劇団プロデューサーの仕事論。海外もめぐる「マームとジプシー」...の画像はこちら >>



Text by 吉田薫
Text by kazuo yoshida



芸術分野では表現や作品が注目されがちだが、その背景には「現実」と向き合い実務を担っている人たちがいる。合同会社『マームとジプシー』の代表・林香菜さんもその一人だ。

同名劇団を立ち上げた劇作家・藤田貴大のかたわらで予算、資金繰り、などを引き受けながら、劇団を約20年にわたって運営し続けてきた。



本記事では劇団立ち上げすぐに海外公演を叶えた理由、コロナ禍で鍛えられた助成金の知恵、そして劇団20年を目前にして挑むプロデューサーとしての「学び直し」など、劇団を「支える側」のお話を詳しく聞いた。



表現をつくり続けるための現実的な問題をどう乗り越えたのか? 20年続けられた秘訣は何なのか? プロデューサー / 代表という立場からじっくり語っていただいた。



ー今日は劇団プロデューサーとして、その役割をおうかがいしていきたいと思います。まずはその前に、そもそもどのような経緯で「マームとジプシー」の代表になったのでしょうか?



林:もともとコンテンポラリーダンスをやっていたんですけど、演者側の才能がまるでなくて。それに作家みたいに0から何かを生み出す才能もないと高校生の時には自覚がありました。でも、才能ある人の作品をそばで支えたいという漠然としたイメージと、大勢でものをつくることをしたいという思いがあったので、桜美林大学の演劇コースを選んだんです。



大学では制作や劇団プロデューサーという言葉も知らなかったところから、演劇の制作とはなんぞやというところから、公演の成り立ち方とか予算とか、プロデューサーや制作としての基礎を学びました。



大学3年生のときに藤田貴大と知り合い、マームとジプシーの旗揚げに参加することになりました。相談役から始まり徐々に役割が広がっていって、藤田が大学を卒業する直前の公演で初めて正式に「制作」として関わったのが私の原点です。



劇団プロデューサーの仕事論。海外もめぐる「マームとジプシー」、林香菜が語る「支える側」の面白さ

林香菜(はやし・かな)合同会社マームとジプシー代表。桜美林大学総合文化学群卒業。

07年マームとジプシー旗揚げに参加。以降ほぼすべてのマームとジプシーの作品や、藤田の外部演出の作品で制作を担当。2014年マームとジプシーを法人化し、代表に就任。



林:自分の今の仕事を一言で表すなら「現実担当」ですね。藤田の作品や思いつきが実現できるよう、予算管理、資金繰り、スケジュール調整など、関わる大勢の人たちの生活が伴うものですから、ありとあらゆる、ある種の「現実」を引き受けるのが私の仕事だと思います。



2011年に藤田が岸田國士戯曲賞を受賞したのをきっかけに仕事がどんどん増えて。2014年に初の海外ツアー公演を行ったんですけど、現地の招聘プロデューサーから「法人を作ってくれ」と言われたので、その流れで法人化し代表に就任しました。



ー立ち上げからすぐに海外公演の機会を得たのですね。どういった経緯で実現したのでしょうか?



林:これは本当に藤田の才能や作品の力でしかないのですが。YPAM(横浜国際舞台芸術ミーティング)という国内外の舞台芸術関係者が国際ネットワークを作るためのイベントに、2012年くらいから3、4年は毎回参加していたんです。そこで作品を見た海外のフェスティバル・ディレクターや芸術監督が「招聘したい」と声をかけてくれて。



2013年にフィレンツェで公演し、翌年には同じディレクターから共同製作の提案と「イタリアツアーを組むから来ないか」と声をかけてくれました。

イタリアで公演したときに、違う国のフェスティバル・ディレクターが見てくれて「うちにも来ないか」と言ってくれる——そんな数珠つなぎで機会が広がっていきました。



ただ海外公演を10年続けていますが、国際的な知名度としてはまだそこまでではなくて。藤田の作品に純粋な興味を持ってくれた人が声をかけてくれるという段階です。今までの海外活動の実績としては、一つの作品をレパートリー作品と位置づけて同じメンバーで10年かけて少しずつ更新しながらさまざまな国で上演を続けてきたり、イタリアのフェスティバルとの国際共同制作を2作品手がけてきました。



ー海外公演は劇団にどのような影響を与えましたか?



