Lil Nas Xは何と戦っているのか。プライド月間に考える...の画像はこちら >>



Text by 山元翔一
Text by アボかど



毎年6月は、LGBTQの権利や文化を称揚する「プライド月間」として知られている。同性婚の実現を求める「結婚の自由をすべての人に」訴訟が起こるなど、日本における社会的な関心も高まっている。



ではいま、音楽はその機運や当事者たちの声をどのように反映しているだろうか。

「タフな男らしさ」が誇示されることの多かったヒップホップ / ラップシーンにおいて同性愛嫌悪が強いことは度々問題になってきたが、2010年代から現在に至るまでのさまざまな出来事を経て、シーンの風向きも変わってきた。
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Lil Nas Xが『MONTERO』(2021年)をリリースした際、ライターの木津毅はこう記したが、社会的な機運に反して、いま黒人社会における同性愛嫌悪が取り沙汰されている。「ゲイのポップスター」で「2021年の顔」とも言うべきLil Nas Xが、アフリカ系アメリカ人向けのテレビ局「BET」が主催する『BET Awards』でひとつもノミネーションされなかったのだ。



ヒップホップという文化のなかでLGBTQがどのように扱われてきたのか、そしてその状況がいまどのように改善に向かっているか。ライターのアボかどに執筆してもらった。



以前、『グラミー賞』にはヒップホップコミュニティーのムードが反映されておらず、ブラックカルチャーを正当に評価していないのではないか、という趣旨の記事を書いたが(※)、日本時間の6月27日に授賞式が開かれる予定の『BET Awards』においてもそれに近い状況が生じている。



『BET Awards』は、アフリカ系アメリカ人向けのテレビ局「BET」が主催するアワードで、現在は「最優秀グループ」や「最優秀女性ヒップホップアーティスト」など19部門を設けてアーティストや映像監督などの功績を称えている。



そんな『BET Awards』の今年の候補者リストが議論を呼んでいる。



ドージャ・キャットの「最優秀女性ヒップホップアーティスト」部門でのノミネートではなく(※)、今回の候補者リストに対する大きな反発の声は別のところから上がった。『MONTERO』(2021年)が大ヒットし、高い評価を集めたアトランタのラッパー、Lil Nas Xの名前がなかったのだ。



2021年の顔のひとりであるLil Nas Xは、『グラミー賞』や『Billboard Music Awards』など多くの賞を獲得していた。

にもかかわらず、ブラックコミュニティーでのアワードでのノミネートが皆無ということは大きな話題を集め、本人もすぐにSNSで不満の声を上げた。



「黒人のゲイはこの世界で見てもらうには戦わないといけない気がする。トップに立っていても、マザーファッカーたちは俺たちを見て見ぬフリをするんだ」とTwitterに書き込み、自身と黒人LGBTQコミュニティーが置かれている困難を強調していた(現在当該ツイートは削除されている)。



さらにはYoungBoy Never Broke AgainをフィーチャーしたBETへのディス曲“Late to da Party”をプレビューし、アワードの問題点に抗う姿勢を見せた。



しかし、この曲は単なる『BET Awards』批判ではないという。Lil Nas Xはプレビュー後に「これは黒人社会における同性愛嫌悪という大きな問題についてだ」とTwitterに書き込み、より広い問題への意識を覗かせた。



BETは今回のLil Nas Xの苦言に対し、2020年の『BET Awards』の「最優秀新人アーティスト」でノミネートしたことなどを挙げて反論していた(*1)。



今回のゼロノミネートの理由が本当にLil Nas Xが指摘するとおり同性愛嫌悪なのかは不明だが、悲しいことにヒップホップのリリックなどを思えば、そういったムードが少なからずあることは否定できないだろう。



Lil Nas Xがラッパーとして活動をはじめる前、ニッキー・ミナージュのファンアカウントの「なかの人」をやっていたことはよく知られている(*2)。ニッキー・ミナージュはキャリア初期からLGBTQコミュニティーのあいだで人気の高いアーティストだった。



ニッキー・ミナージュはオルターエゴの数がほかのラッパーとは比べものにならないほど多く、キャラクターやフロウも自在に変えるラップで2010年代前半に快進撃を進めていったラッパーだ。



2010年にカニエ・ウェストがリリースした大型マイクリレー“Monster”での客演は特に評価が高いが、同曲でもThe Harajuku Barbieとロマン・ゾランスキーという2つのオルターエゴを演じている。



そしてこの荒々しいフリーキーなラップを聴かせるロマン・ゾランスキーは、「イギリス出身のゲイ」という設定だった(*3)。



さらに、ニッキー・ミナージュ自身もこの頃はバイだと公言していた。のちにそれは「注目を集めるためだった」と明かしていたが(*4)、それが偽りだったことの問題はさておき、バイとして振舞い、ゲイとしてラップして活躍するニッキー・ミナージュがLGBTQコミュニティーに与えたインパクトは軽いものではないだろう。そして、それはLil Nas Xにも確実につながっている。



