Text by 吉田薫
ヨルゴス・ランティモス監督最新作『ブゴニア』が2月13日に公開された。
人間の可笑しさや世の中の不条理など、監督がこれまで描いてきた要素を存分に含みつつ、いままで以上に「エンタメ作品」として楽しむことができる一作だ。
本記事では、『聖なる鹿殺し』以来、ランティモス監督作品のスチールを担当しているニューヨーク在住のフォトグラファー・JIMAにインタビューを実施。「監督は生きているものすべてに対して平等」と語るJIMAに、本作の魅力を語ってもらうと同時に、ランティモス監督との協業についても話を聞いた。
JIMA / 本名・西島篤司。写真家。1998年に渡米後、NIKEのビデオ作品『Battleground』にフォトグラファーとして参加以来、デレク・シアフランス監督作品『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ / 宿命』、ギョーム・カネ監督作品『BLOOD TIES』などに参加したのを皮切りに、現在も映画のスチールフォトをメインに活動する。ヨルゴス・ランティモス作品には『聖なる鹿殺し』(2018年)より参加。近年の担当作に『ストレンジャー・シングス シーズン5』『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』『マテリアリスト 結婚の条件』などがある。Instagram:@jimagraphy
ⓒYorgos Lanthimos
物語は、テディ(ジェシー・プレモンス)とその従兄弟ドン(エイダン・デルビス)が、大手製薬会社のCEOであるミシェル(エマ・ストーン)を捕らえるところから始まる。
テディは陰謀論にのめりこんでおり、ミシェルが「アンドロメダ星人」として人類を滅ぼすために地球に来た宇宙人と信じている。ミシェルを地下室に閉じ込め「助かりたければ地球から撤退せよ」という支離滅裂な要求を繰り返し、一方のミシェルは助かるために彼らを言いくるめようとする。
密室で繰り広げられる会話劇を軸に、まったく予想できない方向へと展開していく本作。JIMAは本作の一番の見どころを以下のように語る。
「やはり地下でのエマ・ストーンとジェシー・プレモンスの会話シーンですね。会話のなかで、どんどん立場が変わっていくんです。それがとても面白かった。
そして最後のシーン。観客があれをどう感じるかというのは、いまの世界に問いが投げかけられている気がします。ラストの描写を悲しく思うか、嬉しく思うか。ポジティブなものかネガティブなものか。受け取り方が人によってまったく異なるところが、本作の一番の魅力のように思います」
ランティモス監督も本作について、「面白いところは、観終わった後に『悲観的だ』と言う人がいる一方で、『楽観的な映画だ』と言う人もいることです。(中略)それは、観る人自身がどう世界を見ているかを強く反映していると思います」(『GQ』2025.11.04)と語っている。
観客の価値観や偏見を揺さぶるところが、本作の醍醐味の一つと言えるだろう。
JIMA氏がランティモス監督と出会ったのは10年ほど前。初めて参加した『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』の現場での、ランティモス監督の人柄がわかるエピソードを語ってくれた。
「初めての現場で印象的だったエピソードがあります。
撮影の合間に裏庭の階段に座っていたとき、クモの巣があって、それをスタッフが棒で触って壊していたんです。そうしたらランティモス監督がやって来て、『Don't』と言ったんです。なぜなら『クモはそこに巣をつくって、そうやって餌を捕まえて食べて生きているんだよ』と。
生き物に対する価値観が、自分とは全然違うなと思いました。生きているものすべてに対して平等というか、接し方が優しいんです。それが最初の出会いで受けた印象でした」
そんな監督の撮影現場の雰囲気は「居心地が良い」そうだ。本作の現場も、いつもと変わらず心理的安全性が保たれていたと語った一方で、撮影スタイルには変化を感じたという。
「ランティモス監督の撮影現場の雰囲気はとても居心地が良いんです。俳優たちがさらけ出して自由にできるような環境があるので、働いている人たちにとって落ち着くというか、守られている感じがします。
今回の現場も雰囲気はいつもと変わりませんでした。ただ、撮影スタイルがより究極的になっていると感じました。
密室劇に近い設定なので、カメラもあまり動かない。もちろん演技力が作品の質を大きく左右します」
主演を務めるのは、『女王陛下のお気に入り』『哀れなるものたち』などランティモス監督と5作目のタッグとなるエマ・ストーン。JIMA氏は彼女についてもコメントをくれた。
「彼女は何でもできる人だといつも思っています。演技はもちろん、ダンスもできるし、歌も上手い。かっこいいし、面白いし、美しいし……。器用さだけでなく、体当たりで演技にのぞむ姿勢もあります。本作『ブゴニア』では髪の毛を剃って坊主になったりもしていますしね」
ランティモス監督の作品の魅力は、その映像の美しさにもあるだろう。JIMA氏は監督の映像について、「神話的」だと評す。
「例えば今回の地下室のシーンは、普通に考えれば綺麗な場所ではないのですが、僕は基本的にすべてがエレガントだと感じるんです。
彼のつくる映像や世界を見ているとき、観光客が誰もいないアテネのアクロポリスをイメージします。そこにはランティモス監督と俳優だけがいて、演劇のようなことをして遊んでいる。そんな神話的な空間と雰囲気が彼の映像にはあります。
それは彼がギリシャ出身ということも関係しているのかもしれません。作品に登場するすべてが、彼が目で見て、好きだと思ったものだけを置いている気がします」
そんな彼の作品世界を切り取るとき、JIMA氏はどんなことを大切にしているのだろうか。
「監督や現場に受け入れてもらって撮っている感じです。存在としては受け入れてもらいつつ、もはや見えないぐらいの存在になる、気にならない存在になることを心がけています。
また、写真を撮りすぎないようにしたり、ここぞという時に近づいたり、状況にあわせて距離を置いたりしながら、撮影をしています」
インタビューの最後、JIMA氏は本作の楽しみ方についても教えてくれた。
「この作品はバランスが素晴らしいと思うんです。音楽や映像、コメディとシリアス、すべて調和がとれている。僕は1回目はプレミア、2回目は日本語字幕付きで観たんですけど、2回目のときにその理解がさらに深まりました。
難しい英単語が多かったからというのもあると思うけど、2回観ることで、よりじっくりと作品を考えて理解できたように感じます」
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