林:海外に出ると純粋に「面白いか面白くないか」だけで評価される感覚があります。日本では先入観や評判が作品評価に影響を与えていると感じるのですが、海外で我々は無名ですから作品だけで正直に評価される。それが藤田にとっても私たち制作にとっても、非常に刺激的な時間になっています。



あと藤田としては劇団名に「作品を持って各地を旅する」というイメージを込めているので、海外を巡回するのは旗揚げ当時からイメージにあったんだと思います。



ーなるほど。現実的な面もおうかがいしたいのですが、海外公演は国内公演に比べて費用もかかりますよね。どのように実現したのでしょうか?



林:藤田自身「海外で公演できる作品とはどういうものか」はきちんと考えていたと思います。内容ももちろんですが、舞台美術や小道具、機材など物理的なことも現実的な状況も踏まえてかなり考えて作っていました。

マームとジプシーの作品は、見ていただいたことがある方はわかると思うんですけど、セットを立て込むような作品はあまりないんです。そういった特徴も踏まえつつ、フレキシブルに対応できるように「日本から持ち込む小道具や機材をスーツケースに詰めて回れることを前提」に考えていましたね。



現実担当としては、あとはやっぱり助成金です。海外公演で使えそうな助成金はとにかく申請しましたし、いまも助成金をはじめとした芸術支援はかなり活用しています。



ー海外公演のみならず、劇団を運営していくうえで助成金などの支援は結構活用されているのですか?



林:助成金については劇団立ち上げ当初から活用しています。それこそコロナ禍のときは、芸術関連だけでなく中小企業向けのものなどありとあらゆる助成金や補助金、支援を活用しました。



助成金って、要項などを読み解くのにちょっとコツがいるし、コロナ禍は本当にいろんなところから多様なかたちで支援があったので、申請に関してはあの時期に特に鍛えられた気がしますね。コロナ禍で出た助成金は特に使いにくかったり、助成金がカバーされる時期が限定的だったり、一見分からないこともありましたが、助成金を出す側がどうにか確保してくれたことが私には手にとるように分かったので、それをきちんと受け取って、いまはそのなかで自分たちはできることをしようと思ってましたね。



あと、助成金はある種の潮流みたいなものはあるなぁと個人的に思います。相互理解のための「国際交流」という意義で海外との共同プロジェクトが求められていたり、国内での地域間格差解消のために東京以外での公演やワークショップが求められたり、アジアでの活動に対しての助成金が手厚い時期があったり。そういう潮流もキャッチしながら、自分たちが取り組むプロジェクトがどの文脈からどんな風に結びつけられるかをよく考えながら申請をしてますね。



劇団プロデューサーの仕事論。海外もめぐる「マームとジプシー」、林香菜が語る「支える側」の面白さ



ー林さんは現在、助成金を活用した育成プロジェクト『IN TRANSIT』に参加していますよね。

これもある種、支援の一つかと思うのですが、どういった経緯で参加されているのですか?



林:じつは、このプログラムに参加したきっかけは、『IN TRANSIT』が活用している助成金プログラム(※)に劇団として申し込もうとしていたことなんです。助成金の要項を読みこんでみたら、「文化に関わる人を多く育成する」ことが求められているなぁと気づいて。なので助成金の方向性が劇団単体では、求められているものではないと思ったと同時に、我々のキャリアなどを含めて「育成する側ではなく育成される側としての方が求められているのかも」と気づいたんです。



3年間という長期的で規模が大きな助成金であることは明確にあったので、いままでの助成金の流れを知る身からしたらそれはすごく特別だと感じました。だから、マームとジプシーとは関係なく、演劇業界全体がよくなればいいなとも思っていたので、自分たちがどうコミットするのが一番いい形か考えていたんです。



そこから、この助成金をどう読み解いたかを同業の仲間や演劇関係者にヒアリングや相談をしていくなかで、アートプロジェクトの企画や運営を行う制作会社・precogが主催するプログラム『IN TRANSIT』に、藤田とともに参加できることになったんです。



劇団プロデューサーの仕事論。海外もめぐる「マームとジプシー」、林香菜が語る「支える側」の面白さ

アートプロジェクトの企画や運営を行う制作会社・precogが主催するプロジェクト『IN TRANSIT』。国際展開を目指す舞台芸術の担い手の育成事業で、アーティストのみならず、スタッフや制作者、批評家など、国際的な創作、舞台芸術における人材を包括的に育成している。



ーもともとは劇団での申請をしようとしていたのですね。いまプログラムではどういったことをされているのですか?



