大手町に出現した巨大な銀の彫刻は一体何だ? ラッセル・モーリ...の画像はこちら >>



Text by 今川彩香



都心のど真ん中、大手町に突如出現した、2メートルほどの巨大な銀の「輪」。すぐそばには、不思議なかたちの彫刻が芝生のうえで円を描いている。

一体これは、何だろう?



それらはアーティスト、ラッセル・モーリスの作品だ。大手町駅直結の複合施設「Otemachi One」にて自然とアートが調和する空間づくりを展開する『Otemachi One ART BREAK』の一環で、ラッセルの『O by Russell Maurice(ラッセル・モーリス展「O」)』として展示されている。会期は11月7日まで。



今回は、ラッセルにインタビュー。コミックの表現を抽象化してアートに昇華するコミックアブストラクションを牽引し、主に2Dの作品を手がけてきたラッセル。立体作品は、どのようなインスピレーションのもとで制作されたのだろう? 自然をテーマに作品を発表し続けてきたラッセルは、異常な暑さを記録する現在の気候変動をどう捉えているのだろう? 今回の展覧会の作品を鍵として、たっぷり語ってもらった。



大手町に出現した巨大な銀の彫刻は一体何だ? ラッセル・モーリスが作品に込めた自然への危機感



—このたびの展覧会は『O by Russell Maurice(ラッセル・モーリス展「O」)』というタイトルで展開されていますね。展示のアイデアは、どこからスタートしましたか?



ラッセル・モーリス(以下、ラッセル):私は15年ほど「インフィニティ(無限)」をコンセプトにした作品をつくり続けています。無限のマーク(∞)に手を生やしたり、そこからまた∞ができたり、うじゃうじゃと生えるようなかたちにしてみたりと、いろいろと遊んできたんです。



そもそも今回の展覧会は、NOZZA SERVICE代表のノリさん(渡邉憲行)から声をかけてもらったのがきっかけでした。ノリさんにはこれまでもいくつか私の展覧会を手がけてもらいましたが、今回は特に密に、一緒に取り組んだプロジェクトとなりました。こんなに誰かと密にコミュニケーションしながら取り組んだ作品制作は、おそらく私のキャリアのなかでも初めてのことだったと思います。

これまでは一人でどっぷり考えて、方向性やアイデアを決めることが多かったので、新しい気づきを得られました。



それで、この無限のコンセプトをノリさんも気に入ってくださったので、そこに集中して、まずは作品のイメージを絵に落とし込んでいきました。そのあと、立体的な構想を考える際に、無限のシンボルとして「O」という形が自然に浮かびました。ひとつながりであり、一周してまた戻ってくる、くるくるといつまでも回り続ける……そんなイメージ。大手町の「O」にも絡められるということで、「O」というキーワードから始まりました。



大手町に出現した巨大な銀の彫刻は一体何だ? ラッセル・モーリスが作品に込めた自然への危機感

ラッセル・モーリス
英国ニューカッスル生まれ、逗子在住。1980年代初頭にロンドンから拡がったヨーロッパ・グラフィティの第1世代であり、2000年代後半に起こったムーブメント「Comic Abstraction」を牽引したアーティスト。それらの文化を背景にしたブランド「Gasius」の創設者としても知られる。異なる文脈の物事を組み合わせるインターメディアアート形式で表現される作品群は、芸術におけるジャンルの枠組みで分断されている知性や感性を接続する。出発点はグラフィティですが、 イギリスのセントラル・セント・マーチンで修士号を取得、2010 年にはイギリスの歴史あるプライズ「New Contemporaries」に選出されInstitute of Contemporary Arts での展覧会に参加。2016年には英国を代表するアーティストレジデンス「Somerset House」での滞在制作・展覧会を行なった。その後も国内外で展覧会を開催し、 2024年と2025年に、ケルンとパリのRuttkowski;98にて個展を開催。



—メインとなる大型彫刻『You might not like it, but we’re all connected(気に入らないかもしれないけど、私たちはすべてつながっている)』は、どのように制作されましたか?



