Text by 沢山千
水に浮かぶ花々に包まれた少女、雲海を見つめる孤独な後ろ姿、炎に舞う蛾たちの幻想的な光景――。
スタジオジブリ作品の魅力は、神話や童話、民話などを昇華したストーリーだけでなく、細部に息づく美意識にあります。
そんなジブリ的世界観は、実は美術史の中にも脈々と流れています。森に棲む神秘的な生き物たち、自然と一体化した人間の姿、幻想と現実のはざまを漂う眼差し。古典から近代、そして近現代の日本画まで、ジブリの源泉に通じる絵画たちが存在します。
この記事では、ジブリ好きならきっと心を震わせる、8点の美術作品を厳選して紹介します。これまでに何度も見たジブリ作品に、新鮮な気持ちで再会することができるかもしれません。

カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ『雲海の上の旅人』(1818)
ドイツ・ロマン主義を代表する画家フリードリヒの代表作。断崖に立つ旅人が、雲に覆われた山岳風景を見渡す構図で、自然の荘厳さと人間の内面性を象徴的に描いています。

『天空の城ラピュタ』© 1986 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli
おすすめポイント:
『天空の城ラピュタ』や『風の谷のナウシカ』に通じる、高みから世界を見渡す視点。この作品の旅人の後ろ姿は、ジブリ作品における「遠くを見る人」たちの姿と重なります。人間の小ささと世界の広がり、その対比が心に刺さるのです。

イギリスのラファエル前派の画家ミレーによる代表作。シェイクスピア『ハムレット』の登場人物・オフィーリアが川に流される直前の一瞬を描いています。植物の細密な描写と、静かで凄惨な死の美しさが共存する絵画です。

『もののけ姫』© 1997 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, ND
おすすめポイント:
『もののけ姫』のシシ神の森や『千と千尋の神隠し』の幻想的な水辺シーンと共鳴する、死と自然の融合。オフィーリアが浮かぶ水面は、死ではなく、むしろ異界への入口のように感じられます。背景の植物の描写もジブリの背景美術のようにリアルで幻想的。命の気配と静けさが共存する瞬間を切り取ったこの絵は、ジブリ作品が繰り返し描いてきた境界に通じるものがありますよね。

フランスの象徴主義画家ルドンによる奇想的な石版画作品。巨大な人間の眼球が気球のように空を漂うイメージは、夢と無意識の世界を象徴するルドン独自の幻想を体現しています。

『ハウルの動く城』© 2004 Diana Wynne Jones/Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDDMT
おすすめポイント:
『千と千尋』のカオナシや、『ハウルの動く城』の火の悪魔カルシファーや動く城のように、ジブリには奇妙で愛らしい存在が多く登場します。視線そのものが世界を漂うというモチーフを描いたこの作品もまた不気味なのにどこか親しみがあり、異形であることの美しさ、それを受け入れる想像力を刺激します。

ロシアの画家イワン・シーシキンによる風景画で、小熊たちが遊ぶ松林の朝を描いた作品。リアルな自然描写と物語性のある構図が特徴。熊の描写は弟子のサフノフによるとされています。

『となりのトトロ』© 1988 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli
おすすめポイント:
『となりのトトロ』に登場する森、『平成狸合戦ぽんぽこ』の多摩の森など、ジブリにおける生命の森を彷彿とさせます。動物たちは精霊のようでもあり、現実と幻想の間を行き来する存在として描かれています。朝の光、湿った大地、空気の粒が可視化されたような構図は、ジブリ的な自然観の原型ともいえるでしょう。

浮世絵師・月岡芳年による怪奇シリーズの一枚。平安武士・源頼光が土蜘蛛と対峙する様子を幻想的かつ劇的に描いています。

『千と千尋の神隠し』© 2001 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDDTM
おすすめポイント:
『もののけ姫』におけるタタリ神の暴走、『千と千尋』の異形の神々──ジブリ作品に通じる「不気味だけど目が離せない」怪異表現がこの作品にも見られます。どこかユーモラスで、視覚的インパクトのある表現は、ジブリのビジュアル演出のルーツの一つかもしれません。

イギリスの画家・挿絵作家ヘンリー・ジャスティス・フォードによる『アンドルー・ラング世界童話集』の一場面。海の王冠を返還される魚の女王という幻想的なモチーフを、緻密な線と柔らかな構図で描きました。

『崖の上のポニョ』© 2008 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDHDMT
おすすめポイント:
宮﨑駿が若いころに強く影響を受けたとされる『アンドルー・ラング世界童話集』の挿絵群。その中でもこの『The crown returns to the queen of the fishes』は、『崖の上のポニョ』に通じる海の神秘を想起させますし、魚の女王の神秘的なたたずまいは、ジブリ作品が描く「人外の尊厳」とも呼応します。

日本画家・速水御舟による代表作。夜の闇の中で、炎に惹かれて舞う蛾の姿を幻想的に描いています。日本画の伝統と近代的構成力が融合した傑作。

『風の谷のナウシカ』© 1984 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, H
おすすめポイント:
『風の谷のナウシカ』の腐海、『もののけ姫』の夜の森、『火垂るの墓』のホタルのシーンなど、ジブリには暗闇に灯る光の描写がしばしば登場します。『炎舞』の闇と炎の対比、そして小さき生の命の一瞬をとらえるまなざしは、まさにジブリの静かな祈りと共鳴します。日本画とは思えぬ大胆な構図と静謐な色彩は、動かないアニメーションのよう。
イギリスの幻想画家ラッカムが描いた、童話『Catskin』の挿絵。動物の毛皮を纏い、森の中へ旅立つ少女の姿を描いています。ラッカムは繊細な線画と淡い水彩の色彩が特徴で、幻想と現実の境界を描く名手です。

おすすめポイント:
この絵の少女は『もののけ姫』のサンみたいですよね。動物の皮を纏い、一人で森へ旅立つ姿には「異界との共生」というジブリ的テーマが色濃く刻まれています。木々や山々の表現も、ラッカム独特の呼吸感があり、背景美術としてそのまま動き出しそうです。見つめ返すような少女の眼差しもまた、ジブリの少女像に通じる強さと孤独を感じさせます。ラッカムの作品は、他にもジブリ好きに刺さりそうなものがたくさん。ぜひ他の作品も見てみてください。