そして、ほぼほぼ北イタリアの港町(とすぐそばの海の中)だけで展開する、舞台がとてもミニマムなのも特徴です。加えて、主人公たちは10代前半の少年少女であり、ひと夏のかけがえない体験を綴る「ジュブナイル」もの。中年男性を主人公とし、メッセージもほぼ大人向けになった『ソウルフル・ワールド』(20)とは好対照の内容とも言えるでしょう。
同時に、『あの夏のルカ』は子どもだけに独占させておくのはもったいない、大人こそが涙腺を決壊させてしまう要素もあります。その理由は、「あの頃にこういう友だちがいたなあ」ノスタルジーに浸らせてくれることがひとつ。そして分断や差別が大きな問題となっている現代社会への警鐘にもなっていて、さらに友だちとの関係はもちろん人生においても大切な価値観に気づかされるという、意義深さにもあったのです。以下より、たっぷりと解説していきましょう。
1:差別や迫害を恐れて身分を隠す人々の物語
主人公のルカは「シー・モンスター」である13歳の男の子。彼は生まれてからずっと海の中で暮らしていましたが、ある夏にアルベルトと名乗る少年に出会い、地上の世界へと足を踏み入れることになります。
重要なのは、地上の人間とシー・モンスターが、お互いにお互いを恐れているということ。街ではシー・モンスターを倒すことを良しとする価値観がまかり通っており、海に住むシー・モンスターも地上とのつながりを完全に絶ってひっそりと暮らしているのです。そして、シー・モンスターは身体が乾くと人間の姿になれる性質を持つため、ルカたちは「人間のふり」をして港町に潜り込むことになります。
逆に言えば、ルカたちは水に濡れると本来のシー・モンスターの姿になってしまうということ。それは「バレないように気をつける」というハラハラドキドキのサスペンスとしても存分に機能していると同時に、現実の世界にいる「差別や迫害を恐れて身分を隠す人々」のメタファーとしても読み取れるのです。
これ」は日本においても他人事ではありません。例えば、実在の精神科医の人生を追ったドラマおよび映画『心の傷を癒すということ』(20)では、主人公が幼い頃に在日韓国人であるのに日本人の名前を名乗っていたのは「息子たちが差別や偏見に悩まされないようにするため」という親の配慮が理由であると描かれていました。
『あの夏のルカ』におけるシー・モンスターであるルカの両親が、息子に頑なに地上の世界に行かないこと、興味を持つことすら禁じようとしていたのも、差別や迫害のみならず、命の危険すらあることを恐れていたからでしょう。実際のシー・モンスターは全く危険な存在ではない、それどころか人間の姿になれば(ならなくても)人間と全く変わらない存在なのに、「思い込み」で世界が断絶されているというのも切なくなります。
これは、多種多様な動物たちが共存する理想郷を描いた『ズートピア』(16)の発展系でもあり、世界が分断されてしまう悲劇を描いた『ラーヤと龍の王国』(21)にも通じるテーマです。現実の社会で起こっている問題を、子どもにもわかりやすいフィクションのアニメ映画で提示し、そして観る側に解決のためのヒントを与えるということ……最近のディズニーおよびピクサー作品に通底するその志の高さは、賞賛するしかありません。
ちなみに、エンリコ・カサローザ監督によると、シー・モンスターはカラフルで観客が受け入れられるようなデザインにしていると同時に、ルカのおばあちゃんはちょっと怖いデザインで、両親はその怖さが少し減って、ルカはさらに減っているというバランスにもしているそうです。時代が移り、かつては敵対していた人間とシー・モンスターは、実は友好に共存が可能になるのだという変化(もしくは実は変わっていないという皮肉)も、そのデザインからも読み取ることができました。
--{2:夢というテーマを、親友への嫉妬の感情から描く}--
2:夢というテーマを、親友への嫉妬の感情から描く
さらに重要なのは、「夢」というテーマにも、この『あの夏のルカ』が真摯に向き合っているということ。それを「少年2人と少女1人」という関係性の中で描いたことも特筆すべきでしょう。
共にシー・モンスターであるルカとアルベルトはあっという間に親友になり、さらに人間の少女であるジュリアと出逢います。3人は街で開催されるトライアスロンのレースに結託して参加することになるのですが、そこで明らかに「嫉妬」の感情が描かれるのです。
その大きな理由は、ジュリアがアルベルトも知らない知識もたくさん持っていたから。例えば、アルベルトは夜空の星を「魚」だと信じて疑わなかったのですが、ジュリアはそれらが遠く彼方にある存在であること、他にも広大な世界が広がっていることをルカに教えてくれます。しかし、アルベルトはこのジュリアのこの知識を快く思わないばかりか、学校で勉強したいと願うルカの夢も、「人間とシー・モンスターが仲良くできるわけがないだろ」と、勝手に否定してしまうのです。
これは夢への「執着」の物語でもあります。例えば、アルベルトはレースの賞金を手にして、さらにベスパ(イタリアのオートバイ)を買って自由になることを夢見ていたのですが、アルベルトが重要視しているのはほぼ「それだけ」で、他の選択肢や価値観を持ち合わせていないように見えるのです。もちろん、自分の信じた夢や目的に向かって一直線に進むのも尊く素晴らしいことではありますが、それは同時に危険であり、友だちを傷つけてしまう原因にもなる、ということが劇中では示唆されているのです。
