記事のポイント
- ロートこどもみらい財団は、生きづらさを抱える子どもや家庭に学びとコミュニティ形成を支援。
- 助成金制度を通じて、子どもたちの個性を尊重し、表現方法に縛られないアイデア実現をサポート。
- 孤独や孤立感の解消にも取り組み、すべての世代に向けた寄り添い型支援を推進中。
得意なこと、好きなこと、表現の仕方、コミュニケーション方法──子どもたちは、一人ひとり個性があり、多様だ。しかしそのユニークさは、現状の教育制度の中で十分に育てられているだろうか。子どもたちの個性は時として「生きづらさ」につながってしまうことがある。
ロートこどもみらい財団は、子どもたちのコミュニティづくり、学びプログラム、アイデア実現のための助成金などの支援をしている。全ての子どもを対象にしつつ、生きづらさを抱えている子どもと家庭へのサポートにも焦点を当てる。
「自分らしく探究する『眼』がひらくことで生まれる芽を大切に、一緒に育てていきたい」という想いを掲げて活動する同財団の代表理事 荒木健史さんに、ロートこどもみらい財団にかける想いを聞いた。
日本の未来をデザインする
ロートこどもみらい財団 代表理事/ロート製薬 CEO付兼未来社会デザイン室長の荒木健史さん。元経済産業省官僚。保育士や放課後児童支援員として児童福祉施設で支援も行なっている。 撮影/中山美華ロートこどもみらい財団は、健康経営や、社会課題解決、ウェルビーイング推進に第一線で取り組んできたロート製薬から、「次世代支援」の一つとして2021年10月に発足。2024年、公益財団法人へ移行した。同社CEO付兼未来社会デザイン室長の荒木さんは、「日本の未来をデザインする」というテーマのもと、子どもや家庭を取り巻く課題解決をめざし、ゼロからロートこどもみらい財団をスタートさせた。
なぜ子どもを取り巻く課題に着目したのだろうか。
さらに、経済産業省時代、私立小学校で宇宙開発に関連する授業を行う機会があった。子どもたちと触れ合い、子どもたちが教育に対して抱える問題や不登校の現状について先生たちから聞いた経験が、荒木さんの心を大きく動かした。
「授業を通じて気づいたのは、子どもたちは自分の好きなことには夢中になるということ。そして、子どもたちの興味や関心は広がっていくということ。初めて30人ほどの子どもたちと触れあい、『教育』だけに子どもたちの全てを任せず、そうしたカバーしきれない部分は児童福祉などとも十分な連携を取るなど、もっと柔軟な民間ならではのアプローチが必要だと感じました」(荒木さん)
多彩な表現方法を尊重するファンディング制度
ロートこどもみらい財団には条件もなく、誰でも仲間に入ることができる。本物の胃カメラを用いた「外科医体験」を行うなど、本格的なプログラムが揃う。 撮影/中山美華活動内容は、生物多様性や異文化コミュニケーションなど、多岐にわたる分野をオンラインで学ぶプログラムに加え、子どもたち同士がリアルに交流できるギャザリングなどさまざま。「講師は、子どもが抱える課題に強い関心を持っていたり、子どもに共感できるような原体験を持つ人ばかり」です。
また、「ファンディング」と呼ばれる助成金制度がある。これは、自分らしさを探求し未来の社会を創る子どもたちのアイデアの実現に向けた研究や調査を、助成金やメンタリングなどで支援する取り組みだ。日本の従来のスカラーシップ制度では、優秀な成績やプレゼンテーション能力が求められるが、それでは特定の子どもたちに支援が集中してしまう傾向がある。
「私たちのファンディングの対象は、プレゼンが上手で表現力が豊かだったり、流暢な英語を話すなど目立つ子どもではありません。コミュニケーションが難しい子どもであっても、私たちがその部分をサポートし、共に伴走したいと考えています。エントリーシートには『プレゼンでの表現方法は不問』と明記しています。私たちは、多様な表現を評価する軸を持ち、それを尊重したい。話すことが苦手であれば、音で表現してもいいし、絵で伝えたければ絵でも構いません。これは表現方法を一つに縛ることで、包摂性や多様性を損なわないためです」(荒木さん)
