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Text by 大石始
Text by 山口こすも
Text by 生田綾



小袋成彬がついに音楽活動を本格的に再開する。小袋が今年3月、突如さいたま市長選挙への立候補を表明し、各メディアを賑わせたことは記憶に新しいところだろう。

5月の投票日から4か月、小袋は大阪と横浜で開催されるワンマンライブによって、音楽家として新たなステップを踏み出そうとしている。そこで目指されているのは、即興的要素を持ち込んだこれまでにないライブのスタイルであり、小袋がDJとして活動するなかで培ってきたものもふんだんに持ち込まれている。



ひさびさのライブで小袋は私たちにいったい何を伝えようとしているのだろうか? ひとりの音楽家として、ひとりの人間としての小袋の現在地点を探るべく、東京某所のスタジオでリハーサル中の小袋にインタビューを試みた。



小袋成彬がいま届ける音楽とは?「ハウスミュージックのムードやDJの発想を詰めたライブに」



「いまはね、あちこち転々としているんですよ。ポーランドに行ったり、イギリスのいろんなところにも行きました。いろんな本を読んだり映画を見たりしながら考えているところです」



スタジオの一角に用意された椅子に腰かけ、小袋は自身の現状についてリラックスした表情で語り始めた。ここ数年拠点を構えていたロンドンから今年1月に帰国。現在の住まいがあるであろう埼玉での生活について訊ねたところ、予想外の答えが返ってきた。



3月25日、小袋はさいたま市長選立候補に向けた記者会見を行った。新型コロナウイルスの感染拡大により、芸術文化に関する活動が不要不急とされたことに対する違和感。ここ十数年、故郷であるさいたま市が抱えてきた課題や問題点。小袋はそれらが出馬の直接的な要因になったと説明した。



その一方で、「自分たちで文化を守らなくては」という危機感はつねに小袋のなかにあった。記者会見では2020年に旧大宮図書館のリノベーション事業に応募していたことなども明かされた。市長選への挑戦は突然思いついたものなどではなく、小袋が水面下で続けてきた地道な活動の延長にあるものでもあったのだ。



「そういう意識はコロナ前から、それこそ何十年も前からずっと持っています。実際に行動してきましたし、市長になったほうが早いと思ったんですよ」



小袋は市長選後、自身のnoteに「さいたま市長選挙をきっかけに、カルチャーに身を捧げてきた私だからこそできる政治活動に気がついた」とも書いている。



「さいたま市にかぎらず、文化政策ってあまり力を入れられていないんですよね。ロンドンだとジャズ·ミュージシャンが補助金をもらってツアーに出られたり、生活を保護しているスキームがあるんですよ。そういうことが音楽に寛容なロンドンの土壌を育んできたと思うんです。



埼玉は外国人に関するさまざまな課題を抱えていますし、文化は架け橋となる可能性もあると思うんですね。だからこそ『文化だけは俺たちで守っていこう』という政党があったらいいなと思っていて」



小袋のマニフェストは明確だった。「さいたま市のリニューアル」をスローガンとし、「市民が誇りに思う街」「自然と共に生きる街」「国際的な新都心」というビジョンと政策を掲げた。SNS上ではマニフェストに対する共感の声も大きく、支持の輪は広がっているように感じられたが、得票数は3万2,836票、得票率は8.5%。

5人の候補者中4位という結果だった。小袋は選挙結果を冷静に振り返る。



「選挙のあとで自分の意識も変わりましたよ。社会の解像度がめちゃくちゃ上がりましたからね。本来会わなかっただろう人たちとたくさん会いましたし、この世は本当にいろんな人がいるなと痛感しました」



そうした選挙活動を経て、音楽活動に対する小袋の意識も変わったという。



「まず、自分は本当に周りに恵まれてるんだなと思いましたね。これだけ話がわかるスタッフが集まっているというのは特別なことなんだって。感謝の気持ちがめちゃくちゃ大きくなりました。声が出続けるかぎり、音楽を作っていくとは思うんですけど、どんなものを作るか悩み続けると思うし、何を言われようがやるんだろうなとは思うんですね。そのことに気づけたのも大きかった」