大手町に出現した巨大な銀の彫刻は一体何だ? ラッセル・モーリスが作品に込めた自然への危機感

『You might not like it, but we’re all connected』(2025年)



ラッセル:絵を描いていくことが、私にとって最も重要なプロセスなんです。同じものを何回も何回も描き起こしていく。描いていくことで、自分のなかで大枠の形状を定めます。



今回は無限と自然というコンセプトで、立体的な構想にどうやって落とし込もうかと、アイデアのドローイングをノリさんにシェアしながら進めました。昆虫の形状なども研究し、本を見たり展示に行ったりしました。



2メートル強の高さがある立体なので、自分のなかでも「そんなに大きいものを!」というプレッシャーがあったんですよ。あまりに複雑すぎてもいけないし、シンプルにしたほうがいいのかな、どういうものが一番いいのかな、と試行錯誤しながら、かなりのパターンを描き出しましたね。



大手町に出現した巨大な銀の彫刻は一体何だ? ラッセル・モーリスが作品に込めた自然への危機感



—よく見てみると、向かい合う2つの顔があるんですね。



ラッセル:鼻と鼻を突き合わせて見つめ合うようなかたちになっています。そういうつながりを感じるもの、一体化するものは、私の好きなアイデアなんです。あと、顔というものも、悲しさや楽しさを表したりすることができるので、すごく好きなコンセプトですね。



大手町に出現した巨大な銀の彫刻は一体何だ? ラッセル・モーリスが作品に込めた自然への危機感



—「気に入らないかもしれないけど」から始まるタイトルも気になります。

これはどういう思いがあって付けられたものでしょうか?



ラッセル:現代の人間は、自然とのつながりがかなり失われていると危惧しています。自然環境が破壊され、地球が燃えるように熱くなっていても、人々はあまり気にせずテレビを見ているような状況があります。



実際のところ、人間が使っているエネルギーはどこから来るのか? プラスチックはどこから来て、ゴミになったあとはどこに行くのか? そのように考えていくと、人がなすすべての行動の影響は、自然へと向かいます。でも、環境破壊が自分の責任となってくるということは、誰かにとっては言われたくないことかもしれない。だから、「気に入らないかもしれないけれども、人は必ずすべて自然につながっている」というメッセージを込めました。それが一点。



もう一点は、人と人とのつながりです。社会に属し、コミュニティに属して生活している以上、人とのつながりは望む望まないにかかわらず必ずありますよね。こうした人と自然、人と人とのつながりをしっかりと責任を持って意識しましょう、つながっているということにオープンでいましょう、というメッセージを込めています。



大手町に出現した巨大な銀の彫刻は一体何だ? ラッセル・モーリスが作品に込めた自然への危機感



—ラッセルさんは自然をテーマにした作品をつくり続けていますね。そのルーツはどこにあるのでしょうか?



ラッセル:小さい頃から、私の中核をなすものが自然への関わりだったと思います。両親がヒッピーだったので、幼少期はかなり自然豊かな田舎で育ちました。

特に母が、自然がいかに重要で大切か、人がいかに地球環境への配慮に欠けているかということをよく話していたのを覚えています。大事な地球上の資源を無駄にしてはいけないということも、小さい頃から言われていました。



自然は当たり前のようにそこに存在しているわけではなく、しっかり責任を持たなければいけないという意識は、小さい頃からずっとあったんです。



大手町に出現した巨大な銀の彫刻は一体何だ? ラッセル・モーリスが作品に込めた自然への危機感



—現在の気候変動についてはどのような問題意識をお持ちですか?



ラッセル:率直に思いを述べると、かなり劣悪な状態、もう取り返しのつかない状態なのではないかと思います。もはや人間が止めることができない状況になっている。さまざまな自然が叫び声を上げながら破壊されているにもかかわらず、人間の行動には何の変化もありません。そして、お金がすべてを司っているわけなんですが、お金は決して自然を気にかけてくれません。たとえ地球が燃え上がっても、お金は気にしてくれないでしょう。この状況は絶望的で、かなり悲しいことだと思っています。



—以前のインタビューで、作品に政治的メッセージを持たせないようにしているとおっしゃっていましたが、それはいまもそうですか?



