ミステリーで示したい「加害をする可能性」。湊かなえがスウェー...の画像はこちら >>



Text by 家中美思



『告白』などで知られる作家の湊かなえと、スウェーデン出身の人気作家トーヴェ・アルステルダールによる対談が9月1日、明治大学で行われた。



ジャーナリスト、劇作家などを経てミステリーを書き始めたトーヴェと、青年海外協力隊員や教員を経験し小説を書き始めた湊は、小説家としてのキャリアを歩む前に脚本を書いていたという共通点がある。



「なぜミステリーを書くのか?」をテーマに、ふたりが作家になるまでの道のりや社会への視点、人間の根本的な葛藤の追求など、ミステリー小説の奥深さについて語り合った。



スウェーデンの文芸批評家であるデューク雪子がモデレーターを務めた当日の様子をレポートする。



―おふたりは小説を書く前に脚本を書いていたという共通点があります。どういったきっかけで小説を書き始めたのでしょうか?



湊かなえ(以下、湊):私は青年海外協力隊としてトンガに2年滞在したのち、日本で高校は教員として働いていました。30歳を過ぎたとき、何か新しいことを始めたいなと思ったんです。



そこで、子どものころからテレビが好きだったことからドラマの脚本を書き始めました。賞をいただくこともあったのですが、地方在住でテレビ局から遠いという理由で、プロデューサーの方から「プロの脚本家になるのは難しい」と言われてしまって。



それでも書くことを諦めたくなくて小説を書き始めたんですが、実は、デビュー作『告白』は、その悔しさから書いた物語だったんです。



脚本家を目指しているとき、ガイドブックに「3行以上のセリフを書くのはやめましょう」って書いてあったんですよ。「じゃあ、3行どころかずっと喋り続ける作品を書いて、ドラマにはできない作品を作ってやろう!」と思って。それで、一人がずっと話し続ける独白というスタイルで本作を執筆しました。



ミステリーで示したい「加害をする可能性」。湊かなえがスウェーデン作家と語る、小説を通じた問題提起

湊かなえ『告白』双葉文庫刊



トーヴェ・アルステルダール(以下、トーヴェ):私は映画の脚本で、いろいろな国をまたいだ作品を構想していたんです。

でもそれを映画にするにはすごくコストがかかってしまう。なので、そのアイデアを小説に活かそうと思って書き始めました。



そうしてできたのが『海岸の女たち』です。ヨーロッパ、ニューヨークと舞台が広がっていく物語なのですが、スペインの海岸に女性が流れ着くところから始まります。



実際にその海岸は、アフリカとヨーロッパの境目であり、密航船でやってきたアフリカの方が亡くなる事件が起こっているんです。だからこの物語の登場人物は、実在する人物でもあるんです。



そういった、現実に通ずる奴隷や人身売買の問題、そして、長い歴史のなかでなくなってしまったものへの消失感など、あらゆる場所にいるさまざまな人の視点を入れた物語にしています。



―スウェーデンではミステリー小説はかつて「2番目の娯楽」と言われていたほど、時間潰しとしてしか認識されていませんでした。でも、だんだんトーヴェさんの作品のように議論したくなるテーマを盛り込んだ作品が増えてきて。文学としてのクオリティが評価されたことによって認められるようになりました。



湊:議論したくなる作品として、トーヴェさんの『忘れたとは言わせない』も、ぜひ紹介させていただきたいです。



主人公は警察官として過去と未来が交錯する事件に巻き込まれていく。

ただそれだけじゃなくて、母親の認知症の介護や、SNSの使われ方に警鐘を鳴らすようなストーリーも豊富なんです。そういった日本に通ずるテーマも盛り込まれている。



ミステリーで示したい「加害をする可能性」。湊かなえがスウェーデン作家と語る、小説を通じた問題提起

トーヴェ・アルステルダール(染田屋 茂訳)『忘れたとは言わせない』角川文庫



湊:だから遠くの誰かの物語ではなくて「自分の物語」になるんです。「自分だったらどうするか?」「悪いのは誰なんだろう?」「自分も加害者になり得るのではないか?」と考えさせられ、気づけば自分の物語になるんです。



それが成り立つのは、トーヴェさんが人間の感情を深く掘り下げているからだと思います。自分が考えている問題って、スウェーデンの人も同じように悩んでいるんだなとか。まったく知らない国が、本のなかの国として、ぐっと身近に近づく。それが、ミステリーで交流する一つの楽しみなのではないかと思います。



ミステリーで示したい「加害をする可能性」。湊かなえがスウェーデン作家と語る、小説を通じた問題提起

湊 かなえ



青年海外協力隊、高校教員を経験したのち、2008年に『告白』でデビュー。『2008年週刊文春ミステリーベスト10』第1位、2009年には『本屋大賞』を受賞。海外でも作品が注目され、2015年には『全米図書館協会アレックス賞』に選ばれる。近刊に『未来』『人間標本』『C線上のアリア』などがある。



撮影:山口宏之



―おふたりは、どのようにミステリーの構想を練っているのでしょうか?