小袋成彬がいま届ける音楽とは?「ハウスミュージックのムードやDJの発想を詰めたライブに」



小袋がさいたま市長選挙への立候補を表明したのは、3月15日の大阪公演を皮切りとする全国ツアー「Nariaki Obukuro Japan Tour 2025 "Zatto”」の真っ只中のことだった。その2か月前には最新アルバム『Zatto』がリリースされている。リリースの際、小袋は自身のXでこんな投稿をしている。

Zattoは後世に語り継がれるような究極のレコードを目指して作ったアルバムです。理想の鳴りを追求するため、現代最高のメンバーがこの一枚に集結しています。ぜひたくさんの人にレコードの素晴らしさを体感してほしいです。
- 小袋がXに投稿したコメントより(https://x.com/nariaki0296/status/1879365446941716952)

当時拠点を置いていたロンドンのミュージシャンたちと作り上げた『Zatto』は、小袋のディスコグラフィーのなかでも異彩を放つ作品でもあった。ここでは“Shiranami”“Kagero”“Hanazakari”など曲名や歌詞では日本的なニュアンスが強く押し出されており、小袋はこれまで以上にソウルフルな歌声を響かせている。『Zatto』はロンドンのストリートから世界を眺め見た作品であると同時に、70年代から続くジャパニーズ・ソウルの系譜に繋がる作品であったとも言えるだろう。



小袋はまた、同時期に3枚のシングルをリリースしている。アトランタのディープハウス系プロデューサー、ステファン・リンガーとの共作による“Frontline”および“Nagasame”、そして2021年作『STRIDES』にも参加するなど小袋とは縁も深いAru-2とのコラボレーション作“Borderline”という3曲だ。こちらではロンドンで日々小袋が吸収してきたダンスミュージックの感覚が色濃く反映されており、『Zatto』とは毛色の異なる仕上がりとなっている。



歌に重点を置き、ソウルフルに世界を歌い上げた『Zatto』。ロンドンのローカルクラブに充満する自由な空気が反映された3枚のシングル。どうしてもさいたま市長選挙への挑戦ばかりが大きくクローズアップされてしまうが、音楽家としての小袋もまた、今年1年さまざまな「挑戦」を続けてきたのだ。



小袋は今、音楽家としても次のステップを模索している。無数の問題を抱える社会のなかで、いったいどんな音楽を鳴らすことができるのだろうか? 答えはそう簡単に出るものではなさそうだ。



「自分の場合、そもそもいろんな経験をしないと曲を書けないんですよ。いま焦ってもしょうがねえなあっていうのは、この1、2か月ぐらいの気分です。いろいろ考えながら放浪してますよ。そもそもディアンジェロだって10年ぐらいアルバムを出してないし、僕も10年ぐらい出さなくてもいいだろうと思っていて(笑)」



この9月、小袋は2本のライブを開催する。9月5日は大阪のBIGCAT、22日は横浜のKT ZEPP YOKOHAMA。小袋にとっては音楽活動の再開一発目となる重要なライブとなる。



「春のツアーは『俺の歌を食らえ!』みたいな感じでしたけど、今回はもう少しインタラクティヴなものがいいなと思っています。放浪しているとブルースがめちゃくちゃ響くんですよ。自分でもブルースの曲を作ったんですけど、このままだとどんどん深みに入っていくような気がして(笑)。もう少しポジティブなものをやりたくなったんですよ」



小袋が言う「インタラクティヴなもの」とはどのようなものなのだろうか。

ライブに向けたリハーサルでその一端を知ることができた。



スタジオの中央にはDJセットが用意されている。小袋はそのDJセットでビートを出しつつ、ミュージシャンはそれに合わせて演奏していく。DJとバンドセットのライブとの中間のようなスタイルと言えるだろうか。また、曲の長さやソロの順番は事前に決まっておらず、ステージ上の小袋がハンドサインで指示を出していく。通常のライブのように事前に決まったものを再現するのではなく、舞台空間の中で即興的に作り上げていくもの――。小袋は今回、そんな新しいライブのかたちを模索しているのだ。