ラッセル:アーティストとして活動をはじめたとき、まずは絵画で展示をスタートさせたんですね。その当時も環境に対する思いが作品の背景にあったのですが、人に意見を押し付けることをしたくないと思っていました。



私の作品を見て「私はこう考えているから、そうだよね」という押し付けではなく、作品を見てもらって、観客のほうから能動的に何かを感じてもらうことを大事にしたい。

観客が自分自身のストーリーを紡げるような、考える余白を持たせる場所、作品を目指しています。私の作品で問題提起をさせてもらって、その余白のなかでしっかりと自分の考えを持って、さまざまなことに思いを馳せてほしいと思っています。



大手町に出現した巨大な銀の彫刻は一体何だ? ラッセル・モーリスが作品に込めた自然への危機感



—『You might not like it, but we’re all connected(気に入らないかもしれないけど、私たちはすべてつながっている)』のほかにも、『Hexenringe』『Anstrato's』『Ring of Saturn』という3種類の立体作品が輪をなして展示されていますね。



ラッセル:まず『Hexenringe』は、以前に私がつくった立体作品から、ノリさんのリクエストを受けて展開したものです。あるとき菌類に関する本を読んで研究し、きのこや菌類の奥深さに魅力を感じたのですが、この作品では特にフェアリーリング(菌類が自然に円を描いて生息する現象)からインスピレーションを得ています。地下の根っこが共有されているから同じ距離で完璧な円を描くように生えるという科学的根拠も、「つながり」というコンセプトに戻れるものでした。



大手町に出現した巨大な銀の彫刻は一体何だ? ラッセル・モーリスが作品に込めた自然への危機感

『Hexenringe』(2025年)



『Anstrato's』は、月をシンボルにしています。アルケミー(錬金術)や魔術のなかで使われる記号に魅力を感じ、月というシンボルもかれこれ15年ほど前から何度も使っているものです。シンボル化されたものに隠されている、さまざまなストーリーがミステリアスで魅力的なんですよね。この形状は、ドローイングをコピー機でコピーするときにわざと動かして、自分では思いつかないようなカオティックな形状や表現を得るという手法を使っているんですよ。



大手町に出現した巨大な銀の彫刻は一体何だ? ラッセル・モーリスが作品に込めた自然への危機感

『Anstrato's』(2025年)



『Ring of Saturn』は、これも私が以前につくった作品で、じつはノリさんの腕のタトゥーにもなっているモチーフです(笑)。宇宙のなかにあるものは基本的に、物質的には一つなんですよね。

エネルギーは消えることがなく、つねにつながり合っているというメッセージも込められています。



大手町に出現した巨大な銀の彫刻は一体何だ? ラッセル・モーリスが作品に込めた自然への危機感

『Ring of Saturn』(2025年)



—ラッセルさんは、コミックアブストラクションムーブメントを牽引されてきましたね。今回は立体作品ですが、その影響はありますか?



ラッセル:影響はあると思います。私自身はコミックアブストラクションムーブメントからさらなる次のステップを考えていますが、まだ次が何なのかはわかっていません。このムーブメントは、アーティスト同士で「自分たちのジャンルってなんだろう」「ないんだったらつくってしまえ」ということで始めたものです。いまでもコミックアートからインスピレーションを得ていますし、コミックアブストラクションは必ず私のなかにあると思います。



大手町に出現した巨大な銀の彫刻は一体何だ? ラッセル・モーリスが作品に込めた自然への危機感

『Hexenringe』(2025年)



—最後になってしまいましたが、いまは逗子のアトリエで制作をされているそうですね。その場所を拠点に選んだ理由はなんだったのでしょうか?



ラッセル:もともとパートナーと都内に住んでいたんですが、パートナーが妊娠したのをきっかけに、やっぱり自然があるところがいいということで、まず茅ヶ崎に移住したんです。海が近くて最高のロケーションでしたね。その後、家を買いたくて、自然の山や海が近いところがいいということで、逗子、葉山、鎌倉あたりを探していて、最終的にいまの家に出会って「ここだ」と思いました。都心から離れて不便さもありますが、私たちにとって自然と近い距離で生活できることは、便利であることよりもずっと大切なことなんです。

編集部おすすめ