Text by 大西陽
Text by 家中美思
2025年、柚木麻子の『BUTTER』と王谷晶の『ババヤガの夜』が、英国ミステリー界の栄誉であるダガー賞にノミネートされ、日本文学は世界的な脚光を浴びた。
作家たちの躍進を支えるのが、作品を異なる言語へと橋渡しする翻訳家の存在だ。
シンポジウムは2部に分けて構成され、前半は柚木麻子、王谷晶と日本文学翻訳家のサム・ベットが登壇。後半は『OUT』などで知られる桐野夏生や『地図と拳』の小川哲らが登壇し、海外翻訳をめぐるビジネスの可能性について議論を交わした。
作家と翻訳家が語る協働のリアル、そして海外展開をめぐるビジネスの可能性まで――世界を魅了する日本文学の現在地をレポートする。
世界はいま、どんな日本文学を読んでいるのか――。シンポジウムは、その最新トレンドの解説から幕を開けた。
2025年、イギリスで読まれている翻訳書ベスト50のうち、23作が日本文学だったという。なかでも『コーヒーが冷めないうちに』(川口俊和)や『旅猫リポート』(有川浩)に代表される「ヒーリングフィクション」、つまり「癒し系」小説が大きな支持を集めている。
海外における日本文学受容の転換点として挙げられたのが、村田沙耶香による『コンビニ人間』の世界的人気だ。この作品以後、日本文学を見る視線が変わったのだという。また、アニメ『文豪ストレイドッグス』の影響で、太宰治も近年注目を集めているといいう。
さらに近年は、柚木麻子や王谷晶がともに『ダガー賞』にノミネートされ注目を集めたことにも象徴されるように、ミステリーや犯罪小説の存在感も高まっている。
そして、こうした日本人作家の脚光には、翻訳家の存在が欠かせない。たとえば、サム・ベットは『ダガー賞』を受賞した王谷晶『ババヤガの夜』や、『国際ブッカー賞』最終候補の川上未映子『ヘブン』など、国際的に注目を集めた作品を翻訳してきた。柚木麻子の『BUTTER』を英訳したポリー・バートンも、『世界幻想文学大賞』短編集部門を受賞した松田青子『おばちゃんたちのいるところ』などを翻訳している。
シンポジウム前半は、『風と共に去りぬ』などを手がけた翻訳家・文芸評論家の鴻巣友季子がモデレーターを務め、王谷晶、柚木麻子、そして『ババヤガの夜』を翻訳したサム・ベットが登壇。「作家×翻訳家の共鳴力~世界に向けて『推し』を叫ぶ~」をテーマにトークが展開された。
鴻巣友季子(以下、鴻巣):王谷さんはなぜ、『ババヤガの夜』がイギリスで評価されたのだと思いますか?
王谷晶(以下、王谷):「ヤクザもの」というのにかなりフックがあったのだと思います。
北野武監督や三池崇史監督の作品とか、ゲームの『龍が如く』など、日本の「ヤクザもの」は、世界的にイメージが確立されていました。その土壌があったうえで、女性2人が主人公、かつ女性作家による作品という、これまでとは違う「ヤクザもの」として注目していただけたのではないでしょうか。
『ババヤガの夜』で『ダガー賞』を受賞した王谷晶
柚木麻子(以下、柚木):私は同じ作品でも、海外では日本とは違う受け取り方がされていると多々感じています。
王谷さんの『ババヤガの夜』は、日本では「シスターフッドバイオレンス」と名づけられることが多いと思うんですが、海外だと「女性と女性」というより「人間と人間」の関係として認識されているというか。
2025年に英訳が決まった自著『ナイルパーチの女子会』も、「女同士は怖い」という日本で植え付けられたイメージをうまく描いた作品として受け取られていたと思うんですが、海外では「硬派な人間ドラマ」として受け取ってもらえているんですよね。
その違いは装丁にも出ていて、日本語版は2人の女性が描かれていますが、英語版は人間すら描かれていない。
『ナイルパーチの女子会』の英語版装丁(中央)と日本語版装丁(右)
鴻巣:サム・ベットさんにお聞きしたいのですが、サムさんが翻訳を始めた2010年ごろからいままで、日本文学に対する視線はどう変わっていったと感じていますか?