「信じれば夢が叶う」という通り一辺倒ではない、夢の本質をシニカルかつ痛切に描くというのは、ピクサー作品に通底するテーマです。例えば、「なりたい自分となれる自分が違う」という残酷さは、それこそ初長編作品の『トイ・ストーリー』(95)で描かれてきたことでもあるのですから。
もちろん、ただ夢の厳しさを提示して終わるわけがありません。例えば、『モンスターズ・ユニバーシティ』(13)では、ピクサー作品で描かれてきたことの「総決算」であるかのように、厳しい夢への向き合い方を真摯に、しかも希望を得られる形で描いていました。そして、この『あの夏のルカ』では夢への執着だけでなく、「凝り固まった価値観」という、さらに大きなテーマにも波及していたのです。
その凝り固まった価値観とどう向き合えばいいのかと言えば、端的に言って「新しい世界を知ること」にあるのでしょう。その手段は勉強でもいいし、友だちから教えてもらうのでもいい。それこそが回り回って、自分の夢のためにも、大切な人(親友や家族)のためにもなると訴えられているのが本当に素晴らしい! 主人公たちはまだ広い世界のことを知らない子どもだからこそ、そのことを知って少し大人になる、成長を遂げているのです。大人にとっても今一度、本当に大切なことは何かを思い出すきっかけになるでしょう。
そのような奥深いテーマを置いておいても、思春期手前の「少年2人と少女1人」という関係性は、やっぱり楽しく見られます。ジュリアはルカやアルベルトに比べても活発な性格で、時折イタリア語を交えて驚いたりする感情の豊かさも含めて何ともキュート。個人的には、ピクサー史上で最も大好きなヒロインであり、彼らの仲良しの時の掛け合いは永遠に見ていたいくらいの尊みに満ちていました。
--{3:宮崎駿監督およびスタジオジブリ作品からの影響もたくさん!}--
3:宮崎駿監督およびスタジオジブリ作品からの影響もたくさん!
『あの夏のルカ』のエンリコ・カサローザ監督が、宮崎駿監督およびスタジオジブリ作品の大ファンであり、本編でそのオマージュがあることにも触れなければならないでしょう。わかりやすいところで言えば、 舞台である北イタリアの港町の「ポルトロッソ」は、『紅の豚』(92)の主人公の名前(および英題)の「PORCO ROSSO」から取られています。ジュリアが赤白のボーダーのシャツを着て、しかも自転車に乗っているのは、おそらく『魔女の宅急便』(89)のトンボのオマージュなのではないでしょうか。
さらにエンリコ監督は3DCGアニメである本作で「キャラたちがどう動くか」「もっと楽しくするにはどうしたらいいのか」を考えた結果、2Dアニメのスタイルを取り組んでおり、その動きのタイミングなどは『未来少年コナン』にインスパイアされているのだそうです。キャラたちがコロコロと表情を変え、その一挙手一投足がとにかく可愛らしいのも、宮崎駿作品を参考にしたおかげなのでしょう。
さらに、エンリコ監督はアルベルトがルカにジャンプをやって見せて、ルカはもまた挑戦するシーンにおいて、細田守監督の『おおかみこどもの雨と雪』(12)における、雪の中を母と2人のおおかみこどもが走るシーンを思い出したのだそうです。このシーンはドラマ上は必要でないためカットの危機もあったそうですが、エンリコ監督は素晴らしいシーンなのだと断固として主張していたのだとか。確かに、言われてみればシー・モンスターがしょっちゅう人間の姿になったり、また戻ったりするのは『おおかみこどもの雨と雪』を思い出させますね。
そんなエンリコ監督は、いつか宮崎駿に会う日を夢見て描いたイラストをTwitterに投稿しています。そして、実際に2人は短編作品『月と少年』(11)の上映時に会っていたのです。
Thanks for the reply Ghibli friends. Many years back I dreamed of meeting Miyazaki San and even drew a comic about it. Finally I did meet him and showed him La Luna. It was an incredible experience. Hope he gets a chance to watch #PixarLuca one day. https://t.co/TXfxyrf1Cp pic.twitter.com/c882i8sSK2
— Enrico Casarosa (@sketchcrawl) June 24, 2021
さらにエンリコ監督は、宮崎駿監督が『崖の上のポニョ』の絵コンテを水彩画で描いたことを知り、自身も『月と少年』(11)の絵コンテを水彩画で制作して、やはり「3Dアニメにあえて2Dの要素を入れる」試みをしていたのだとか。エンリコ監督はとことん、日本のアニメ映画および宮崎駿作品をリスペクトしている作家と言っていいでしょう。