しかし、そのニッキー・ミナージュが所属するレーベルの「Young Money」のボスであるリル・ウェインもたびたび「no homo」というフレーズを口にするなど(※)、ヒップホップ界における同性愛嫌悪は古くから根強かった。



1989年にビッグ・ダディ・ケインがリリースしたアルバム『It’s a Big Daddy Thing』収録の“Pimpin' Ain't Easy”でも「ビッグ・ダディの法は反faggotだ」というリリックが登場するなど、ヒップホップの初期から同性愛嫌悪的な態度は多く見られた。



バトルライムで相手(仮想敵含む)を同性愛者扱いするのが罵倒の分脈として扱われることもしばしばあった。かの有名なJay-Zとのビーフの際にNasが放った2001年のディス曲“Ether”にも「ゲイ・Zとコッカフェラ・レコーズがビーフをしたがっている」というラインが登場する。



2010年代に入るとフランク・オーシャンの登場などのトピックはあったものの、そのフランク・オーシャンの仲間のタイラー・ザ・クリエイターでさえ「faggot」(※)という単語を用いることがあった。



そして近年でも2021にDaBabyが大型フェス『Rolling Loud Miami』に出演した際に同性愛蔑視的な言葉で煽り、のちに謝罪する一幕があった(*7)。このときDaBabyを擁護したベテランラッパーのブージー・バッダスは、その後もここに載せるのをためらうほどの言葉でLil Nas Xを中傷している(*8)。



ブージー・バッダスはその前にもディズニーが同性間のキスシーンを放送した際にディズニーを批判するなど、同性愛嫌悪発言が目立つ人物だ(*9)。

コダック・ブラックやRucciなど多くのラッパーに影響を与えた重要なラッパーだが、カニエ・ウェストなどと同様その言動はたびたび批判を集めている。



Lil Nas Xの例だけではなく、ヒップホップコミュニティーにおけるLGBTQを取り巻く状況はまだ厳しいと言えるだろう。



悲観的な話が多くなったが、改善に向かう動きも少しずつ見えはじめてきている。



そもそもDaBabyやブージー・バッダスなどの一連の発言も、以前なら問題化しなかった可能性もある。ネガティブな感情を生む話題だが、コミュニティーの空気が変わりつつあることの証左でもあるのだ。



変化の兆しが見えはじめたのは、やはり2010年代だろう。



2010年頃には先述したニッキー・ミナージュの活躍があり、2012年にはフランク・オーシャンが同性への片思いの経験を告白した(*10)。



フランク・オーシャンのカミングアウトはヒップホップコミュニティーからも好意的なリアクションを多く招き、「Def Jam」の共同創設者のラッセル・シモンズもウェブメディア「Global Grind」で「ヒップホップにとって今日は大きな一日だ」「自分の性的指向を公表するというあなたの決断は、まだ恐怖のなかで生きている多くの若者に希望と光を与える」と称賛した。



その後もNYで活動するレズビアンのラッパーのYoung M.Aが2016年にシングル“Ooouuu”をヒットさせ、2017年にはアトランタのラッパーのiLoveMakonnenがゲイであることをカミングアウトする(*11)など、少しずつLGBTQのラッパーの活躍も増えていった。



そして2017年、Jay-Zは『4:44』収録の“Smile”で、母からレズビアンであることを打ち明けられた経験をラップした。



Jay-Zはフランク・オーシャンを早い段階で起用していたことでも知られ、2019年にはLGBTQのコミュニティーを正しく公平に描いて理解を促進させた人やメディアを称える「ヴァンガード賞」を受賞した(*12)。同性愛嫌悪が根強いヒップホップだが、その状況は多少改善されつつあるのだ。



そしていまではLil Nas Xやケビン・アブストラクトのようなラッパーも現れた。



しかし、こういった広い人気を集めるアーティストの多くはクロスオーバー志向な音楽性の持ち主であり、Young M.Aのようなストイックにヒップホップに取り組むタイプのアーティストは前者ほど評価を受けづらい傾向にある。LGBTQのアーティストに革新性ばかりを求めるのではなく、より伝統的なスタイルのアーティストも正当に評価していくことが求められるだろう。



かつてA$AP Rockyは、「以前はホモフォビア(同性愛嫌悪)だったけれど、大好きなファッションデザイナーがみんなゲイだと知って改心した」と語った(*13)。



例外も多少あるものの、ラッパーは基本的には自分の経験を自分の言葉で語ることが美徳とされている。LGBTQのラッパーがありのままの姿を見せて活躍していくことが当事者に与える影響はきっと大きいものがあるだろう。



そしてその表現を支持していくことは、A$AP Rockyの経験のように好きなものを通して差別を減らしていくことにつながる可能性もある。ヒップホップの持つエネルギーなら、それはきっと成し遂げられるはずだ。