小袋成彬がいま届ける音楽とは?「ハウスミュージックのムードやDJの発想を詰めたライブに」



「いままでライブでやっていなかった曲もやろうと思ってるし、放浪しながら書いたブルースの新曲もやります。今回のセットリストはオープニングから徐々にテンポが上がっていくように組んでるんですよ。DJも2時間のセットだと、そういう感じでやることもあるんですね。いろいろとDJ的発想を活かしてます。



リハの段階で手応えはあったし、その点不安はないんですけど、どれだけお客さんとつながることができるか未知数ですね。

『Zatto』のツアーを知ってる人たちもいるだろうし、選挙活動についてもみんな知ってるだろうから、どんなことを求めて来てくれるのか。自分でもどうなるか楽しみです」



また、今回のライブについて小袋は「ハウスミュージックのノリが根底にあるようなもの」をイメージしているのだという。



「この2~3年、ハウスを全然聞けなかったんですよ。『踊ってる場合じゃねだろ』と思っている自分がいて。でも『Zatto』を作り終わったころから軽く聞けるようになった。すごく気軽に聞けるのがいいなって思い始めて、今はそのムードを詰めたようなライブをやりたくなってるんですよ」



参加ミュージシャンの顔ぶれも豪華だ。KOBY SHY(ベース)、上原俊亮(ドラムス)、MELRAW(サックス)など6人のミュージシャンが小袋の新しい試みをバックアップする。リハーサルを観たかぎり、そこにはいままでにない小袋の姿があった。



セットリストの詳細についてはここで触れないが、希望の光が差し込んでくるかのような前向きなものであったことは記しておきたい。



小袋は今後どこに向かっていくのだろうか。そんな質問を投げかけると、小袋は「さっぱりわからないです。うん、さっぱりわからない」と笑いながら言ったあと、こう言葉を続けた。



「もちろん、いつかアルバムは作るでしょうけどね。期待されているところはなんとなくわかるんですよ。それはすごく嬉しいことだし、みんなの期待を上回るものができるまでは修行期間という感じですかね。ま、焦ってもしょうがないとは思ってます。毎日曲を作ってるので、曲はいっぱいあるんですよ」



小袋成彬がいま届ける音楽とは?「ハウスミュージックのムードやDJの発想を詰めたライブに」



音楽家としての小袋成彬に期待する声が多いように、政治家としての小袋に対する期待も小さくないが、そのことを本人はどのように受け止めているのだろうか。



「いまの社会はどんどん排外主義の方向に進んでいますけど、やっぱり自分の生活が良くならないと誰かのせいにしがちですよね。その考えかたを支持しないし、(排外主義の人々は)ひどい言葉を使ってるなと思いつつ、保守的になる気持ちはわかってしまう。理解できてしまうんです。



イギリスはボートで1日100人以上のペースで移民がやって来ます。ボートに乗ってドーバー海峡を渡ってくるんです。そういう風景を目の当たりにしていると、自分たちのコミュニティーで平和な生活を守ってた人たちがその生活を脅かされると感じてしまい、人のせいにしてしまうのはわかるんですよね。それぐらいこの世は複雑なんだということを身をもって知ってしまったんです」



「だから、いまじゃないなと思ってます。もう少し風が吹くまで待とうと。風を掴むためにずっと帆を張っておこうと思います」―小袋は最後にそう言葉を付け加えた。



9月22日の横浜公演の模様は、10月21日にMUSIC ON! TV(エムオン)にて放送される予定だ。さらに11月9日にはロンドンで初めてのバンドセットでのライブも控えている。音楽家/政治家としてだけでなく、人としての小袋成彬の今後に大いに期待したい。

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