Text by 家中美思
「核」と聞いて、まずどんなイメージが浮かぶだろうか。かつて原子爆弾が2度投下された国に住む私たちと、核実験が繰り返されているアメリカに住む人々の一般的な「核」に対するイメージは、どうやら違うらしい。
11月22日(土)、核に対するイメージ(=核意識)をテーマにした講座が東京・アーティゾン美術館で開かれた。これは展覧会『ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山城知佳子×志賀理江子 漂着』 の一環として開かれたもので、この日は『なぜ原爆が悪ではないのか アメリカの核意識』の著者である倫理学者・宮本ゆき(アメリカ・デュポール大学教授)と展示アーティストの志賀理江子が登壇。
広島出身で、被ばく者を親にもつ「被ばく2世」である宮本は、アメリカにおける核意識は、言葉の使いかたに強く影響を受けていると語った。
アメリカでは、多くの人が原爆投下を「正しい判断だった」と考える人が少なくないし、原爆を連想させるキノコ雲が高校の校章になることすらある。そこでは、核による被害は語られず、「(核実験による被ばく者は)尊い犠牲」「核が自分たちを守っている」といった言葉で被害の事実は軽んじられてしまう。こうした言葉は、核実験による被ばくを見えにくくし、人の考えを誘導する「プロパガンダ」ともいえる。
言葉は人の意識をどう作るのか? そして、言葉によって事実が軽んじられてしまっているとき、どうしたら対抗できるのか?
当日の様子をレポートする。
まず宮本は、アメリカの核意識についてこのように解説する。
「アメリカでは1,030回以上も核実験が行われており、作業員や実験場の周辺住民も被ばくしています。それでも、『核が私たちを守ってくれている』という考えが主流。1990年に制定された『放射線被爆補償法』も、被ばく者に対し『よくぞアメリカの国防に一役買ってくれた』と、謝罪ではなく犠牲を讃えるような文脈で語られた。このような状況では、『被ばく』という自分たちの被害にはなかなか気づくことができません」
こうした、被害に気づきにくくさせる共通認識を変えるために必要なのが、「言語化」だ。
性被害を受けたとき、被害者はまず「(加害者は)自分と仲良くしたかっただけかもしれない」「自分に隙があったのかもしれない」といった語りに強く影響を受ける。しかし同じ経験をした者同士が集まり「セクシュアル・ハラスメント」という言葉が生まれたことによって、それが被害であると自覚できるようになったのだという。
つまり、多くの人が「そういうものだ」と思い込んでしまっているせいで、被害が見えなくなっている。その「見えなくされた問題」を、あえて言葉で説明し直してはっきりさせることで、もう一度きちんと向き合えるのだ。
一方で、時には言葉にすることで事実が軽んじられてしまう例もあると宮本は続ける。講座では、「nuke(ニューク)する」「Yellowcake(イエローケーキ)」の2語が挙げられた。
「『nuke it (nukeする)』という単語は、高齢の方は『電子レンジで温める』という意味で使用し、若い層は『何かを1からやり直す』という意味で使用しているようです。後者は『根こそぎ壊す』というニュアンスも感じます。
核という一瞬にして多くの人の命を奪うものを示す言葉が、こういうふうに日常的に使われているんです」
「原子力発電燃料の元となる物質『Yellowcake(イエローケーキ)』は、ナイジェリアやニジェールで作られている危険な放射性物質です。
でもこれを『イエローケーキ』という、ケーキを連想させるアットホームな印象の言葉で呼んでしまうことで、その危険性を弱めてしまう働きをしています。こうして社会の無知も作られていくわけですね」
このように、「言語化」は被害を自覚するための重要な手段であると同時に、無知や差別を作り出すこともある。
たとえば、「Nワード」という言葉がその一例として挙げられる。アメリカのマジョリティである白人が、マイノリティである黒人を指して呼んでいた蔑称だが、この言葉を黒人たちが自ら使うことで、言葉に込められた差別的かつ否定的な意味を和らげ、「自分たちの言葉」として取り戻していく動きが生まれた。
力の不均衡によって生まれた言葉を、「マイノリティ自身が使い、意味を変えてしまう」という対抗手段といえるだろう。
白人中心の美の基準に「黒い肌の美しさ」を掲げた「black is beautiful」という運動も、言葉や認識を作り変えていく抵抗の一つだという。
こういった動きは、日本でも起きていたと志賀は説明する。それが「鬼」という言葉だ。
