撮影/中山実華

2023年6月に「LGBT理解促進法(性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律)」が成立し、性的マイノリティの理解増進のための普及啓発や就業環境整備などが、努力義務として企業に対して求められるようになった。

各企業の職場環境やこれまで当然としてきた制度等は、実は性的マイノリティの人たちを排除した内容となっている可能性がある。

今一度、職場環境や制度等を見つめ直し、性的マイノリティの人を含めた全ての人が安心して働くことのできる環境について考えることが大切だ。

みずほフィナンシャルグループのシンクタンクである「みずほリサーチ&テクノロジーズ」は、2023年度、地域金融機関と従業員を対象にLGBTQ+に関する取り組み状況と、従業員の意識を可視化するアンケート調査実施(地域金融機関向け調査は全ての地方銀行・第二地方銀行・信用金庫を対象に実施し72行庫から回答を得た。回答の内訳は地方銀行:9.7%、第二地方銀行:4.2%、信用金庫:86.1%。従業員向け調査は地域金融機関で働く従業員を対象に実施し、2,472名が回答)。

金融機関向けには、採用に関する現状や金融商品設計、行内施策におけるLGBTO+など性的マイノリティの人を前提とした対応状況(研修や啓発の実施、福利厚生制度の「配偶者」に「同性パートナー」を適用、制服規定の改訂、書類の性別欄廃止等)など、従業員向けには性的マイノリティの人を取り巻く意識や風土、地域金融機関で性的マイノリティの人が置かれる状況などを聞いた。調査の意図、そこから見えてきた現状や課題について、主任コンサルタントの堀菜保子さんに話を聞いた。

地域社会に取り組みが波及することを期待して

堀 菜保子(ほり・なほこ)みずほリサーチ&テクノロジーズ 社会政策コンサルティング部 ヒューマンキャピタル創生チーム 主任コンサルタント/2017年日本放送協会にアナウンサーとして入局。「おはよう日本」スポーツキャスター、東京オリパラ・北京オリパラの現地キャスターなどを務める。主に、「障がい」「パラスポーツ」「ジェンダー」「LGBTQ+」「先住民族」「DV」などについて、取材・記事執筆・番組制作。2023年4月より現職。外国人技能実習生や障害児等に関する官公庁の受託調査研究業務、性的マイノリティや女性の人権尊重における地域金融機関の役割に着目した事業開発、「ビジネスと人権」や「人的資本経営」に関する企業支援等に従事。ISO30414リードコンサルタント/アセッサー。 撮影/中山実華

この調査でターゲットを地域金融機関に絞った狙いは、2点だ。

メガバンクと比較して、取り組みや制度が十分ではないのではないかという仮説。もうひとつは、地域金融機関でLGBTQ+への理解が進めば、金融機関がハブとなって、取引関係のある企業にも理解が広がる波及効果に期待したからだという。

「地域金融機関は地域の企業と深いつながりがあり、同時に行政とも近い存在です。つまり、地域社会の中心的な役割を担っています。また、地域金融機関は取引先企業に対し、経営改善などコンサルティング的な役割も担っています。その地域金融機関が性的マイノリティに関する取り組みを行うことで、取引のある地域の企業にも、地域社会全体にも、広く影響を及ぼせるのでは、と考えました」(堀さん)

調査結果からわかったことの一つに、「既に地域金融機関内で、性的マイノリティの人の存在を前提とした施策整備等に取り組む金融機関は、約1割だったこと」がある。

「性的マイノリティに関する人権問題を社会的な課題だと認識し、『課題解決に取り組みたい』と答えた割合は、地域金融機関対象のアンケートでは9割程度、従業員対象のものでも7割程度と高い数字だったのですが、実際に研修実施や人事制度、福利厚生制度の整備などに、1つでも取り組んでいると答えたのは、本調査に回答くださった72行中7行のみでした。社会的な課題だと感じていながらも取り組みが進まないという乖離がなぜ生まれるのか…。この理由の1つに、この課題を自分事として受け止める意識の欠如があるように思います。というのも、『職場に性的マイノリティの人は“いないと思う”』という回答が従業員のうち7割程度にのぼったのです。私たちも金融グループの一員としてその数字を受け止め、情報を届けていかなければならないと感じました」

“対応が進まなければ当事者は安心できず声をあげにくい。声があがらないから対応が進まないという悪循環が生まれる” ──こうした声はよく聞くが、 対応が進まない責任を当事者に転嫁していないだろうか。

声があがることと、取り組みを進めることは、別のことなのだ。

「アンケートと並行して行った地域金融機関の人事担当者へのヒアリングでは、『行内で制度を作っても、利用者がいないのではないかと言われる』という意見がありましたが、制度とは利用してもらうことだけが重要なのではありません。制度があること自体が“当事者の存在を前提としている”というメッセージになります。それが重要なのです」(堀さん)