サム・ベット(以下、ベット):私が翻訳を始めた当時は、「翻訳文学」というもののジャンルはそこまでメジャーではなかった。やはり、アニメや音楽と比べて、文学はかならず言語の壁があり、訳さないとアクセスできないですよね。
けれども、いま、友人との会話のなかで、好きな本のジャンルに「翻訳文学」と聞くまでになったんですよ。そういう人は、もともとアニメや音楽などで日本のカルチャーに触れていて、文学のほうにだんだんと移っていったということも考えられると思いますね。
『ババヤガの夜』を英訳したサム・ベット
鴻巣:なかでも、翻訳文学は女性作家の進出が著しいです。日本はジェンダーギャップ指数ランキングはつねに下位ですが、文壇シーンを見ると2012年から17年の直木賞・芥川賞受賞者に男女差は見られないんですよね。
いっぽうで、日本語から英語に翻訳された作品の作家を見ると、男女比はほぼ3対1くらいなんです。だから、国内で評価されても海外に進出する人には大きな差が出てしまう。これが10年前のお話です。こうしたことを経て、いまは柚木さんや王谷さんのように、海外で日本の女性作家が評価されてきています。
モデレーターを務めた、翻訳家の鴻巣友季子
鴻巣:日本の女性作家の評価は、作家だけでなく翻訳家の努力にもよるところが大きいと思います。柚木さんは、翻訳家のポリー・バートンさんとどのようにコミュニケーションをとられていたのでしょうか?
柚木:翻訳されるまでポリーさんとはお会いしたことなかったんですが、ポリーさんの翻訳が良いという噂は前から知っていて。
『BUTTER』の翻訳を担当したポリー・バートン。当日はビデオメッセージで参加。
柚木:いちばん難しいだろうなと思った翻訳は、『ナイルパーチの女子会』のクライマックスに、芋けんぴで男性の手を刺して血が出る、というシーンがあるんですね。
私たち日本人からしたら、芋けんぴって硬いことを知っているから、刺さったら絶対に血が出るってわかるじゃないですか。で、これをどう訳すんだろうなと思っていたら、「芋けんぴ」とそのまま訳してくれていたんです。
ほかに、「Candied(キャンディード=砂糖漬けの)」という訳の案もあったんですが、それだと血が出るほどの硬さは表されない。原語をそのまま使用する翻訳もあるんだなと面白かったですね。
鴻巣:いま面白いお話が出ましたけど、最近は「同化」翻訳から「異化」翻訳に移行している傾向にあるんですよね。つまり、文化の違いでわからないものを英語に置き換える翻訳だったものが、わからないまま原語を残して翻訳する。
ベット:そうそう。
鴻巣:翻訳家は図書館のキュレーターのような役割も果たしています。翻訳者が、「スカウト」といって編集者や出版社に本を売り込みしていきますね。自分の好みの作品を世界におすすめする勇気が翻訳家に欠かせないスキルの一つと言われていますが、作家と共鳴する翻訳家の役割とは何だと思いますか?
柚木:ポリーさんの場合は、作品を選ぶ際に「いま訳す必要がある本だけ翻訳している」とおっしゃっていました。
好きな本もたくさんあるけれども、いま欧米で伝えられるべき本を翻訳したいという危機感もあると。とくに同世代の女性作家の本の翻訳をやっていきたいとおっしゃっていて、それに選んでいただけたのは何より嬉しいですね。
ベット:王谷さんの作品の翻訳は売り込みをしてもたくさん断られたんですよね。これまでなかった作品であり、新しいものを求める一方、確実性も大事にされる出版界ではなかなかうまくいきませんでした。やはり、ヒットしたものにお金を出すのではなく、ヒットをサポートするためにお金を使うべきですよね。
作家も翻訳家もたとえが好きなので、「翻訳は橋渡し」だとよく言われますが、もうやめてください。橋というよりも、フェリーと言うべきだと思うんですよ。
鴻巣:そうしたさまざまな背景があり、柚木さん、王谷さんの作品も評価されています。このことについてどう感じていますか?
