Text by 廣田一馬
Text by 明日菜子
参議院議員選挙に沸いた、2025年の夏。投票率は57.91%前後で、期日前投票の利用は過去最高を記録した。
一方、今回の選挙で「分断」を煽るような声や、それに賛同する声が目立ったのも事実だ。たしかに、他者を思いやる余裕を持ちにくい時代になっているのかもしれない。けれど、個人の力だけでは太刀打ちできない時代だからこそ、これまで以上に他者と手を取り合うことが求められるのではないだろうか。
そんな「いま」を映す2025年夏ドラマの中から、共生や連帯を描く作品に注目してみたい。
『ちはやふる』シリーズの「新章」にあたる『ちはやふる -めぐり-』は、映画の世界から10年後、令和の高校生たちが競技かるたに出会うストーリー。
現かるたクイーンの綾瀬千早(広瀬すず)が顧問として率いる母校・瑞沢高校は、いまや全国屈指の強豪校に。一方、本作の舞台となるのは、かつて千早たちと苦楽をともにした大江奏(上白石萌音)が顧問を務める梅園高校だ。
ドラマオリジナルの展開になるが、作者・末次由紀がプロットから関わり、映画三部作を監督した小泉徳宏がショーランナーを担う本作は、『ちはやふる』シリーズの魂を受け継ぐ、次世代の物語になっている。
しかし、周囲から「かるたバカ」と呼ばれた千早とは対照的に、本作の主人公・めぐる(當真あみ)は、現代の価値観を凝縮したような「コスパ、タイパ時代の申し子」だ。経済的自立と早期退職を意味するFIRE(Financial Independence, Retire Early)を目標に掲げ、『敗者の品格』という資産運用のハウツー本を愛読。掛け持ちしたアルバイトの給料は、ほとんど投資に回している。
第1話では、古文の授業中にスマホで株価の動きを眺めていたことがバレて反省文を書く羽目になるのだが、「心にもないことは書けない」「そもそもこの時代に古文をやる意味があるのか?」「AIに頼ってしまうから反省文以外のペナルティを課してほしい」と主張し、奏をギョッとさせた。
やや味気ない主人公に感じるかもしれないが、めぐるが生まれた2007年~2008年頃といえば、リーマンショックで世界的な不況に陥った時代。両親は健在でなに不自由なく育ったように見えるものの、料理人だった父・進(要潤)は、コロナ禍で失職したという背景がある。
社会制度の限界がささやかれ、投資や副業を国が勧める時代において、将来を不安視する若者が、「ムダ」を嫌うリアリストになるのも仕方ないと思ってしまうのだ。
だからこそ、めぐるのような高校生たちが、コスパやタイパでは測れない「超アナログ」な競技かるたに惹かれる姿には胸を打たれる。映画版は千早・新(新田真剣佑)・太一(野村周平)の恋の行方も見逃せない作品だったが、今作の軸は「友情」だ。
梅園高校かるた部の仲間たちの絆や、めぐるが「漫画の主人公みたいな子」と遠ざけるライバル・凪(原菜乃華)との関係性。そして、年齢や立場を超えて共鳴しあう、めぐると奏の「連帯」も意味している。
自らを「主人公ではない(主人公みたいな子はほかにいる)」と思う2人が手を取り、圧倒的主人公の千早と凪がいる王者・瑞沢に挑む。そんなめぐると奏の物語は、平成の『ちはやふる』とはまた違う風が吹くだろう。めぐるたちを全国大会の舞台・近江神宮へと導く中で、奏自身の物語がどう芽吹くかも楽しみだ。
今期の話題作『ひとりでしにたい』(NHK総合) と同じく、脚本家・大森美香が手がける『僕達はまだその星の校則を知らない』も、上質な学園ドラマだ。
独特な感性を持つ弁護士・白鳥(磯村勇斗)が、共学化した私立高校にスクールロイヤー(いじめ、不登校、保護者対応などの問題について、法律に基づいた助言や指導を行う弁護士)として赴任し、新たな環境に戸惑う生徒たちの声を、法的な視点から拾い上げていく。
同作も第1話から引き込まれた。白鳥の着任早々、生徒たちからは身だしなみに関する校則への不満が相次ぎ、とりわけ女子用スラックスを導入した「ジェンダーレス制服」は、評判が芳しくなかった。
さらに、その混乱を象徴する出来事が発生する。生徒会副会長の斎藤瑞穂(南琴奈)がスラックスを履き、会長の鷹野良則(日高由起刀)がスカートを履いて登壇した全校朝礼の翌日から、そろって学校に姿を見せなくなったのだ。
瑞穂は、副校長・三宅(坂井真紀)の不躾なひと言に傷ついたのではないか。鷹野は、カミングアウトを試みてうまくいかなかったのではないか。そもそも、女子のスラックスは認められて、なぜ男子のスカートが認められていないのはなぜか。生徒と教師の議論は収まらず、白鳥は制服の是非を問う「模擬裁判」を提案する。
