教育言語を英語にし、世界中から学生や研究者を受け入れている点もアールト大学の特長だ。国際企業や研究機関との緊密な連携により、グローバルな視点での学びと研究が可能。

記事のポイント

  • アールト大学はビジネス、技術、アートと異なる分野を統合した学際的な学びを提供しており、創造的な視点から社会課題解決をめざしている。
  • 大学が主導し、企業、実社会と学生の協働の場をつくることで若い世代の起業家精神を醸成している。
  • アールト大学では起業家やスタートアップを支援するアクセラレータープログラムを展開し、60社以上を支援。フィンランドのスタートアップエコシステムのエンジンとして機能している。

前回の記事で紹介した「マリア01」に続き、今回はアールト大学の取り組みを紹介する。フィンランドのスタートアップエコシステムの強みとして、行政と企業、研究機関の力強い連携がある。この産官学の協働のサイクルのなかで、アールト大学は大きな役割を果たしている。

ビジネスとアート、技術を横断的に学ぶ

キャンパス内には自由な発想や実験を支えるスペースが数多く設けられている。

同大は、2010年に、ヘルシンキ工科大学、ヘルシンキ経済大学、そしてヘルシンキ芸術デザイン大学という3つの名門大学の統合により誕生した。ビジネスと芸術、デザインの分野で高い実績を持つ機関が統合されたことで、異なる分野を横断的に学べる環境が整えられている。この学際的なアプローチにより革新的な教育と研究が可能となり、現代の複雑な社会課題に対する創造的な解決策を生み出すことを目指している。また、工学、デザイン、ビジネスの分野では高い研究実績を誇っている。

キャンパスの視察を通じ、テクノロジーとビジネスの統合に加え、アート・デザインという領域も表面的な意匠にとどまらず、ビジネスやプロダクトを形作る重要な要素として充分に理解されていることを随所に感じることができた

起業家精神を培うためのカリキュラム

欧州トップクラスの研究大学としての地位を確立しているアールト大学だが、起業家の育成に力を入れていることでも知られている。特に、学生のスタートアップ支援には「かなり積極的」だ。世界的に注目を集めるスタートアップイベント「Slush」が学生主導で主催されていることからも、フィンランドの大学や学生がスタートアップエコシステムにおいて大きな役割を果たしていることがよく分かる

同大では「スタートアップサウナ」や「デザインファクトリー」と呼ばれる、学生の起業家精神を促進するプログラムを展開。大学主導の活動を通じて、学生がスピンアウトし、独自のスタートアップを設立する仕組みを作っている

アールトデザインファクトリーには、木工や金属加工のための工具、機械、電子回路の開発キットなども用意されている。

デザインファクトリーはプロジェクトを通じて、学生が実社会での課題解決能力を養う場だ。学生たちは、産業界から様々な協力やスポンサーシップを受け、プロジェクトを進める。「成功だけでなく失敗も学びの一環として捉え、創造的なプロセスを評価」するという。

また「IDBMプログラム(国際デザインビジネスマネジメント)」と呼ばれるプログラムも展開している。アート、ビジネス、エンジニアリングの学生がチームを組み、産業界の実課題に取り組むなかで企業からのフィードバックを受け、実践的なスキルを習得するというものだ。実社会と学生の協働の場をつくっている点、また学生に対して「失敗できる環境」を用意している点が特長だという。

このプロジェクトで生まれたアイデアや知的財産は企業に帰属するものの、学生も発明者としての権利を保持できる。

さらに、プロジェクト終了後に学生がスタートアップを設立し、企業が最初のクライアントになるケースもあるのだとか。若い世代に起業家精神を手渡し、社会や企業に接続するこの仕組みは、間違いなくスタートアップエコシステムを支えていると思う。評価はプロセスを重視し、チームワークを奨励。学生たちには「失敗を恐れず挑戦する文化」を教える、と担当者は話す。

起業家やスタートアップが対象の「スタートアップセンター」

「アールトスタートアップセンター(Aalto Startup Center)」は、1997年にふたつのインキュベーションプログラムが統合される形でスタートした。

すでに具体的なビジネスアイディアやプロジェクトを実行している起業家や、スタートアップを支援するアクセラレータープログラム「アールトスタートアップセンター(Aalto Startup Center)」にも注目したい。研究成果を商業化するモデル(※)を支援しており、主に、開発をはじめたばかりのスタートアップ、ディープテックスタートアップ、そして学術研究を基にしたビジネスを支援している。(※Research to Business(RtoB)モデル。)

現在、60社以上のスタートアップを支援しており、2021年から2023年の間に大学ビジネスアクセラレーターとして世界トップ3にランクインしている。支援を受けた約800社のうち、80%が事業を継続しており、2022年時点でこれらの企業の売上高は6億3000万ユーロに達している。アルムナイ企業においては、4000人弱の雇用を生み出しているという。

アセット、ソリューション、ビジネスの支援と開発をプログラムの中心に据えている。

起業家に対しては、資金やネットワーク、知財の管理支援などのアセットに加え、プロトタイプ開発や実証実験などのソリューション、販売戦略や海外展開などビジネス面での支援を行う。主な成功事例に、モバイルゲーム「アングリーバーズ(Angry Birds)」で知られる「ロヴィオエンターテインメント(Rovio Entertainment Ltd)」や、地球観測サービスを提供する「クヴァスペース(Kuva Space)」、DX事業を通じて企業や社会の課題解決を支援する「フュートゥリス(Futurice)」などがある。

現在行っている主要なプログラムもバラエティに富んでいる。モビリティや都市緑化など都市課題に取り組むスタートアップを支援する「アーバンテックヘルシンキ(Urban Tech Helsinki)」や、宇宙関連技術に焦点を当てたスタートアップを対象とする「イーエスエービーアイシーフィンランド(ESA BIC Finland)」などが挙げられる。

また、デザイナーやアーティストの起業前支援を行う「アールトデジタルクリエティブ(Aalto Digital Creatives)」、EUの資金(2,000万ユーロ)を活用して、ウクライナのスタートアップをEU市場に接続する「シーズオブブレイバリー(Seeds of Bravery)」ヨーロッパ全域を巻き込んだスケーリングプログラムで、300以上の投資家やパートナーとのネットワークを提供する「ディーツーエクセル(D2XCEL)」などだ。

アルムナイ企業は、一般的な高成長企業を上回る成果を達成しており、2022年の平均売上は1社あたり197万ユーロ、営業利益率は2.5%だという。イノベーションの現場において、研究機関が担う役割は大きい。エコシステムの中で生まれる好循環のエンジンとして機能するアールト大学、そこで学ぶ学生らの姿が印象に残った。

アールト大キャンパス。大学名はフィンランドの建築家アルヴァ・アールトにちなんでいる。

取材・執筆・撮影/遠藤祐子(MASHING UP)

協力/ヘルシンキ・パートナーズ

[Aalto University]

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