作品づくりは苦行。届けたい人がいるわけではいないし、作品に込めたコンセプトに共感してほしいとも思わない。
幼少期には聴覚過敏の、そして小学生のときには学習障害の診断を受けている。2024年9月に開催した最新コレクションでは、当時のフラストレーションや疎外感と、これまでの内省から受けたインスピレーションを作品に投影し、大きな反響を得た。
誰かのための服づくりはしない。そして、デザイナーが過剰に目立つこともしない。それなのにその意に反して共感を誘い、注目を集める魅力はどこにあるのだろうか。自身が服づくりをする意味や今後のことについても話を聞いた。
幼少期の葛藤やフラストレーションを作品に投影
菊田有祐(きくた・ゆうすけ)2002年、東京都生まれ。2021年ごろから家庭用編み機による服づくりをスタート。その後、ニットデザイナーである丹治基浩のもとでテキスタイルを学び「YUSUKE KIKUTA」を設立。慶應義塾大学環境情報学部にてファッションにおけるテクノロジーを用いた芸術表現を研究。制作活動以外にも、発達障害当事者として、高校や大学などの教育機関での講演会や、学会での登壇もおこなう。菊田さんは慶應義塾大学の学生という一面も持ち、環境情報学部でファッションにおけるテクノロジーを用いたアートとしての表現を研究している。
たとえば2025年春夏コレクションでは、リアルタイムに取得した新宿の環境音をニットに「作り替える」作品を発表した。本作のためにプログラムの設計から、PCでの動作管理、そして家庭用編み機の改造までを自らおこなっている。また最近は、数千億年後の宇宙活動を数学的にシミュレーションした動画群からから服づくりができないかを研究しているところだ。大学での研究を服づくりに生かし、服をつくっては研究にフィードバックしている。
もともと服は好きだったが、現代アートやメディアアートのコンセプチュアルな部分にふれるなかで、概念(コンセプト)から、服という状況を立ち上げるような表現ができないかと考えたことが、今の活動のはじまりとなった。
「僕は服飾の学校を出ているわけではないので、服づくりの基礎はありません。しかし、そこが強みかなとも思っています。パターン(型紙)はおこせないけれど、テクノロジーには精通していますし、学内には人文学などの別の視点から意見をくれる人もいます」(菊田さん)
2025年春夏コレクション「Différence──記憶をすり替える、くみなおす」で発表したSound Knitとバラクラバ(目出し帽)。新宿の環境音を一枚の画像へ変換し、ニットに落とし込んだ。 撮影/キムアルムニットを手がけるようになったのは、「ニットなら、パターンの知識はなくても編み図(編み物を製作するための手順図)さえあればつくれる」という知り合いの言葉がきっかけだった。すぐにフリマアプリで家庭用編み機を購入して修理し、編み物に没頭することになる。
菊田さんにとって、転機となったであろう編み機との出会い。菊田さんは小学校入学からまもなく、文字を書くことが極端に苦手な学習障害と診断されたが、その後に大きな影響を与えたのが小学5年生のときに初めて手にしたタブレットだった。キーボードを使えば、作文もテストの回答もスラスラと文字を打つことができ、成績も上がっていったという。「編み機」も当時のタブレットのように、自由な活動を助ける手段となったのかを聞いたところ──
「残念ながら、まったく別物です(笑)。編み機は何かを便利にしてくれるわけではありませんし、編み機が自由や表現することの楽しさを感じさせてくれたことはありません。最近は僕の編み機の手法のまま、工場で編んでもらうこともあります。ただ、編み機はコンセプトを込めやすいという側面はあります。本当は自分で編んだほうが速いけど、編み機で時間と手間をかけることで葛藤を表現するみたいなこともしますね」(菊田さん)
業界では受け入れられない服をつくりつづける意味
「YUSUKE KIKUTA」はブランドテーマに「テクノロジーを用いた新しい表現」「守るために着る」「現実から目を背けないコンセプト」の3つを掲げている。「テクノロジーを用いた新しい表現」の一部は前述した通りだ。