ちなみに、その『月と少年』は、小舟で出かけていたり、親が子どもの教育方針をめぐってケンカするなど、『あの夏のルカ』との共通点がとても多い作品でしたので、合わせて観るとより楽しめるでしょう。ジュリアのお父さんと、ほぼ見た目が変わらないキャラも出てきますよ。
さらに、ジュブナイル映画の金字塔である『スタンド・バイ・ミー』(86)や、自転車レースに挑む若者たちの友情を描いた『ヤング・ゼネレーション』(79)もインスピレーションを与えていたのだそう。アニメでありながら、実写映画のジュブナイルもののエッセンスも多分に込められているのです。
--{4:パーソナルな物語を、普遍的な作品に}--
4:パーソナルな物語を、普遍的な作品に
ピクサー作品では、11歳の娘の感情の変化からヒントを得た『インサイド・ヘッド』(15)を筆頭に「極めてパーソナルな経験から生まれた物語が、実は普遍的な作品になる」こともよくあります。
実はエンリコ・カサローザ監督もそのことを意識しており、自身の経験や思索が『あの夏のルカ』には反映されています。例えば、自分が過保護に育てられてシャイな性格であった一方、その頃の親友は情熱的でやりたいことを自由にやっていたことを周りに話すと、みんな「ああ、私にもそんな友だちがいた!」と返されたことを、監督は面白いと感じていたそう。しかも、「自分だけ違うんじゃないか?」という気持ちは、かつてオタクっぽかった自分に限らない、多くの子どもが感じがちな普遍的な気持ちだとも思ったのだとか。
そして、その物語を自伝的なものではなく、普遍的なものにするために、エンリコ監督は製作チームと話し合い、友だちからどんなことを学んだのか、新しいことにチャレンジするために、お互いにどのように励まし合ったのかといった話をたくさんしたのだそうです。その中で、エンリコ監督は「友情の中心にあるのは、1人であれば、やらないようなことに挑戦するきっかけを作ってくれること」だとも思い至ったのだとか。この思索が、『あの夏のルカ』のルカがアルベルトとジュリアと出会ったことで、さまざまなことに挑戦していく作劇につながっているのは、言うまでもありません。
さらに、前述した嫉妬の感情についても、エンリコ監督は「3人の友人がいると起きがちで、みんな経験したことがあると思うので入れ込みたかった部分、誰もが共感できることだと思っています」と語っています。『あの夏のルカ』は実際にはいないシー・モンスターも登場するファンタジーでありながら、実は「誰にでも共通する少年時代の出来事(特に友だちとの関係)」を、パーソナルな経験から描いている、だからこそ多くの人に響く内容となっているのです。
--{5:エンドロールの最後までお見逃しなく!}--
5:エンドロールの最後までお見逃しなく!
最後に、重要なことを1つ告げておくと、エンドロールの最後までぜひ見届けてほしいということ! 感涙のエンディングを迎えた時、筆者は「あれ?そういえば回収されていない伏線が1つあるぞ……」とちょっと不満も感じていたのですが、それは最後の最後の「おまけ」でしっかりと提示されていたのですから。これが悪意も込みのギャグでいるようで、これもまた「夢への執着」「凝り固まった価値観」について重要な知見を投げかけているのもクレバーでした。何より、エンドロールそのもので、絵で「描かれたこと」は、実は『となりのトトロ』(88)の影響であったりするのです。日本版エンドソングの(吹き替え版でのみ流れる)、井上陽水が原曲、ヨルシカが歌唱を務めた「少年時代」も実にマッチしているというのも素敵でした。最後まで、ぜひ聴き入ってください。
参考記事:
『あの夏のルカ』に色濃い日本のアニメの影響!今までにないピクサー映画に|シネマトゥデイ
【インタビュー】映画『あの夏のルカ』エンリコ・カサローザ監督&アンドレア・ウォーレンプロデューサー「この映画の中で、友情についての問い掛けを掘り下げたいと思いました」 | エンタメOVO(オーヴォ)
ディズニー&ピクサー映画『あの夏のルカ』監督&製作インタビュー | アニメイトタイムズ
あの夏のルカ インタビュー: 海の怪物と人間は友だちになれる?「あの夏のルカ」が描く「“あなたを認めている”とはっきり示す」重要性 - 映画.com
(文:ヒナタカ)
--{『あの夏のルカ』作品情報}--
『あの夏のルカ』作品情報
ストーリー平穏な<海の世界>に暮らすシー・モンスターの少年ルカは、海底に沈んでいる“人間のモノ”に興味津々で、見たことのない世界への憧れは募るばかり。人間の世界を知るシー・モンスターのアルベルトと出会った彼は、ついに海の掟を破り、2人でポルトロッソの町に足を踏み入れる。身体が乾くと人間の姿になる性質を持つ彼らは、どこからみても普通の少年だが、少しでも水に濡れると元の姿に…この“秘密”を人間に知られる恐怖を抱きながらも、ルカは目の前に広がる新しい世界に魅了されていく。もっと知りたい。この世界のすべてを──
だが、ルカとアルベルトの無邪気な冒険はやがて、海と陸とに分断されてきた2つの世界に大事件を巻き起こす。果たして、ルカの禁断の憧れが生んだ<ひと夏の奇跡>とは、何か…?
予告編
基本情報
声の出演(日本版):阿部カノン/池田優斗 ほか
監督:エンリコ・カサローザ