荒木さんは「これまでプログラムに参加していた子が大人になり、次世代の子に知恵や経験を教える姿が見られるようになってきた」と話す。
「例えば、ロートこどもみらい財団第1期生である野中優那さんは、ミャンマーに住んでいたときの原体験を基に『Yangonかるたプロジェクト』を立ち上げました。ロートこどもみらい財団の子どもたちだけでなく、東京足立区や東大阪市などで学校になじみづらいと感じている子どもたちに対して、心に触れるプログラムを届けてくれました」
「ミャンマーでクーデターを経験したことから、かるた遊びを通して、平和や民主主義について考える取り組みをしています。異文化や政治に触れる機会の少ない公教育の中でこそ伝えたいという思いを、ロートこどもみらい財団のサポートで実現できました。
孤独感や孤立感の解消を支援し、社会との接点を
「子どもたちが経験したことを吸収し、僕の真似をしながら自分たちだけでプログラムを作ったりする様子を見るとすごくうれしい気持ちになる」と話す。 撮影/中山美華荒木さんはロートこどもみらい財団での活動を続けるうちに、孤独を感じ、孤立している保護者が少なくないことに気づいた。「とあるお母さんから、『この場を作ってくれて本当にありがとう』と言葉をかけられることもあります。子どもだけでなく、親や家庭にも孤独という課題が存在しているのです」
そして、この孤独は、ご高齢の方や学生の方など、全世代に共通する課題でもある、と荒木さんは続ける。「孤独感が増幅すると、精神的ウェルビーイングに影響を及ぼしてしまいます。ロートこどもみらい財団の支援からこぼれる世代が抱える孤独の解消の支援にも取り組みたい。現在、主に子ども、若者、高齢者を対象とした『寄り添い型の音声対話AI』の開発にも着手し、実証を行っています」
また、子どもが大人になり就職をする際にも課題があるという。社会に出ると、これまでの支援がなくなり、行く先でつまずいてしまう人が多い。「中には、通常の業務遂行が難しいため、就職後に辛い思いをすることもあると聞いています。未来を生きる子どもたちが、早い段階から社会と接続して、学歴などに基づかない、柔軟な就職のありかたを創ることにも取り組んでいきたい」
こうした考えから、2024年2月、翔和学園と包括連携協定を締結。子どもや若者の才能を伸ばすための教育について理解を深めるための実践的な取り組みや、一人ひとりが個性を生かしたキャリアを形成するための実践研究などを行っている。
現場での気づきを社会へ反映する
撮影/中山美華現在、約970名もの子どもたちがロートこどもみらい財団に在籍している。
「子どもが何かをはじめる引っ掛かりになるような場を作っていくのが重要だと思っています。いわば、子どもに何かあった時のための『居場所』のような存在でありたい」(荒木さん)
自ら学童保育や放課後等デイサービスなどの、児童福祉施設に行き、自ら子どもと向き合うことも多い。それは、届かない声をひろいたい、より必要としている家庭にアウトリーチしたいという想いがある。
「私たちが直接家族や子どもたちに会いに行かなければ知ってもらえないし、遠くのオフィスから眺めているだけでは意味がない。現場でスタッフとして関わって体感したことを、ロートこどもみらい財団の活動に反映したい。頭で考えるだけではなくて、ラストワンマイルの、現場で手を動かすところまで自分でやりたいと思うのです」(荒木さん)
一人ひとりの芽が大きく育つように。時には逆風から守る支柱となり、未来を共に築いていく。荒木さんの想いは、多くの家族に届くことだろう。
聞き手/遠藤裕子、執筆/杉本結美、撮影/中山美華