柚木:私は海外のほうが自分の作品が読まれているという感覚があります。イギリスに行ったとき、地下鉄で自分の作品を読んでくれている人をたくさん見かけたし、カフェで「アサコだよね?」と声をかけられたこともあるくらいでした。
逆に、日本ではそうでもなくて。この前定食屋で店員さんが私に話しかけたさそうにしていて、「もしかして何かサービスしてくれるのかな、でもお腹いっぱいだな」とか思っていたら、「来週から定休日変わります」って言われたんですよ(笑)。
国によって受け止め方や価値観も違うことは当たり前で、私はそれに対して書き方を変えていくということはなく、これまでと変わらずやっていくという感じですね。
柚木麻子
王谷:私は逆に、国内でテレビにも出させてもらって、多くの人に知ってもらえました。作品に注目してもらえることは嬉しいけれど、作家である私の存在はちょっと無視してもらいたいなというのがありますね。
というのも、サングラスやマスクをしていてもバレてしまうから、外でろくなことできないんですよ。次にヒット作が出たら、見た目を変えなきゃと思ってます(笑)。
柚木:あ、私はサインとか求められるの好きですよ(笑)。
後編は『OUT』などで知られる桐野夏生と、『地図と拳』で知られる小川哲が登壇し、「文芸のポテンシャル ~作家と語るグローバルビジネスのフロンティア~」というテーマでトークが展開された。
翻訳エージェントの株式会社タトル・モリ エイジェンシーから森健一も参加、文藝春秋ライツビジネス局長の新井宏がモデレーターを務め、翻訳市場における課題について議論された。
新井宏(以下、新井):桐野先生の『OUT』が翻訳されたとき、衝撃を受けました。こういった作品がちゃんと海外で評価されるんだという印象を受けました。
桐野夏生(以下、桐野):『OUT』は1997年に出版され、翻訳されたのは2003年なんですね。当時は直接海外のエージェントと契約していたので、誰に翻訳してもらうかもすべてあちらに一任していました。
桐野夏生
小川哲(以下、小川):僕の作品は、中国語や韓国語には翻訳されているんですが、英語版の翻訳には至っていないんです。日本で作品を書いている身からすると、その構造がよくわからない感じですね。
中国語や韓国語の翻訳と英語の翻訳はどうやら違うらしい、けれども、それが何なのかは正直よくわかっていませんね。
新井:そうですね。アジア圏と欧米でかなりハードルは異なります。たとえば、日本の小説をアジア圏にもっていくと、日本語で対応してくれますが、英語圏にもっていくときは詳細な資料を作って事前に徹底的にシミュレーションして……といったプロセスが必要になります。準備段階からかなりハードルが違いますね。
森健一(以下、森):ただ、最近日本文学はかなり流行ってきていて、芥川賞・直木賞など文学賞を受賞すると、海外の人に説明すると価値をわかってくれるようになってきました。
新井:あとは、翻訳者が出版社やエージェントに薦める作品が偏っているというのもあります。まずは小川さんの作品が良いと言ってくれる翻訳者を見つける必要があるかもしれませんね。
小川:なるほど。僕はそういうやりとりをまったくしておらず、編集者に任せているので海外への売り込みがどれくらいされているのかは理解していないんです。
小川哲
森:いま、海外では松本清張の作品が爆発的に人気で、英米だけじゃなくてヨーロッパ圏に広がっているんです。その成功の秘訣には、海外に向けた窓口が一つで海外にとってもわかりやすいからなのだと思います。
小川:松本清張とか、太宰治がいま人気が出ているといったお話がありましたけれど、日本国内の読書好きという立場からすると、こんなに素晴らしい作家が、かれらが活躍してしばらく経ったいまになってやっと注目されているんだと驚きます。
森:去年出た新刊の翻訳も、いま訳された昔の本も、現場からすると「新刊」というくくりで古いものとして認識されていないのかもしれません。
桐野:日本の文学は宝箱といえるほどたくさん良い作品があるから、そういうものも翻訳家の方に発見してほしいですね。
新井:翻訳者だけではなく、編集者の傾向も一つ重要なポイントでして。翻訳文学に興味のある編集者は、社会課題、とくにLGBTQ+などに興味のある編集者が多いんですね。
その視点で編集者が作品を選んでいくと、日本はジェンダー後進国という事実があり、女性作家のほうがよほど鋭い問題意識をもっていることが多いんです。結果として、女性作家の作品が翻訳文学界で評価されているというのもあるかもしれません。
となると同時に、「エンタメが売れない」という問題が出てきます。というのも、翻訳家になる方は、大学で日本文学、おもに純文学や日本の古典作品を学ぶ人が多いんです。だからどうしても純文学に注目が集まってしまうのですが、いまはだいぶその問題も解消されてきています。この点について森さんはどう感じられているでしょうか?
森:いまはバラエティーに富んだ作品が売れるようになっていることを強く実感します。最近は翻訳者・読者ともに漫画やアニメなど日本のサブカルチャーに触れて育ってきた方も多い。そういった層が、ホラーとかミステリーとか、そういった本を好む傾向はあるのかもしれません。いまだとたとえば、たとえば『変な家』(雨穴)とか、そういった作品を読む人も増えてきています。
小川:中国に取材に行ったとき、「中国では何が読まれているんですか?」と聞いたら、「東野圭吾です」って言われたんです。たしかに中国の書店に行くと一番メインのところに東野さんの本が置いてあるんですよね。
政治的な言及がされていないエンタメの本は、売れる傾向にあるのかもしれません。
桐野:やはり、コンプライアンスの問題は大いにありますよね。翻訳されるのはありがたいですが、国によって許されない表現タブーがありますから。
小説は本来、毒もあるもの。毒が削がれるとそれも問題で、尖った表現ができなくなるという点はもどかしく感じます。
また、癒し系小説の需要が高いというのは意外で、自分がもともと読まなかったので世界的に世代の傾向が変わってきているかなという気もしますね。
小川:日本でもそうですが、読者って必ずしも「人生を変えたい」と思って読んでいるわけではなくて、それこそ「癒されたい」だったり、「飛行機に乗る2時間の時間潰しとして読みたい」という場合だってある。そういった需要を拾い上げていく必要性を実感しました。
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