使うことができると話す。 撮影/MASHIKNG UP編集部コカ・コーラ ボトラーズジャパンでDE&I推進に従事する東さんも、「DE&Iは、特定の人たちが困っていることを解決するだけでなく、実はほかの人も恩恵を受けることがある」と井田さんの言葉に同調する。
「一人ひとりが働きがいや働きやすさを感じる職場って、実現可能なのか? そのための組織カルチャーや人事制度などを再定義し、DE&Iを推進するなかでこんなことがありました。
当社の工場には、男性と女性の更衣室がありますが、人それぞれジェンダーアイデンティティがあることを考え、カーテンで区切り、心理的不安を軽減しようと。その後、手術後で大きな傷跡があるという社員から『カーテンがあることでとても安心する』との声があったのです。
マイノリティとされる人々に対して行ったことが、実はさまざまな人の役に立ったり、最終的に私たちのビジネスに跳ね返ってくると考えました。この事例をシェアすることも非常に大事だと思っています」(東さん)
さらに、自動販売機の飲料をタッチレスで購入できるアプリ「Coke ON」にまつわる思いがけなエピソードも。「自動販売機は、購入ボタンが高いところにあるので車椅子の方には届かないですよね。その課題がアプリを使うことで解消されたのです」。
最後に、和田さんは3名に、本セッションのキーワードとなった「DE&I、それって儲かるの?」という問いを投げかける。
SOLIT 環境・人権担当の和田菜摘さん。SOLITにはファッション関係者や医療・福祉従事者、クリエイターやPR・マーケティング領域の専門家まで、 多種多様な分野に属するプロフェッショナルが集結。「All inclusive経済圏」という構想に共感し、所属や属性を乗り越えたひとつのチームとして活動している。 撮影/SOLIT井田さんは、「その問い自体が少し違うのかもしれない。ビジネスモデルを変えること、つまりこれまでの『当たり前』をどう作り変えていくかを考えていきたい」とコメント。
東さんは、「グローバルの動きをみると、変わらなければ企業はもう生き残れない。多様な意見を取り入れるために対話を続けていきたい」と熱意を語る。
井田さんと東さんの意見に大きく頷く合澤さん。「障がい者のインクルージョンや、多様性の推進を実施しない企業は淘汰されてしまう。世界のビジネスリーダーはすでに動いている。リーダーが変わらなければ、組織は成長しないし、社会も変わらない」と訴える。
和田さんは、「一人ひとりを尊重するインクルージョン。難しく、正解がわからないこともある。だけど、対話を重ねて、お互い歩み寄ることが大事だと感じました」とセッションを締め括った。
インクルーシブに考え、課題を解決する。それは、誰かの生きづらさを解消するだけでなく、思いもしないかたちでほかの誰かの役に立ち、社会そのものがより良くなっていく。オールインクルーシブなデザインがもつ大きな可能性を感じるセッションだった。