湊:私はスタートとゴールを決めて書いています。山に登るのが好きなのですが、ゴールを山頂に例えて考えるんです。頂上に着いたときに読んでくれた人がどんな気持ちになってほしいかを考えながら、そこまでのコースを作るような気持ちでストーリーを組み立てています。



いかに考えこませて、困難なルートを用意するかを意識して、ゴールまでに起こる出来事をブロックに分けて考える。ブロックごとにテーマや問題提起などを変えるように工夫しています。



私のミステリーは「イヤミス」(※)と呼ばれることもあるくらい、救われない結末を描くこともあります。でも、どんなボタンの掛け違いがこの結果を導いているのか、道筋を考えながら読んでほしいと思って書いていますね。



※イヤミス:読んだ後に嫌な気分になるミステリーのこと。展開に救いがないが読みたくなるといわれている。湊をはじめ、真梨幸子や沼田まほかるの作品も「イヤミス」と呼ばれる。



トーヴェ:山登り、面白い考えですね。次の作品で試してみたいと思います。

私はそういうふうに考えたことはなくて、アイデアを出してからストーリーに組み込んでいっています。



そのアイデアというのは、ミステリーに関係しないこともあります。たとえば『忘れたとは言わせない』の主人公が認知症の母の介護をしているように、メインテーマの間に、ミステリーとは関係ないエピソードを盛り込んでいます。



ミステリーで示したい「加害をする可能性」。湊かなえがスウェーデン作家と語る、小説を通じた問題提起

トーヴェ・アルステルダール



ジャーナリスト、劇作家、映画脚本家を経て、ミステリー作家に。2009年で『浜辺の女たち』でデビューし『忘れたとは言わせない』で『スウェーデン推理作家アカデミー最優秀長篇賞』『ガラスの鍵賞』を受賞。著作は多言語に翻訳され、世界中で人気を誇っている



写真:ANNIKA MARKLUND



―人には境界線があって、超えてしまうと罪を犯してしまう。でも、おふたりの作品からは、「誰しも境界線を超え得る」ということを教えてくれます。



トーヴェ:まさにそこが重要だと思います。私は、自分の小説に出てくる登場人物のような罪は絶対に犯さないけれども、小説を読むことで「自分だったらどうするか?」を考えることが可能になるんです。



湊:現実の世界ではハッピーエンドを追求しようとすると、超えられない境界線がありますよね。けれど、境界線を超えたらどうなってしまうのかを見えるのがミステリーで。「ここで踏みとどまらなかったら、こんな結末になってしまう」とわかる。



私がミステリーを書く原動力の一つに「知りたい」という感情があるのですが、ミステリーは境界線の向こうを追求できることに良さがあるのだと思います。



ミステリーで示したい「加害をする可能性」。湊かなえがスウェーデン作家と語る、小説を通じた問題提起



―人の気持ちや人間関係を、おふたりは緻密に描かれていますね。自分を被害者だと想像することも、加害者の立場に立って考えることもできる。そして、良い人や悪い人とはどういうことなのか、考えさせられます。人の気持ちを描く作品ジャンルは多様にあるなかで、なぜミステリーを書いているのでしょうか?



トーヴェ:私と湊さんは、「何が善で何が悪か」のような、人間の根本的な葛藤を書いているわけですよね。



ミステリーを通して、表面的には見えてこない人の感情が見えてきますよね。肉親でさえも、何を考えているのかなんてわからないんですから。それがミステリーを通じて見えてくる。



そして、多くの犯罪は憎しみからではなく愛情から起こってしまうんですよね。こういった感情がもつ人の行動への影響力はすさまじいものがあると思います。社会には正義がありますが、いろいろな種類の正義がある。現実世界にもそのせめぎ合いはありますが、ミステリーはさらにそれが強く見えるんです。



湊:私は、正義とは自分の思う正義じゃなくて、目の前の人にとっての正義だと思っていて。



私が作品を書くうえで大事にしてるのは、「自分の見えているものと相手が見えているものは違うんじゃないか」ということです。



たとえば、多くの人にとって、被害者になる想像はしやすいけど、加害者になる想像はしにくいのかなと思って。だけど、加害者になる想像をすることによって加害者にならずに済む。ミステリーにはそういう役割もあると思っています。



それから、作品のなかで真相は示しますが、物語全体の答えは読者の方に見つけてほしいなと思っていて。救いのない作品でも希望はあるので、ぜひ見つけて本を閉じてほしいですね。



トーヴェ:ミステリーにも希望は必要ですよね。実生活でも、何もかも解決することってないじゃないですか。だから考え続けることが必要だし、どんな状況でも、つねに変えられることはあると思っています。



ミステリーで示したい「加害をする可能性」。湊かなえがスウェーデン作家と語る、小説を通じた問題提起

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