子どものころ、ストレスを感じると服を噛む癖があったという菊田さん。当時のフラストレーションを再現した服を多く発表している。「守るために着る」というテーマは自身の体験に基づいている。幼少期、精神的な支えとなっていたのが“服”だった。ストレスを感じると襟口を噛んだりフードを被ったりして「ストレスをつぶし、精神を守っていた」と菊田さん。体を保護するという原始的な服の役割をテーマとした。
また、「現実から目を背けないコンセプト」について菊田さんは次のように語る。
「ビジネスという側面が強いファッション業界において、受け入れられやすい服をつくることももちろん正解だと思います。実際、コレクションに足を運んでくださったファッション業界の方からは『もっと単純でわかりやすいほうがいい』『コンセプトがドロドロしすぎている』という言葉をいただくこともあります。でも僕は、社会にあふれるどす黒い部分のリアリティを残したままつくりたい。それを『現実から目を背けないコンセプト』というテーマにしています」(菊田さん)
厳しい言葉を向けられても「もともと服づくりが楽しくてやっているわけではないから、つらくてもそれが服づくりをやめる理由にはならない」と菊田さん。「逆に、受け入れられないままの自分がこの業界にい続けてどうなるかを、第三者的目線でワクワクして見ている」とも話す。
「YUSUKE KIKUTA」のアートディレクターのほか、キュレーターとしても活躍する小川楽生さん。菊田さんのコレクションでは「テーマやコンセプト、彼の思考を整理するのが僕の役目」と話す。一方で、批評や批判には謙虚に耳を傾ける。現在、「YUSUKE KIKUTA」のアートディレクターを務める小川楽生さんは、2022年にニット5点で開いた初めてのコレクションに足を運んだ来場者だった。小川さんからのあの痛烈な批判がなければ、今の「YUSUKE KIKUTA」はないと菊田さんは振り返る。
「コンセプトと作品の見せ方がうまく噛み合っていないと感じたんです。映像や音源、インスタレーションの一つ一つに、なぜそうしたかという理由をつけていかないと……という話はしましたね。でも、彼は聞く耳を持つ人。ビジネスにしようと思えば効率化や収益化はいくらでもできるのに、自分の悶々とした思いをどうにかして作品にし、自分の居場所をつくろうとしている。そこに共感して、彼の服づくりやブランディングをサポートしています」(小川さん)
服づくりは苦行。しかし、自分の存在を肯定してくれるのも服
ISCA(インターナショナル・スチューデント・クリエイティブ・アワード)のデジタルコンテンツ部門にノミネートされ、2024年11月29・30日、グランフロント大阪(北館4F)に作品が展示される。 撮影/キムアルム菊田さんは、なぜ服をつくるのか。そう聞いたところ、しばらく考えて返ってきたのは「いるため。ここにいるためですね」という言葉。
「コレクション後、燃え尽きてしまって1~2週間は、ぼーっとする期間があります。でもその何もしない時間が人生でもっとも苦痛だとわかったんです。もしかしたら服づくりを始めたことが一番の過ちだったかもしれませんけどね(笑)。つくらないとつらいし、つくってもつらい。でも、つくっていたほうがまだマシ。服をつくることで自分の存在が肯定されるというか……」(菊田さん)
最後にこれからの活動について聞いた。現代アートやメディアアートが「コンセプト」によってつなぎとめている、さまざまな社会問題や個人的主題を、テクノロジーを融合させたファッションに落とし込もうと始まった菊田さんの服づくり。いずれはファッションのマーケットや、現代アートのマーケットのどこでもない場所で、服を作り、そして着てもらう、という未来を構想している。現実の生々しさと、個人的な経験と、そして「ニット」という表現方法が持っている可変性。この3つの軸をもとに、YUSUKE KIKUTAという居場所を作り出していきたい、と話す。
「年に2回、秋冬・春夏のコレクションをするというファッション業界のならわしから早く脱却したい。高級ブランドの常顧客なら話は別ですが、一般の消費者は春夏・秋冬のコレクションを気にして服を買うでしょうか。
取材・文/大森りえ、撮影/キム・アルム