Text by 原里実
Text by 上野裕二
二人とも、苗字が「佐藤」。正反対な性格のサチとタモツが、大学で知り合い、結婚し、別れるまでの15年を描いた映画『佐藤さんと佐藤さん』。
「弁護士としてバリバリ働く妻のサチと、ワンオペ育児・家事に奮闘するタモツ」というジェンダーロールの逆転とともに、さまざまな喜びや楽しみを分け合いながらも少しずつボタンをかけ違えていく二人の、あまりにもリアルな結婚のありようが描かれる本作。天野千尋監督自身が、結婚・出産を通じて悩み苦しんだ経験から生まれた物語だ。
本記事では天野監督と、サチを演じた岸井ゆきのさんを取材。作品ができあがるまでの過程や、本作の核である「夫婦」や「家族」、そして「苗字とアイデンティティ」というテーマについてたずねた。
—まずは、本作が生まれるきっかけとなった、監督ご自身の経験についてうかがいたいです。
天野:出産したあとなかなか子どもを保育園に入れられず、働けなくなった時期があったんです。夫の稼ぎに頼ってワンオペ育児をしていたのですが、結構しんどくて。社会から取り残されたような孤独感をおぼえ、自分のアイデンティティを見失うような、まさにこの映画で言うタモツみたいな状態を経験しました。
天野:その後、なんとか保育園を見つけて仕事に復帰すると、今度は家事・育児を夫に任せて撮影で何週間も家をあけなければならないことも出てきて。そうしたら、家に帰ると夫から、かつての私のように恨めしそうな目で見られて……サチのような立場も経験したんです。
立場が変わることで、心境も大きく変わるし、変わってみないとわからないことがあると、このときに強く感じました。
天野千尋
—サチとタモツ、どちらにも監督自身の経験が投影されているのですね。
天野:いまは少しずつ状況が改善されてきていると思いますが、「保育園落ちた日本死ね」という言葉が話題になったのが10年ほど前。そのころは待機児童がとても多く、産後に仕事を辞めざるを得ない人も多かった。そして一度辞めてしまうと、夫婦間で「家事・育児」と「仕事」の役割分担が固定化されてしまうんですよね。社会の制度が整ってないことが大きな問題だと感じました。
—岸井さんが、最初に脚本を読んだときの感想はいかがでしたか?
岸井:とても面白かったです。出会ってから別れるまでの15年、連続ドラマで10話かけてやってもいいくらいの濃密な内容だと思うんですが、それが2時間にぎゅっと詰まっている。
二人が歳を経るごとの変化はもちろん、子どもが0歳のときと3歳のときとでは生活のありようもやっぱり違う、その様子もすごくリアルに描かれています。「私の知らない『夫婦の暮らし』がここにある!」と思い、ぜひ演じたいと感じました。
岸井ゆきの
—物語を組み立てていくにあたって、共同で脚本を手がけた熊谷まどかさんとやりとりしながら進めていったそうですね。どのような会話をしましたか?
天野:打ち合わせというより、ただお茶を飲みながら世間話をしているような感覚でした。熊谷さんにもパートナーがいらっしゃるので、日々の小競り合いがどんな原因で生まれているのかとか(笑)。
岸井:やっぱり小競り合いの話なんだ。
天野:あとは、私たちの実体験もエピソードとして脚本に取り入れられています。たとえば、最初にサチとタモツが出会うシーンで、サチが駐輪場で自転車をドミノ倒しにしてしまったところに、タモツが颯爽とやってきて手伝うんですが……。
岸井:え、あれ実話だったんですか!?
(C)2025『佐藤さんと佐藤さん』製作委員会
天野:実際は、パートナーとの出会いのエピソードではなかったんですけどね。見知らぬ人が手伝ってくれたときにキュンとした、という話で。でも、ちょうどタモツを「これ見よがしじゃないけど、正義感があって、誠実で優しいキャラクターにしたいね」って話をしていたので、サチが最初にタモツのことを素敵だなと思う瞬間のエピソードとしてぴったりだなと。
—岸井さんのなかで、印象に残っているシーンやエピソードはありますか?
岸井:どこも印象的なので、一つを選ぶのが難しいのですが……。ちょうど自転車置き場のシーンのあと、大学のコーヒー研究会に所属している二人が「次の活動に使う豆買った? 何買った?」と話すんですよ。
そこでタモツは、シングルオリジンのコーヒーを、しかも美味しさを最大限引き立てるために豆で買っている。でも、サチはブレンドで、かつ店の人に豆を挽いてもらって粉にしちゃってて。性格の違いがすごく出ていて、面白い会話だなと思いました。
天野:タモツは「僕はエクアドルのガラパゴス諸島産の……」とかちょっと得意気に講釈垂れてますよね(笑)。
岸井:そうそう。
(C)2025『佐藤さんと佐藤さん』製作委員会
—サチを演じた岸井さんやタモツを演じた宮沢氷魚さんとは、撮影前にどのようなやりとりがありましたか?