だが、2人の行動は、校則への不満や反発からくるものではなかった。鷹野のスカート姿は、ジェンダーレス制服の導入をきっかけにスラックスを選んでみた瑞穂に、「連帯」の気持ちを示していたのだ。
制服が選べるようになったとはいえ、女子のスラックス姿は珍しく、スラックスで壇上に立った瑞穂には、多くの視線にさらされていた。
「俺はスカートがはきたかったわけじゃない。ただ、あいつの味方でいたかった」
鷹野のセリフには、学校という小さな社会で声を上げる難しさと、それでも寄り添いたいという思い、そして、この社会のなかでともに闘う「共闘」の意志が静かに感じられた。
もし、彼が抵抗しているのだとしたら、その矛先は校則ではなく、「世間やSNSも声を上げる人間の意見ばかりが目につくが、そういう人間は案外少数派で、声なき声の方がマジョリティーのことも多い」と雄弁に制服裁判を閉廷させた理事長・尾崎(稲垣吾郎)のように、サイレントマジョリティーを盾に、物事を優位に進めようとする世の中の風潮に向けられているのではないか。
瑞穂がスラックスを着用したのも「はいてみたかったからはいた」だけで、特別な理由はないところが良かった。スカートは寒く動きも制限される。だから、選択肢がひとつ増えたことが、彼女にとっては嬉しかったのだ。
いや、瑞穂だけではない。「新たな選択肢が増える」ことは、誰にとっても喜ばしい。たとえ、その新しい選択を自分が選ばなかったとしても。「今まで選択肢なかったから、ちょっと楽しみ」と微笑む瑞穂の姿が、そんな当たり前のことを思い出させてくれた。
いまの日本では、同性婚や選択的夫婦別姓をめぐる議論が絶えない。
「いままで選択肢なかったから、ちょっと楽しみ」という、誰にでも当てはまるシンプルな感情を、もっと大切にしてもいいのではないだろうか。鷹野と瑞穂のエピソードは、この時代の在り方を重ねずにはいられなかった。
さて、この時代における他者との「共存」を真正面から問う作品もある。深い時間にひっそり放送中の『私があなたといる理由』は「結婚3年目の30代夫婦」「20代大学生カップル」「50代の熟年夫婦」という、世代や立場の異なる男女3組が、グアムで過ごす1週間を通じて、パートナーと生きる意味を見つめ直すオリジナルヒューマンドラマだ。
美味しいものを食べて、観光して、買い物をして……そんな華やかさのなか、日常の喧騒やデジタルデバイスから離れた異国の地で、ふと頭に浮かぶのは、案外目の前にいる人のことなのかもしれない。
本作の面白さは、テレ東初のオール海外ロケで実現した壮大なスケールのなかで、パートナー間のディスコミュニケーションというミニマムなテーマを、徹底的に描いているところだ。
この円安時代に2人で海外に行くのだから、きっと仲のいいカップルなのだろうと思いきや、意外とそうでもない。いや、少なくとも日本で旅の計画を立てていたときは、もっと楽しそうにしていたはずだ。けれど、非日常の空間で過ごす1週間は、思いがけず些細なズレを浮き彫りにする。
せっかく観光スポットを巡っていても歩調が合わない、食事のテンポが違う、ふとした発言に「ん?」と引っかかる。友人に相談もできず、気分転換もままならない異国の地では、ひたすら「パートナー」と「パートナーといるときの自分」に向き合わざるを得ない。
それでも、旅行にきて良かったと思う瞬間もある。思い切って気持ちを打ち明けたとき、そのボールが上手く届いたとき、なにげない優しさに触れたとき。だが、またすぐに不安が押し寄せてくるのもリアルだ。相手には伝わっていないけど、画面越しの第三者からは「スン……」となった瞬間が手に取るようにわかる構図は、さながら恋愛リアリティーショーのようでもある。
さらに、ラストカットでは「一組の男女が別れるまで、あと◯日」と不吉なカウントダウンが始まっており、より緊張感を増している。グアムで妊娠が発覚した大学生カップルのあかり(中井友望)と陸(百瀬拓実)も、子どもに対する価値観に微妙なズレが生じた優(蓮佛美沙子)と陽介(溝端淳平)も雲行きが怪しい。
健次郎(勝村政信)と寛子(いしのようこ)に至っては、別れ話が持ち上がっていて、すべての関係にほころびがある。ひとつの結末は決まっているが、その過程のなかで、彼らが悩み、考え、言葉を選びながら相手に向き合おうとする姿は、いまを生きる私たちに気づきを与えてくれるはずだ。