Text by 家中美思
2025年7月から放送開始されたモクモクれん原作によるテレビアニメ『光が死んだ夏』が、SNSを中心に注目を集めている。
原作は2021年から『ヤングエースUP』にて連載を開始。

『光が死んだ夏』1巻 / モクモクれん
同作は「青春ホラー」と紹介されている。たしかに、ホラーとしての不気味さだけではなく、人間関係や主人公の成長物語も丁寧に描かれている見どころ満載な作品だ。
「普通」という枠による生きづらさについて社会に問いを投げかける本作。ホラーとしての表現や人間関係の描写を見ながら、本作の魅力を紐解いていきたい。
もともとはXの投稿から始まった本作。XだけではなくTikTokでも注目され、漫画紹介クリエイターによる作品紹介やコスプレ動画の投稿などが拡散されたことによってSNSを中心に人気に火がついた。
『ヤングエースUP』での連載が始まり、2025年7月時点で累計発行部数は350万部を突破、8月には漫画全巻の2度目の重版が決まるほどの人気ぶりだ。
本作のあらすじはこうだ。田舎のある集落で暮らす少年、よしきと光は幼馴染で仲の良い親友。しかしある日、光が山で1週間行方不明になってしまう。1週間後に戻ってきた光は人間の姿をしていながら、その中身は人間ではない別のなにか(人間であった光と区別してヒカルと表記されている)にすり替わってしまっていた。
『光が死んだ夏』には、田舎の集落や土地の神社にまつわる因習など、日本のホラーの定番ともいえる設定が盛り込まれている。そうした定番を受け継ぎながら、独特な表現が多く見られるのが本作の魅力の一つだろう。一瞬で鳥肌が立つようなぞっとする描写よりも、徐々に不気味さを感じるような怖さの表現や、ホラーを活用した丁寧な心理描写が特徴的だ。
幼いころからホラーが好きだという作者は、RealSoundのインタビューで、ホラー作品のなかでも特に「説明されない気持ちの悪さ」が好きだと語っている。本作でも「説明できないがなんとなく気持ち悪い、怖い」と感じさせるシーンが多々登場する。
たとえば、ひらがなの「く」が近づいてくる描写だ。学校帰り、よしきが林の奥にひらがなの「く」のかたちをした何かを見つける。「く」は左右に揺れながら近づいていきて、徐々にそれが首の長い化け物のかたちになっていく。見慣れた文字である「く」だが、突然目の前に現れるシーンには説明できない怖さがある。
また、ナタリーのインタビューで作者は、この作品について、登場人物の心理描写や成長過程に必要となる障壁としてホラーを活用している「サイコロジカルホラー」だと説明している。たしかに本作は、ホラーとしての恐怖感や田舎の因習の謎だけでなく、登場人物がとっていく選択や成長などが物語の重要なテーマにもなっている。
ホラーを活用して作者が描き出しているものとは、いったい何なのか?
作者が「サイコロジカルホラー」だと説明するように、この作品では主人公のよしきをはじめとする登場人物の心理や人間関係が丁寧に描かれる。
その中でも、特によしき、ヒカル、そして同級生の朝子が、この社会の中で「普通」とされる枠から外れる自分を隠そうとしていることが印象的だ。
よしきは恋愛の話を遠ざける傾向があり、自分が光が好きだということを「キモい」からと隠そうとする。またヒカルも、人に擬態するために自らがもつ恐ろしい力を弱体化し、人でないことに気付かれそうになると、排除されることを恐れひどく動揺する。そして、霊感のある同級生の朝子は、人間でないものの声や動きが音として聞こえることを「恥ずかしい」と親友にも言えないでいる。
このように3人は、それぞれがもつ「普通」ではない要素を隠して生きている。朝子とよしきが互いの秘密を打ち明けたとき、よしきは「みんな何かしらキモいと思われるから隠したいことあるやろ」と、「普通」という枠による生きづらさを、誰もがもった悩みであるように語った。
よしきはヒカルが人間でないことを知っても「一緒にいたい」と行動をともにしている。また朝子も、「もうヒカルの友達では居られやんよ」と言いながらも「人間も化物も変われる」と、よしきがヒカルと一緒にいることを後押しする。
こうした3人の行動から、彼らはお互いの存在を自分の「普通」ではない要素と重ねあわせているように見える。そしてこの3人には、「普通」に溶け込むことで周囲と共存したいという願いが共通しているのではないかと感じさせられた。

(C)モクモクれん/KADOKAWA・「光が死んだ夏」製作委員会
実際に作者は2024年末、Bluesky(※)でこの作品について「恋愛や性の話から取り残された人たちにも寄り添う話であるべき」と綴っており、「属性を問わず様々な人に共通する『"普通"になれない、居場所がない恐怖』が肝」だと述べている。
3人の悩みや作者の投稿からは、「普通」とはそもそも何なのか、また、その枠があることによってどれだけの人が苦しめられているか、改めて考えさせられる。同時に、他者の性や恋愛について、倫理観や価値観について、見えている世界について、自分と同じものを皆が共有しているはずだという思い込みが、他者を取りこぼして排除してしまう可能性があることも感じさせる。
「普通」の枠による生きづらさという、実社会に共通する課題をホラーを通じて投げかける『光が死んだ夏』。
同作は10巻での完結を目処に連載を継続しているという。今後明かされていく謎や、よしきたちがとっていく選択など、これからの展開に注目したい。