2024年5月、中国の深圳で開催されたCWIのアワードセレモニーでスピーチをするウィンジー・シンさん 。 @Cartier

ラグジュアリーメゾンのカルティエが創設した「カルティエ ウーマンズ イニシアチブ(CWI)」は2006年以来、ビジネスを通して社会や環境をよくしたいと願う女性のインパクト起業家を支援し続けてきた。

CWIのグローバル プログラム ディレクターを務めるウィンジー・シンさんに話を聞いた。

インパクト起業家を支援する世界規模のプログラム

最初にCWIが18年にわたり成功を積み重ねられた秘訣について尋ねると、シンさんは「女性インパクト起業家のニーズを見極めながら進化を遂げてきたこと」だと語った。

「CWIはもともと、社会や環境に重要なインパクトを与えようとする女性起業家に光を当てるアワードとしてスタートしました。彼女たちの活動を世に知らしめることは、それはそれで意義のある取り組みでしたが、やがてメゾンとしてもっとできることがあるのではないかという思いから、世界規模の起業家支援プログラムへと進化していきました」(シンさん)

2017年には、フランスの有名ビジネススクールINSEADと提携。受賞者には同校の社会起業家プロブラムへの参加資格が得られるようになった。また、2019年には参加者の相互交流や支援者とのネットワーク構築を目的とするCWIコミュニティが創設された。

2023年には科学技術に焦点を当てたテーマ別アワードとして、サイエンス&テクノロジー パイオニア アワードが立ち上げられた。

「それまでの応募者を調査したところ、科学技術関連の事業が素晴らしいインパクトを生み出していることがわかりました。またこの分野では、ジェンダー・バイアスが特に大きい傾向にあります」

研究開発に多くの時間や資金を要し、収益化まで長い時間がかかるなど、従来のビジネスとは性質が異なることも鑑みると、このカテゴリーを設けることは理にかなっていた。

2022年には、女性インパクト起業家が低金利で最大20万ドルの融資を受けられるCWIローンファンドが開設された。これは、コロナ禍以降の女性インパクト起業家のニーズから生まれたものだという。そして2023年にはもう1つのテーマ別アワードとして、試験的にダイバーシティ エクイティ&インクルージョン アワードが創設された。

「ミッシング・ミドル」をサポートする

授賞式で受賞者を讃えるウィンジー・シンさん。 @Cartier

17年前に比べ女性起業家の数は増えているが、多くの場合、彼女たちの事業はその潜在能力を十分に発揮できていない。

彼女たちの事業の成長を促すために、CWIは「女性の起業」そのものに光を当てることから、そのビジネスを軌道に乗せ、持続可能なものにすることに焦点をシフトさせてきた。

現在CWIの応募資格には次のような条件が含まれる。「アーリー・ステージ(法人登録から1年以上6年以内)のスタートアップ企業であること」「提供する製品やサービスを通して少なくとも1年間、継続して収益を上げられていること」「外部からの資金調達額が200万ドル以下であること」

つまり、スタートアップのエコシステムで「ミッシング・ミドル」と呼ばれる段階にある企業を重点的にサポートするようになったのだ。

女性は資金調達において多くのバイアスに直面するため、この段階を抜けるのに男性よりもはるかに長い時間がかかります。CWIのプログラムは、起業家たちがこの段階をサバイブしやすくし、事業をスケールしやすくするため、経済的、社会的、人的資本的な支援を行なっています」(シンさん)

2024年5月、中国の深圳で開催されたアワードセレモニーに先駆けて行われたプレス向けラウンドテーブルで事業の説明をするフェローたち。 @Cartier

実際にプログラムの参加者がどのように事業を拡大したのか、シンさんはいくつか例を挙げてくれた。

「ブラジル出身の過去のフェローはCWIの受賞者となったことで、メディアに取り上げられ広く認知されるようになりました。その結果、彼女はベンチャーキャピタルからの資金調達に成功したのです。