天野:今回の作品では、比較的しっかりとリハーサル期間をとることができました。もともと熊谷さんとのあいだで、キャラクターを明確にするために、サチとタモツについて「どういうときに幸せを感じるか?」「自分の嫌なところは?」「どんな自分になりたいか?」などの問いと答えを書いたキャラクターシートのようなものをつくっていたのですが、それを岸井さんと宮沢さんに、お互いに質問しあうかたちで読み上げていただいたり。
本当にたわいのないおしゃべりもたくさんするなかで、「脚本に書いていたサチとタモツを二人が演じたらどうなるのか」を、じっくりと感じ取れたのがとてもよかったです。
岸井:チームとしての「共通言語」ができたように感じましたね。やっぱり今回は夫婦の物語なので、氷魚さんとの距離感や空気感が大事になるところもありましたし。いろいろ話してお互いを知ることができてとてもよい時間でした。
岸井:それに、天野監督も、パートナーさんとのいろんなエピソードを話してくださって。リアルな日常を覗き見させていただいたようで、とても興味深かったです。
—いまの日本では選択的夫婦別姓が導入されておらず、結婚すると女性のほうが苗字を変えることが多い現状です。今回の夫婦を「二人とも同じ苗字」とした意図は、どのようなものでしょうか。
天野:「苗字が変わること、変わらないことの意味」に目を向けてもらいたいと思いました。私自身は、じつは結婚で苗字が変わるという体験はしていないんです。でももし変わっていたら、育児で少しメンタルが沈んでいたときに、もっと大きなアイデンティティの揺らぎを体験することになっていたんじゃないかと思います。
日本って、欧米と違って苗字で呼び合う文化なので、苗字とアイデンティティの結びつきも深いはず。それが結婚という制度で簡単に失われるというのは、矛盾しているんじゃないかなと感じます。
この作品のなかにも、結婚で苗字が変わったサチの後輩の女性が、「佐藤さんは、ずっと佐藤サチでいられているもんね」と言葉をかけるシーンを入れました。「結婚で苗字が変わる人、変わらない人」を対比して描くことで、「変わることの意味」に意識が向くといいなという思いがありました。
—岸井さんが今回の役を演じるなかで、苗字とアイデンティティという問題について考えたことはありますか。
岸井:私は、新しい名前がほしいと思っているんです。これは別に、「結婚に憧れがあって」とか「結婚して旦那さんの苗字になりたい」とかじゃなくて、単純に「新しい名前がほしい」。
それは、私が本名で芸能活動をしているなかで、自分の名前が自分だけのものじゃなくなって、遠ざかっていってしまったような感じがするからなんです。「苗字」に限った話ではないですが、そういうことを感じている自分がいると気づきました。
—岸井さんが公式コメントに寄せていた「家族というのはあまりにも普遍的で、それぞれがあまりにも特別」という言葉が印象的でした。ここに込められた思いについて、あらためてお聞きしたいです。
岸井:私には、「家族」と言って思い浮かぶ人が何人かいるけど、そうじゃない人もいると思います。どこをとっても、やっぱり誰も同じじゃないはずなんですよね。
それなのに、「家族だから、夫婦だから」「妻だから、夫だから」とか型にはめようとする姿勢が、きっとどこかにある。それぞれが個性的で、特別な一つひとつなんだとみんなが思えたら、もうちょっと生きやすくなるんじゃないかなと思います。
—今回の作品に参加したことで、岸井さんのなかで「結婚」に対するイメージは変わりましたか。
岸井:人と生活するということが、いかに大変かと……もちろん想像する限りでも大変だろうとは思うのですが、「本当に大変なんだな」ってあらためて思い知りました。しかも、夫婦だけならまだしも、大人の論理が通用しないような小さな子を育てることがどれだけ大変なのかと。今回の撮影中、赤ちゃんが泣いちゃうことも何度もありましたし。
天野:赤ちゃんといると、ものごとを自分の思うようにはなかなか進められないですよね。
—大変なこともたくさんある「暮らし」を誰かとともに分かち合うためには、どういった考えや心構えが必要だと感じましたか。
岸井:それは私もぜひ天野さんにお聞きしたいです。
天野:そうですね……やっぱりいくら似ている二人でも、環境の変化によってずれてくることはあるし、そもそも他人だから「違う」んですよね。その、「違うという事実」をまずしっかりと理解すること。そして、違うからこそ「相手がどんな景色を見ているのか」をつねに想像し続けることが必要なのかなと思います。
でも、やっぱりそれって難しいので、結局はお互い不満や苦しさを溜め込んで爆発する前に、細かく伝え合って、ぶつかり合っていくことが大事なのではないでしょうか。
(C)2025『佐藤さんと佐藤さん』製作委員会
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