【調査より:性的マイノリティであることを理由に職場で困っていること】

複数回答、N=79 提供/みずほリサーチ&テクノロジーズ

金融グループの取り組みには「お金の流れを変える」可能性も

撮影/中山実華

地域金融機関とLGBTQ+に関する調査としては、数少ない調査研究の1つとなった今回のアンケート調査。社会への影響も小さくはない。

地域金融機関のこうしたデータはこれまでなかったので、現状を可視化できたことは意義があったと思います。まずはこの調査結果をしっかり伝えていきたい。そして、調査自体も有効な問いかけになりました。ある信用金庫は、この調査票が届いて『性的マイノリティに関する課題は、組織として考えなければいけないテーマなんだ』と改めて認識されたそうで、この春の新入社員研修でテーマとして取り上げてくださったそうです。調査をお送りしたことがスタートとなって、はじめの一歩につながったことを聞き、とても嬉しかったです」(堀さん)

また、業界団体へ働きかける根拠にもなりそうだという。調査では「性的マイノリティに関する取り組みについて業界団体に期待すること」を聞いているが、ほとんどの項目で高い期待があることが示された。

もっとも数字が高かったのは『性的マイノリティに対する取り組みの事例などの情報提供』。ついで『性的マイノリティの存在を前提とした就業規則やお客様マニュアルの整備』、『ルールの明確化(ガイドライン等)』、『相互に情報交換を行えるネットワーク形成』などを求める割合も、回答機関の7~8割程度にのぼりました。

地域金融機関の現状を個別の金融機関のみならず、業界団体に対しても伝えることが必要だと感じました」

長期的には経済的な影響も期待できる。

「金融機関には、お金の流れをより良い方向へと変える力がある、つまり、金融の動きによってこれまで届かなかったところにお金や商品、サービスを届けられる可能性があります。人権、ダイバーシティに重要な価値を置く社会を作るうえで、金融機関の動きは重要です。その意味で、私たちもこの調査結果をもって業界団体や地域金融機関に働きかけるだけでなく、自社グループ内での働きかけも行うことが大切だと考えています」 (堀さん)

インクルーシブな社会作りに金融機関ができるアクションとは

この調査を担当したみずほリサーチ&テクノロジーズのプロジェクトメンバー。若手が中心となりプロジェクトが実施された。 画像提供/みずほリサーチ&テクノロジーズ

業界団体も巻き込んで、金融業界全体で課題意識や対応方法を共有し行動を起こすことで、性的マイノリティの人が安心して働き、活躍することのできるインクルーシブな社会づくりの一助となるだろう。この点で金融機関側ができることは3つあるという。

1つめは、行内での施策、足元の確認です。研修の実施や人事制度や福利厚生制度の整備などによって全従業員の働きやすさ、安心感をつくることは必須だと考えます。2つめは、金融機関の外に向けた施策。たとえば窓口などでマイクロアグレッション(自覚なき差別)が起きないようにするなど、顧客と接する従業員に基礎知識を持ってもらうことが必要です。さらに、取引先企業に対して『ダイバーシティやインクルージョンの施策を進めていますか?』と問いかけ、取り組みを促していくことも大切です。これは、取引先企業内での従業員やその顧客の安心感にもつながります。

3つめは、金融商品の設計です。商品やサービスがすべての人に利用可能なものか見つめ直し、誰一人排除しない商品を提供していくことが求められます」

東京で行われる1年に1度のレインボープライド(Tokyo Rainbow Pride)は、メガバンク含め多くの企業がスポンサードしているが、それ以外の地域の性的マイノリティに関するイベントは、資金繰りに苦労していることも多いという。地域の当該団体への支援も、地域金融機関ができる取り組みのひとつだろう。

経営層の理解が取り組みの鍵に

撮影/中山実華

みずほリサーチ&テクノロジーズではさまざまな調査を行っているが、LGBTQ+に関する取り組みの調査は初。実施を提案後、社内でも「この調査は必要だ」と、後押しを受けられたと堀さんは話す。

〈みずほ〉が掲げている『ありたき姿』であるインクルーシブな社会に向けて、性的マイノリティの人の存在を前提とした視点は必要不可欠だと考えています。調査を行う際には、社内でもさらなる足元整備が必要と考えたため、有識者を招いて部内勉強会を行いました。また、調査結果については社内ナレッジ共有の場でもお伝えしました。性的マイノリティの人が直面する課題は、命や尊厳にかかわる重要な人権課題であると繰り返し意識を共有しています」

今回の調査結果をもとにコンサルティングメニューを整備し、今後さらなる発展を検討していく予定だ。

「主に地域金融機関の経営層を対象に、性的マイノリティの人たちが直面する人権課題は経営に直結する課題であることを伝えていきたいと思います。今回の調査では、経営層等に『自行には性的マイノリティの当事者はいないのでは』との声があり、それがボトルネックとなって取り組みが進まないという人事担当者の声を複数聞きました。そうではなく、本テーマは自行に直結する課題であること、つまり『制度を作っても利用する人がいないのでは』と考えるのではなく、『制度があること』自体が大切なのだということを、調査結果を踏まえてお伝えしていきたいです。

ひとつでも多くの地域金融機関の取り組みが、前進するきっかけになったらいいなと思っています。そして、行政や業界団体とも連携を強化し、地域全体や業界レベルでの動きも作っていきたいです」 (堀さん)

「ダイバーシティ&インクルージョン」が当たり前の世界に。金融業界も歩を進めている。

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