現在、彼女の会社は、ブラジルの企業向けメンタルヘルス・ソフトウェア企業の最大手の1つです。2019年に彼女がフェローになってからそれほど長い時間は立っていませんが、その事業は大きく成長しました。先ほどミッシング・ミドルのジェンダーギャップについてお話ししましたが、このギャップを埋めるためには、助成金などの経済的資本を提供するだけでは不十分で、社会的資本、人的資本が必要になります

また、エジプトのフェローはCWIの3万ドルの助成金を使って、事業に必要なソフトウェアを購入したと話してくれました。その後彼女はVCから300万ドルの資金調達に成功しています」

大阪・関西万博ではウーマンズ パビリオンを出展

2025年に開催される大阪・関西万博で、カルティエは内閣府、経済産業省、博覧会協会とともにウーマンズ パビリオンを出展する。そのコンセプトは「When women thrive, humanity thrives ~ともに生き、ともに輝く未来へ~」。女性たちの体験や視点を通じ、公平で持続可能な未来を志すことを呼びかける。

ウーマンズ パビリオンの出展は、2020年ドバイ国際博覧会(新型コロナウイルス感染症の影響により1年延期され、2021年10月から半年間にわたり開催された)に続くもの。ドバイ万博に合わせたアワードと同様、2025年のアワードも各カテゴリーで応募者を募る通常の形式では行わず、過去の受賞者の成長を讃える「インパクト アワード」を設ける。

CWIの長期的な展望ついてシンさんはこう語る。

「2026年以降、2つの分野を重点的に成長させたいと考えています。その1つがサイエンス&テクノロジー パイオニア アワードです。現在このカテゴリーには非常に多くの質の高い応募があり、また受賞者が生み出している成果も大きいというのがその理由です」

「2つ目が、これまでのフェローたちに事業の運転資金を貸し付けるCWIローンファンドです。このファンドは彼女たちの事業を持続可能なものにするのに貢献してきました。返済された資金を別のフェローに貸し出すことができるので、支援の仕組みとして非常に効率的なのです」

女性起業家にとって最大の課題は資金調達とウェルビーイング

女性のインパクト起業家にとって最大の課題とは、今も昔も資金調達だと語るシンさん。「女性起業家への支援は概してメンターシップに偏っていて、投資が足りていません。

どれほどメンタリングを受けても、資金がなければビジネスを成功させることは難しいですよね。ここが劇的に変化しない限り、女性起業家にとって厳しい状況は続くでしょう」。とはいえ、バイアスに負けない実力をつけ、大きな成果を上げてきた女性も多いとシンさんは語る。

2つ目の課題は、ウェルビーイングの問題だ。「起業には多くの困難が伴いますが、女性はそれに加えて、子育てや介護などの主な担い手になる場合が多く、これが大きな負担となり得ます」

カルティエ ウーマンズ イニシアチブのコミュニティには女性起業家たちを資金面で支援し、精神的に支えるためのリソースがあるが、それをさらに強化させていきたいとシンさんは語る。「投資家たちとつながるためのネットワークもありますし、先ほどお話ししたブラジルのメンタルヘルス企業のように、ウェルビーイングの領域で力になれる人々もたくさんいます」

「カルティエ ウーマンズイニシアチブ(CWI)」2024年度授賞式の様子。 ©Mao Chung

女性起業家のエンパワメントに長年携わってきたシンさんのモチベーションの源はどこにあるのだろうか。

「もしもCWIのフェローたちが世界のリーダーになったら、と考えるんです。以前、世界経済フォーラムでヘルスケアに関するセッションに参加する機会があったのですが、登壇者は男性ばかり。ヘルスケアの分野では大勢の女性たちが働いていて、女性の抱える問題を解決するために尽力しているのに、残念なことです。もし女性たちがリーダーシップの半分を占めていたら、解決すべき問題の優先順位は変わってくるでしょう。そんな思いが原動力となっています」(シンさん)

日本のインパクト起業家や、起業に関心のある女性に向けてシンさんは次のようなメッセージをおくる。

起業はリスクを伴うので不安を感じることもあるでしょう。それでも負けずに継続していくことが鍵となります。世界には仲間が大勢いますので、ともに頑張っていきましょう。来年は大阪・関西万博のウーマンズ パビリオンでお会いできることを楽しみにしています」

Cartier Women's Initiative

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