「800年代、蝦夷(えみし)と呼ばれた東北の人たちは、中央政権に抗い、力も強かった。こうした背景からかれらは『鬼』と呼ばれ、侵略と差別の対象とされてきました。
福島原発告訴団団長の武藤類子さんはそうした歴史を踏まえ、2011年9月におこなわれた『さようなら原発』デモで『私たちは静かに怒りを燃やす東北の鬼です』と訴えた」
今回の講座が開かれたアーティゾン美術館で開催中の展覧会『ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山城知佳子×志賀理江子 漂着』で、志賀は新作のインスタレーション『なぬもかぬも』を発表した。
志賀が拠点を置く東北各地での撮影や取材をもとに構想した作品だが、タイトルとなった「なぬもかぬも」という言葉にも、事実を軽んじたり、特定の思想や固定観念を植え付けたりするプロパガンダなどに対抗する力があるという。
「なぬもかぬも」という言葉は、宮城県とその周辺地域で使われる方言の一つ。
この言葉の力は、決まった意味に縛られず、使う人によってさまざまな世界を生み出せることにある。人によって解釈が異なり、一つの意味に決められない。プロパガンダが一つの解釈しか許さないものなのだとしたら、「なぬもかぬも」はその真逆の言葉なのだという。
宮本はこの言葉を、アメリカで語られる「尊い犠牲」などの核を肯定する言葉と対比して説明した。こうした言葉は、誰もが同じように理解することを前提に作られた、一方的で多様な解釈を許さない言葉である。それに対して「なぬもかぬも」は固定された意味に縛られず、それぞれが自由に意味を考えられる表現なのだという。
最後は、こうした言語化のプロセス、そしてそれらとアートの関係性について、以下のように締め括った。
「『セクシュアル・ハラスメント』のように、言葉にしなければ被害にも気づけないし抵抗もできないという世界がまずあるわけです。でも言葉にすることで失うものがある世界っていうのもやはりあって。
その2つの世界をつなげるものが、広い意味でのアートとか創造性だと思うんですね。
こういった『言語化』と『言葉の意味の転換』、そして『言葉以外の表現手段』、この3つがうまく循環するといいのかなと思っています。
志賀理江子《なぬもかぬも》2025年、「山城知佳子×志賀理江子 漂着」展示風景、アーティゾン美術館 © Lieko Shiga. Photo: kugeyasuhide
本展覧会は志賀による『なぬもかぬも』と、山城知佳子による『Recalling(s)』の2つの大型インスタレーションによって構成されている。両作家ともに、本展のために制作した新作だ。
志賀は、「なぬもかぬも」というたくさんの意味にわかれていく言葉との出会いから東北の風景をとらえなおす過程で、「えな(環境依存文字)」を名前に授ける東北地方の風習に出会う。「えな」という文字が名付けられる子どもは、生まれたときに臍の緒が首にからまって生まれた子どもだ。
そこで志賀は作品の主人公を「えなお」と名付け、生命が生まれる源である海の奥へ、臍の緒を辿るように戻っていく。その過程で人間社会における国家の権力構造にも触れ、写真表現だけでなく言葉も交えて展示されている。
志賀理江子《なぬもかぬも》2025年、「山城知佳子×志賀理江子 漂着」展示風景、アーティゾン美術館 © Lieko Shiga. Photo: kugeyasuhide
志賀理江子《なぬもかぬも》2025年、「山城知佳子×志賀理江子 漂着」展示風景、アーティゾン美術館 © Lieko Shiga. Photo: kugeyasuhide
山城の新作『Recalling(s)』.は、父・達雄の記憶を起点としつつ、沖縄の生きる人々の戦後史や体験、記憶を交差させたインスタレーション。
達雄氏が幼少期に体験したパラオでの風景や、占領下でクラブに立ったシンガーやドラマーの辿ってきた過去、東京大空襲の体験、沖縄戦の影を背景とした“ハイサイおじさん”の演奏など、複数の記憶が交わる映像空間になっている。
山城知佳子『Recalling(s)』(2025)年 © Chikako Yamashiro. Courtesy of the artist
山城知佳子『Recalling(s)』2025年、山城知佳子×志賀理江子 漂着」展示風景、アーティゾン美術館 ©︎ Chikako Yamashiro. Photo: kugeyasuhide
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