林:いま、具体的には一緒に新しいレパートリー作品『Curtain Call』での海外展開の準備を進めています。そのための国際ネットワークの構築や字幕翻訳(日本語以外の言語を話す観客にどう届けるか)の準備、海外フェスティバルや劇場のディレクターに渡すための営業資料や予算書、テクニカルライダーの作成など、いままでprecogが培ってきたネットワークも技術も知識も大放出して共有してくれています。



先ほどもお話したとおり、いまはまだ「マームとジプシーや藤田の作品が好きな人が声をかけてくれる」段階です。

作品をコンテンツとして整えて売り込むという視点が弱かった。その部分を今、はじめて体系的に学んでいます。



劇団プロデューサーの仕事論。海外もめぐる「マームとジプシー」、林香菜が語る「支える側」の面白さ



林:いま「学び直し」の感覚が強くあるんです。『IN TRANSIT』では、育成プログラムの一つとしてフェスティバルへの視察があり、制作者や作家が現地に行き、そこに集まるプレゼンターと直接出会ったり、フェスティバルを理解することを重視している。いままではその機会がなかったので、大きな変化です。



日本のアーティストは国外でも十分に評価される作品を作る力はあることは周知の事実。演劇というだけでなくどのジャンルも。さらには、海外展開の経験もたくさん積んできたと思います。でも、それをビジネスとして整え、戦略的に展開させていく部分が弱かったんだなとあらためて感じています。多分その部分が出来る人たちがとても限られているんだと。



自分のキャリアが20年直前のタイミングで、この学びができていることが本当にありがたいですね。



ーいま、プロデューサーをはじめ演劇を支える側の人材が不足しているかと思います。

人材を育成していくためには必要だと思いますか?



林:まずこの業界を目指している若い人に伝えたいのは「自分の生活が立てられるかどうか」を検証してみてほしいということですね。おっしゃるとおり業界全体で人手が不足しているから、仕事は必ずあります。同じ志を持つ仲間たちも。でも、賃金がいいかどうかとか福利厚生がしっかりしてるとかは上を見ようとしたら果てしないので、正直何とも言えないです。多分みんながまず悩むのは芸術活動を続けながら「生活できるのか」ということ。



だからまず、どんな生活をするのが心地がよくて、そのために家賃や税金、保険など自分が生活していくとしたら月いくら必要かを、AIチャットに聞いたりして具体的に計算してみてほしいんです。制作の技術自体は現場に1年入れば必ず習得できると思います。それよりも、考え方やポジティブなメンタルの持ち方のほうがはるかに大事です。想いが強い存在に対して、精神的に疲弊する前に「関わり方の角度を変えられるか」「気持ちをどう持つか」が、長く続けられるかどうかの分岐点だと感じています。



そしてこれからは、企画・制作・運営だけでなく、経営的視点・マーケティング・SNS展開・コンテンツ化といった新しい視点を持てる制作者が業界を変えていくと思っています。劇団レベルでそういう思考で動いている人はまだほとんどいないと思うので、私よりも若い世代にこそ期待しているし、一緒に考えていきたいですね。「教えてほしいぐらい」というのが本音です(笑)。



ー20年続けてきたからこそ見えてきた希望と、プロデューサーという仕事の面白さを教えてください。



林:長いこと続けてきたからこそ、さまざまな蓄積が生まれているので、そこには面白さを感じています。関わる多くの人と「次に何ができるか」という連続性のある関係を育てられるのが、この仕事の醍醐味です。出発点はつねに藤田の発想ですが、様々な人と関わりながらそれを現実に落としていく部分を担ってきた——そこに自分の仕事の意味があると感じています。



キャリアの20年目前というタイミングで、precogとの関わりを通じて「学び直し」ができていること自体が、とても希望のある話だと思っています。日本のアーティストが世界で評価される素地はすでにある。ただ、それをコンテンツとして仕上げ、ビジネスとして外に展開させる能力が業界全体に不足している——その課題を自分たちで体現しながら切り開いていくことに、いま一番のやりがいを感じています。



おこがましいですが、将来的には教える側にもなっていきたいです。「熱い想いしか言えない」といつも言っていますが(笑)。私が20年かけて培ってきたノウハウや経験、ネットワークをシェアすることで、私が悩んでいたことなんかは軽やかに超えて演劇界で幸せに活躍してくれる人が増えるといいな、と思っています。



劇団プロデューサーの仕事論。海外もめぐる「マームとジプシー」、林香菜が語る「支える側」の面白さ

編集部おすすめ